REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。2023年のテック業界も引き続きレイオフのニュースが継続しそうです。
米CNBCの報道によると、例えば、メタは2022年11月、これまでで最も大規模な、従業員の13%に相当する1万1000人以上のレイオフを発表しました。また、ツイッターは2022年10月下旬に440億ドル(当時の為替で約6兆4400億円)でイーロン・マスク氏に買収された後、1月21日には従業員が5分の1以下の約1300人にまで減少したとCNBCが報じています。
また、今年に入ると、マイクロソフトは1月17日に同社の従業員数の5%に相当する1万人の従業員のレイオフを発表。アマゾンも今年に入り新たな人員削減を開始し、1万8000人以上の従業員を削減すると発表しました。
さらに、大手IT企業だけではなくテック系スタートアップでも評価額が下がってしまうダウンラウンドが続いたり、資金調達ができずに軒並みレイオフを実行したりしている状態です。
このようにテックワーカーが大量にレイオフされることで、実は儲かっている会社があります。マイクロソフトが2016年に262億ドル(約2兆7700億円)で買収したプロフェッショナル向けSNSのLinkedIn(リンクトイン)です。
「レイオフ時代」に需要増する人材ビジネス
グーグルのニューヨークオフィス。グーグルを傘下に持つアルファベットは1月20日、全従業員の6%にあたる約1万2000人の削減計画を公表した。
REUTERS/Shannon Stapleton
CNNの報道によると、LinkedInのモバイルアプリは、2022年中にグーグル(Android)とアップルのアプリストアにおいて全世界で推定5840万回ダウンロードされ、これは前年比10%増に相当するとのことです。
さらに、2022年10月に発表されたマイクロソフトの2023年度第1四半期決算資料を見ると、第1四半期(2022年7月から9月までの3カ月間)にはLinkedInが前年同期比17%も売上高が増加したと書かれています。
マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは10月の決算説明会で、LinkedInの会員8億7500万人のうち、特にグローバル市場で成長が加速しており、「記録的なエンゲージメント」が見られるとアナリストに語りました。
なぜ、レイオフが進むテック業界でLinkedInだけは好調なのでしょうか。
その背景には雇用主と求職者、そしてリクルーターという3種類のユーザーを巧みに囲い込み、それぞれのユーザーセグメント向けに有料プランを提供し、景気がどんな時でも特定のユーザーセグメントからの課金が見込める、いわば「景気に左右されにくい」ビジネスモデルが構築されていることが挙げられます。
レイオフされた人はLinkedInをこう使っている
LinkedInで「育休で午前4時に授乳している最中にレイオフ通知を受け取った」という体験談を投稿した女性。写真を一部加工しています。
LinkedInの特設ページ「Ex-Meta employees speak out」より
最近のレイオフの影響を受けたLinkedInのユーザーの中には、自身のレイオフの体験を生々しく語り、最後にハッシュタグで#Opentowork(仕事を探しています)をつけることで自身の投稿が多くの人の目に触れるようにしているものが目立ちます。
例えば、メタでレイオフされた元従業員の投稿だけがまとめられた特設ページ「Ex-Meta employees speak out」では、「育休中に午前4時に起きて生後3カ月の娘を授乳している時にレイオフの通知メールを受け取った話(娘の写真付き投稿)」「新卒でメタに入社して、妻と出会い過去8年エンジニアとして最高のスキルを身につけたことへの感謝をつづるエンジニアの話」など、個人の失業エピソードで溢れています。
写真などをつけると周りからの反応も多くなる傾向があり、それによってLikeやコメント数が増え、露出が高くなり、多くのリクルーターの目に留まる効果も期待できるのだろうと考察できます。
また、どのメッセージも必ず最後は、「仕事を探しています!」というアピールで締めくくられており、レイオフされたテックワーカーがLinkedInを使って企業のリクルーターに訴えかけていることが分かります。
実際に、LinkedInにおける「Opentowork(オープン・トゥ・ワーク)」と書かれた投稿の数は、11月中に前年同期比で22%も増加したとのことです。仕事を見つけるために、レイオフされたユーザーがLinkedInをよりアクティブに使っているのです。
レイオフされた元メタ社員のLinkedIn投稿がまとめられた特設ページ
出典:LinkedIn
レイオフされた従業員に限らず、TwitterなどのSNSからLinkedInに活動場所を移しているユーザーが増えているということも、LinkedInが好調を記録する背景に挙げられます。
背景には、キャリアデザインをする上でよりプロフェッショナルなネットワークを構築するという目的があるものと思われます。
個人ユーザーが「課金」してまで使う理由
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米Insiderの調査サービス「Insider Intelligence」が2022年12月に発表したレポートによると、今後2年間で人々のTwitter離れが加速し、2024年末には世界中で合計3270万人を超えるユーザーが流出すると予測されています。
出典:Insider Intelligence「Twitter to lose more than 30 million users in the next two years」より
レイオフされた元ツイッター社員の中には、Twitter上ではなく、あえてLinkedInで就活を支援するシステムを公開し、求職者とリクルーターをつなげるために一役担っている人がいるといった皮肉な例もあります。
求職者がより効果的にLinkedInを使って就活をしたいと思ったら、LinkedIn Premiumという月額有料プラン(月額29.99ドル / 日本は月額3635円) に課金することできます。課金することで、2000万件以上の求人情報を検索することができるようになり、平均の2.6倍早く採用されるとHPに記載されています。
LinkedIn Premiumに課金することで使えるようになる具体的な機能には、
- 自分から雇用主に積極的に連絡が取れるLinkedIn内のメッセージ機能「InMail」
- 過去60日間で自分のプロフィールを閲覧した人が誰か分かる機能
- 専門家が指導する1万5000以上のLinkedInのEラーニングコースへのアクセス
などが含まれます。また、Premium会員になることで、自分のプロフィールに「Premium」バッジが表示され、雇用主やリクルーターから見て「より積極的、真剣に仕事を探している人」に写り良い印象を与える効果もあると説明します。
https://premium.linkedin.com/accelerate
LinkedInの巧みなビジネス:好景気になれば企業から収益も
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テック業界は今、先行きの見えない不景気に突入しています。
ですが、景気は循環するものです。コロナバブルの2021年時点のように、テック企業が採用を拡大する時期はまた訪れるでしょう。
再び、積極採用の売り手市場となった時にLinkedInでマネタイズできるのが、「雇用主とリクルーター」というユーザーセグメントです。
雇用主は自分の会社のLinkedInページを作りコンテンツを充実させることで、フォロワーや露出を増やすことができます。またLinkedIn上に採用広告や会社のキャンペーン広告などを出すことで、より多くの露出を狙うことができます。
加えて、LinkedInでは営業担当者向けの有料プランもあります。営業のリード獲得などができるサービスも提供しているのです。
「リクルーター」という職業
一方のリクルーターとは、アメリカの場合、企業の人事部などに属していて会社の採用における第一ステップ(書類選考)を手がけたり、その後の面接の調整などを担う役割の人を指します。
また、就活中ではない優秀な人材を探し当ててヘッドハントし、面接を促すというケースも多くあります。いずれのケースでもLinkedInが活用されています。
リクルーター向けのLinkedIn Recruiter(使用制限があるライトプランは日本では、年間契約時の月額で1万3300円)というプロダクトを使うと、候補者検索や採用候補者との連絡手段の確保、その後の採用プロセスの管理、アナリティクスの可視化などが可能になります。
LinkedInによると、例えば候補者検索機能に関しては、以下のような特徴があるそうです。
- 40以上の高度な検索フィルター、キーワード、ブール演算を使って、LinkedIn上のあらゆる候補者を検索し、結果を絞り込むことが可能。登録者数は8.5億人以上。
- 採用目標に基づいた「おすすめマッチ」で、隠れた候補者を自動的に発掘。
- 「オープン・トゥ・ワーク」フィルターを用いて、返事がくる可能性が最も高い候補者を優先的に表示。
私が以前リクルーターの友人と話していた時に、「どんなサブスクリプションを諦めても、LinkedInのRecruiterは最後まで使い続ける」と断言していたことが印象的でした。それほど、アメリカのリクルーターの間では、ホワイトカラーの人材情報を詳細にデータベース化しているLinkedInの価値が高いのでしょう。
通常の人材紹介のデータベースの場合、求職者の職歴書などは蓄積されますが、求職中ではない優秀な人材の詳細な情報は手に入りません。
しかし、LinkedInの場合、SNSという形態を取ることで、求職中かどうかに関わらずユーザー自身が自分の職歴データを公開し、常に仕事に関する情報をアップデートするプラットフォームにすることで、リクルーターからすると一番大事な「最新の情報」が手に入るというわけです。
LinkedIn RecruiterのUI
このように、
- 不景気でレイオフが続けば求職者が有料会員に
- 好景気で採用活動が活発になれば、企業やリクルーターがさらに有料会員に
というように、好景気・不景気両方のマネタイズを成功させているSNSは実はそう多くはありません。バランスの取れたビジネスモデルこそが、不景気においても好調なLInkedInの強みと言えるでしょう。