(出所)タイミー「タイミー、事業拡大にともなう運転資金として総額183億円の資金調達を実施」(2022年11月16日)をもとに編集部加工。
前回は、スキマバイトアプリ「Timee(タイミー)」を提供する株式会社タイミー(以下、タイミー)のビジネスモデルを分析してきました。
働き手に対しては即日払いで報酬を支払い、企業に対しては採用費や事務手続きを極力かけずにアルバイトをマッチングさせる。両者にとってまさに「いいとこ取り」のしくみを築き上げた点が同社の成長の背景にあることは間違いありません。
ただしタイミーは、アルバイトへの即日払いを実現するために、その報酬を求人企業に代わって立て替えています。ということは、タイミーのサービスが成長を続けてアルバイトと企業とをマッチングすればするほど、お金が先に出ていくことになります。実際、タイミーのバランスシート上には相当な額の「立替金」が計上されていることが分かります(図表1)。
(出所)タイミー 決算公告をもとに編集部加工。
そうなると気になるのは「資金繰り」です。どんなにサービスが素晴らしくても資金繰りに行き詰まれば事業は立ち行かなくなってしまいます。タイミーはこの課題にどう対処しているのか——これが前編で積み残した疑問でした。
実はこの点に対処するために、タイミーは2022年11月、銀行から融資枠を含み183億円もの借入を実施しました。成長著しいスタートアップとはいえ、2017年創業とごく若い未上場企業が銀行から「借入」で183億円も調達するのは極めて稀なことです。なぜこのようなことができたのか、以降で詳しく考察していくことにしましょう。
なぜ183億円もの借入が実現したのか?
図表2は、タイミーのこれまでの資金調達の推移を示したものです。2021年のシリーズDにおいて、タイミーは株式で40億円、借入で13億円の調達をしています(※1)。
そこから2022年までの1年間で、累計ワーカー数は200万人から400万人に増えています(図表3)。
ワーカー数がこれほど増えるということは、タイミーにとってはそれだけ即日払いが増える、つまりキャッシュが先に出ていくことを意味します。となれば、相応の資金ニーズが出てきますね。
実はタイミーはこの資金繰りのために、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、りそな銀行など日本の大手金融機関から、長期借入とコミットメントライン(融資枠)などで183億円もの資金調達をしました(図表4)。
成長著しいとはいえ、リスクが高いスタートアップ企業が銀行から借入をするのは難しいものです。そこで多くの場合は株式発行によるエクイティ調達を行い、事業が安定してきてから借入のデットファイナンスを活用することが一般的です(図表5を参照)。
筆者作成
にもかかわらず、なぜタイミーは183億円もの借入ができたのでしょうか?
理由の一つは立替金にあると考えられます。
前編でも確認したように、タイミーの流動資産の多くは立替金と売掛金です(図表6)。そしてこれらの債務を負っているのは、知名度の高い大手飲食店や小売企業などです。
見方を変えれば、タイミーの流動資産に載っている立替金と売掛金の多くは、極めてクレジット(信用)の高い大手企業から回収されるべきものだということです。銀行もタイミーに融資をするにあたり、当然これら企業の信用状況も踏まえて判断したはずです。
つまりタイミーは、大手企業に対する立替金と売掛金によって、ある意味「資産担保借入」のような形で借入ができたと考えられます(今回の借入は無担保無保証ですから、厳密に言えば資産担保借入ではありませんが、実質的にはこういった整理も一部でされたのではないかと推測します)。
加えて、資産担保を用いた証券化の借入でなかったという事実も重要です。タイミーほどの立替金と売掛金があれば、金銭債権の証券化というスキームも可能なはずです。実際、100億円以上の融資金額となれば、証券化のスキームを組んだとしてもコストに見合うものになるでしょう。
にもかかわらず資産担保の借入でないということは、タイミーは借入に際して、自社が持っている立替金や売掛金の資産だけでなく、企業の財務体質やビジネスモデルそのものが銀行から評価されたと考えられます。
つまり逆説的ではありますが、今回の借入が立替金や売掛金を用いたアセットファイナンスではなかったということは、企業の信用そのものから借入を行うコーポレートファイナンスとして銀行から評価されたと考えられるのです。
このように、コーポレートファイナンスを通じて、タイミーが巨額な借入を行えたことは財務戦略としては大きなプラスです。
第一に、もし株式で183億円もの調達をすれば株式の希薄化が起こりますが、借入ならばその心配はありません。
第二に、183億円の資金を確保できたことで、タイミーは成長に向けて思い切りアクセルを踏むことができます。この1年間でワーカーが2倍にも増えていることから、タイミーはこの先も高い成長率が期待できます。このとき一番のボトルネックになるのは、即日払いとなるアルバイトへの報酬ですが、手元に183億円もあればしばらく資金繰りを心配する必要はありません。
第三に、実績作りという点でもプラスです。今回、融資枠を含めて183億円もの借入ができました。タイミーが今後も計画どおり成長できてかつ融資の返済も行えれば、銀行側にもタイミーにも取引実績がたまり、今後も継続的に融資しやすくなります。タイミーにとっても、少なくとも現在のビジネスモデルをベースにする限り、エクイティでの調達は限定的にし、デットでの調達を継続的にできる可能性が高まります。
多くのスタートアップ企業は上場することで借入を活用しやすくなるものですが、タイミーの場合は、上場前にデットを存分に活用できるようになるということです。
「借入金利1.0%未満」のカラクリ
タイミーの183億円の資金調達にかかる条件を見ていると、他にも興味深い点がいくつかあります。
例えば、借入金利が「年利1%未満(All-in costベース)」という点はどうでしょうか(図表7)。
日本では過去20年以上にわたって低金利が続いてきたとはいえ、タイミーの借入金利が1%未満というのはかなり低いです。企業やスキームにもよるので一概には言えませんが、0.5〜3%程度の水準が一般的です。
考えてみてください。貸し手である銀行からしたら、タイミーがどれだけ成長をしようが金利は1%未満しかもらえないのです。一方、タイミーの事業がうまく行かなければ元本を回収できなくなり、損失を被る可能性も出てきます(この点、先に説明したエクイティでは、事業が伸びればその分リターンも見込めます。株価が上がればその分投資家は利益が出るのと同じです)。
なぜ未上場のタイミーが、183億円もの金額をこんなに低い金利で借りられるのでしょうか?
その秘密は、「借入形態」に書かれている「コミットメントライン」にあります。
タイミーのリリースによれば、総額183億円の借入のうち、形態としては長期借入、コミットメントライン、融資枠の3つとなっています。
私の実務経験の感覚では、コミットメントラインと融資枠はほぼ同義ですから、ここでは話を単純化して、「長期借入」と「コミットメントライン」の2つに大別できると考えてください。
このうちのコミットメントラインとは、あらかじめ企業と銀行間で取り決めた金額内で融資を受けられる枠のことを言います。例えば、企業が銀行とコミットメントライン10億円を締結したとしましょう。するとこの企業は、10億円の枠内でいつでも銀行から融資を受けられるようになります。
「すぐにはキャッシュを使わないけれど、念のために銀行からお金を借りておきたい」という場合、借入をすればその分、金利というコストがかかってしまいますね。しかしコミットメントラインは、借入ではなくあくまで「融資を借りることができる権利の枠」なので、金利ほどの費用はかかりません。また、実際に資金が必要なければコミットメントラインを使わなくてもかまいません。
ただしコミットメントラインも当然、無償ではありません。10億円のコミットメントラインの枠をもらった場合、まだ使っていない枠に対しては「コミットメントフィー」という手数料がかかります。コミットメントフィーは企業によって異なりますが、だいたい0.1〜0.3%ほどです。
そろそろピンと来た方もいるのではないでしょうか。
イメージとしては、中学校の授業でやった「濃度が違う食塩水を混ぜ合わせると濃度は何%になる?」という問題と同じです。つまり、仮に長期借入の金利が1.8%程度だったとしても、コミットメントラインフィーは0.2%程度と低いため、この2つを混ぜ合わせれば金利は1.0%未満になる、というのが「All-in costベース」の意味するところなのです。
タイミーもさすがに金利1%未満で借入ができたわけではなく、あくまでコミットメントラインのフィーも加味したAll-in costで1%未満の金利になったであろう、という点には留意が必要でしょう。
「無担保、無保証」を引き出せたことの意味合い
タイミーの183億円の資金調達にかかる条件に関しては、もう一つ、ぜひ注目していただきたい点があります。それは、「無担保、無保証」で借入を引き出せたということです。
一般的に、スタートアップ企業は「成長著しいけれど決算は赤字続き」というところが少なくないものです。もし仮にこのようなスタートアップに対して銀行が融資をするとなると、貸倒引当金を積む必要が出てきます。
仮に融資の金利が1〜3%程度にもかかわらず、企業が自己査定(※2)において「要注意先」になってしまうと、銀行は引当金を5〜10%程度積まなければいけません。これではリスクとリターンが見合わないため、銀行は保証人や担保を要求することで、貸倒れのリスクに備えるのです。
にもかかわらずタイミーが「無担保、無保証」という好条件を銀行から引き出せたということは、裏返せば、タイミーは黒字化の目処が立っている、もしくは単月での黒字がすでに達成できている可能性が高いと見ていいでしょう。また、売上規模も相応にあるはずです。
タイミーの売上を推計してみる
では、現在のタイミーの売上規模がどのくらいあるのか、入手できる情報をもとに推計してみます。
まず、図表6で見たように、タイミーは売掛金7200万円と立替金2.2億円、合計約3億円がありました。
仮にこれらの回収サイトが1カ月とすると、1年間での売上は売掛金7200万円を12倍し(※3)約8.6億円、立替金2.2億円も同様に12倍すると26.4億円になります。この売掛金と立替金を合計すると、年間約35億円になります。
(出所)筆者作成
この数字は2020年10月時点のものですが、タイミーのリリースによると、ほぼ同時期である2020年12月時点のワーカーの累計数は160万人とのこと。この中には「タイミーに登録はしているけれどアルバイトはしていない」という人も含まれますから、仮に全ワーカーの5人に1人(20%)が実際に稼働しているとしましょう。つまり、160万人×20%=32万人ということですね。
タイミーの1年間の立替金(≒タイミーがアルバイトに即日払った報酬の総額)26.4億円を、実際に稼働しているワーカー32万人で割ると、
になります。これが2020年末時点での推計です。
これをもとに、今度は直近のタイミーの売上規模を推計してみましょう。
タイミーのリリースによれば、2022年12月時点でワーカー数は400万人を突破したとのこと。160万人のときから2年の間に2.5倍も成長しています。
仮に2020年10月時点のB/S(貸借対照表)から推測した売上をそのまま2.5倍すると、
売上高は21.5億円になります。
21.5億円という売上はどのくらいの規模なのでしょうか。例えば、過去に上場した人材マッチング系の企業の上場直前期の売上は以下のとおりです。
- ウォンテッドリー:8.4億円(2016年8月期、2017年9月上場)
- ランサーズ:25.2億円(2019年3月期、2019年12月上場)
- ビザスク:6.1億円(2019年2月期、2020年3月上場)
- ココナラ:17.8億円(2020年8月期、2021年3月上場)
つまり、上で示した推定値の売上高を踏まえると、タイミーはもうすでに上場できるような売上高のフェーズにいることが分かります。
また、売掛金と立替金を合計した流通総額(GMV:Gross Merchandise Value)は、35億円×2.5=87.5億円、立替金は26.4億円×2.5=66億円になります。
立替金は、タイミーがアルバイトの報酬を即日払いするための金額です。この金額はタイミーの利用者が増えるほど大きくなりますが、足りなくなれば総額183億円の長期借入とコミットメントラインで対応することができます。
ただ、この年間で見た場合の立替金66億円と借入183億円を比べると、借入の割合がそれなりに大きいので、実際にはもっと多くの金額を立替えている可能性が高そうです。
以上の考察をまとめると、次のとおりです。
- タイミーは無担保・無保証で借入ができていることから、少なくとも黒字化の目処が立っている、もしくは単月での黒字化は達成している可能性が高い。
- タイミーの売上高は20億円を超えていると予想され、この水準はビザスクやココナラの上場直前期の売上高よりも大きい。
- 年間のGMV(流通総額)は66億円と推定されるが、183億円に比べると少ないため、実際の流通総額はさらに大きい可能性がある。その場合、売上高はもっと大きいことになる。
ベンチャーデットがスタートアップの成長を支える
今回は前後編の2回にわたり、新進気鋭のスタートアップ企業であるタイミーのビジネスモデルを考察し、なぜ多額の借入が可能になったのか、その背景を分析してきました。
「スタートアップで多額の調達」といえば、この連載でも過去に取り上げたスパイバーの例などがあります。スパイバーは「事業価値証券化」という特殊なストラクチャード・ファイナンスを活用して250億円もの調達を行いましたが、タイミーはごくシンプルに、無担保・無保証でのコーポレートローンでの調達です。
これまでスタートアップの財務戦略といえば、「銀行からの借入は難しいので、株式で調達する」というのが一般的でした。しかし今回タイミーが、キャッシュが先に出ていくというビジネスモデルでありながら通常の融資でメガバンクから借入を実施できたという事実は、多くのスタートアップにとっても励みになるのではないでしょうか。
スタートアップのファイナンスのバイブルとされる『起業のファイナンス』の中で、著者の磯崎哲也さんは「ベンチャーの生態系を作り上げることが重要」だと強調しています。
つまり、日本で多くのスタートアップが生まれ、成長するためには、起業家や投資家に加え、スタートアップ企業を支えるコンサルタント、税理士、弁護士などを含めた生態系(エコシステム)を整えることが肝要だということです。
そんななか、ここ数年で「ベンチャーデット(スタートアップ企業向けのデットファイナンスのしくみ)」も10年前と比べると格段に充実してきました。今回のタイミーへの融資は、その象徴的な取り組みと言えるでしょう。
スタートアップが多額の調達をする際には、多くの場合リリースを出します。これまではエクイティ(株式)での調達がほとんどでしたが、今後はタイミーのようにデット(借入)での調達も増えてくるかもしれません。スタートアップに注目する際にはぜひ、リリースも確認してみてください。
タイミーがこの先もどんなニュースで私たちをあっと驚かせてくれるのか、期待したいところですね。
※1 タイミー「タイミー、海外機関投資家を中心に総額53億円のシリーズD資金調達を実施」2021年9月15日。
※2 自己査定とはざっくり言うと、銀行が融資先の経営状況を踏まえて審査をし、状況に応じて貸倒引当金を積むというものです(自己査定と貸倒引当金の詳細についてはこの連載の第28回を参照)。
※3 ここでは単純化して、年度末時点の売掛金を12倍したものを売上と想定しています。しかし成長著しい企業であれば年度内において売掛金がどんどん増えていくことになります。そうなった場合、年度末の売掛金は1年で最も多い金額になるので、これをそのまま12倍したら売上としてはややアグレッシブに見ていることになります。ただしここでは分かりやすさを優先し、売掛金の12倍を売上高と仮定しています。なお、ここでの議論は立替金も同様です。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。