編集部撮影
ここのところ、日本でも日々の生活の中で物価高の影響を感じる機会が増えてきました。この状況に「なんとかして収入を増やす方法はないだろうか」と考えている方も多いのではないでしょうか。
そんな時流を追い風にして成長を続けているスタートアップがあります。それが、時間単位でアルバイトをマッチングするスキマバイトアプリ「Timee(タイミー)」を提供している株式会社タイミー(以下、タイミー)です。
同社のリリースによれば、タイミーのスキマバイトをした人のうち、その動機として「値上げの影響で生活費を補完する目的で」と答えた人の割合は実に62.4%にのぼります(※1)。
タイミーを利用している働き手(同社では「ワーカー」と呼んでいます)の数は、2023年1月時点で400万人を突破しました。2022年1月時点での累計ワーカー数は200万人だったので、この1年で実に倍増しています(図表1)。
また、タイミーを利用する事業者数は2023年1月現在で3万6000社、事業所数は10万拠点と、アルバイトを募集する会社のほうも順調に伸びています。
タイミーは現在の環境下で事業を伸ばすことに加えて、2022年11月には銀行から融資枠を含み183億円もの借入を実施しました。成長著しいスタートアップとはいえ、未上場の企業が銀行から183億円も借り入れられるのは極めて稀なことです。なぜそんなことが可能になったのでしょうか?
そこで今回は、未上場企業ゆえに入手できる財務情報は限定的ながら、気になるタイミーのビジネスモデルを考察し、なぜこれほど多額の借入が可能になったのかを読み解いていきたいと思います。
スキマ時間を活用して求職者と求人企業をマッチング
まずはタイミーの事業内容を確認しておきましょう。
タイミーはアプリで手軽にアルバイトを探せるサービスであり、最大の特徴は次の3点にあります。
- 最短1時間から働くことができるスキマ時間のアルバイトを探せる
- 面接や履歴書はなしで、条件が合えばすぐに働ける
- 働いたらすぐにお金をもらえる(即日払い)
利用者にとってとりわけメリットが大きいのは、3つめの「即日払い」でしょう。
例えば受験を終えた学生が、5月のゴールデンウィークに旅行をするためにお金を稼ごうと思ったとします。典型的なアルバイトのしくみでは、仮に3月中旬からバイト先を探し、面接、採用と進んで4月1日からバイトを始めたとして、4月末締め翌月25日払いだと給料が手元に入るのは5月25日になってしまい、旅行に間に合いません。
しかしタイミーなら、スキマ時間を活用してすぐにアルバイトを見つけられるうえ、給料も即日払いですからすぐに旅行代を稼ぐことができます。
広告掲載費はタダ
このように、学生や主婦などの求職者側にとってはスキマ時間に手軽にバイトができるというメリットがありますが、求人する側の企業にとってもタイミーを利用することで大きなメリットが得られます。
通常、企業がアルバイトを雇い入れるには、インターネットやバイト情報誌などに求人を掲載→求職者を面接→採用、というプロセスをたどります。なかなか応募がないときももちろんありますし、ネットに掲載すればコストがかかります。面接をするとなれば時間も取られるでしょう。
一方で、タイミーによるスキマバイトはマッチング率90%以上で、最短で7秒で採用が決まることもあるといいます。
しかもタイミーでは、企業が広告を載せるにあたり、なんと掲載費を徴収していません(図表4)。
通常、企業がアルバイトを募集するにはそれなりに費用がかかります。ネオキャリアによれば、業種にもよりますがアルバイトの採用単価は5〜10万円とされています(図表5)。
仮に5万円の採用コストをかけて雇ったアルバイトが1カ月で辞めてしまうと、企業は採用コストをほとんど回収することができません(私もかつて学生時代に短期間で飲食店のバイトを辞めてしまったことがありますが、今思えば企業に申し訳ないことをしたと反省しています)。
一方、企業はタイミーを活用すればこうした採用コストをかけることなくアルバイトを見つけることができます。支払いは、アルバイトが実際に稼働した分に30%を上乗せすればいいだけです。
しかもタイミーがアルバイトの報酬を立て替えてくれるので、支払いもまとめて行えます。企業側は支払いの事務も簡素化することができます。
このように、タイミーのビジネスモデルは個人のスキマ時間と企業側の求人ニーズをマッチングすることに加えて、報酬の支払いの時間的ズレも解消しているのです。
このようなメリットの大きさから企業の間で導入も広がっており、私たちにとってもなじみのある飲食店、小売、物流、コンビニ等でもタイミーは採用されています(図表6)。
ここまでお読みになったところで、こんな疑問が湧いた方も多いと思います——タイミーはアルバイトの給与を即日払いで行っているのに、そのお金はどこから持ってきているのだろう。そもそもタイミーはどのようにして利益を得ているのだろう、と。
ビジネスモデルの秘密は「立替金」
タイミーは「即日払い」をどうやって実現しているのでしょうか?
結論から先に言うと、タイミーが立て替えているのです。具体的には、時給1000円で5時間働いた場合、即日でタイミーがアルバイトに5000円を支払うというしくみになっています。
では、タイミーはどのように儲けているのかというと、その後クライアント企業に対し、先述したように30%上乗せして報酬を求めることになります。先の例で言うと、タイミーは5000円×1.3=6500円をクライアント企業に請求します。このうち5000円が立替金で、残る1500円がタイミーの売上になります。
ではここから、タイミーの実際のバランスシートをもとにビジネスモデルを読み解いていきましょう。
図表7はタイミーの決算公告で開示されていた2020年10月31日現在のバランスシートです。
このバランスシートの「流動資産」を見て、何か気になった点はありませんか? そう、現金及び預金(17.8億円)に次ぐボリュームで、立替金(2.2億円)と売掛金(7200万円)が計上されている点に注目してください。
先ほど「タイミーの儲けは報酬金額の30%」と書きましたが、上記の立替金2.2億円の約30%強が売掛金の金額、つまり立替金が売掛金の3倍強と近似値になるのは偶然ではありません。
この立替金は言ってみれば、タイミーがアルバイトに即日で支払った報酬です。この立替金と売掛金の合計額をクライアント企業に請求する、というのがタイミーのビジネスモデルなのです(図表8)。
(出所)筆者作成
タイミーを活用することで、アルバイトは即日払いで報酬をもらうことができ、企業は採用費をかけずにすぐにアルバイトを活用できるうえに稼働分に30%を上乗せしてタイミーに支払えばいいだけ、しかも後払いでいい——どちらにとってもいいことずくめだと思いませんか?
ですがタイミーからすれば、資金繰りは極めて厳しくなります。なにせ「即日払い」ですから、アルバイトと企業とをマッチングすればするほど、先にお金が出ていくことになるわけです。まさにこれが、タイミーのバランスシートでひときわ目立っている「立替金」の正体です。
スタートアップは不確実性の高い新規事業に取り組んでいることもあり、資金繰りが生命線です。サービスがどれほど素晴らしかったとしても、資金繰りに詰まってしまうと事業は立ち行かなくなってしまいます。
ではタイミーは、この課題にどう対処しているのでしょうか?
実はこの点こそが、冒頭で触れた「183億円もの借入」が関わってくるポイントなのです。いったいどういうことか、後編で詳しく見ていくことにしましょう。
【後編はこちら】
※1 タイミー「物価高・値上げとスキマバイトに関する調査結果(2022年12月版)を公開」2022年12月15日。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。