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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
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成功した起業家が教育事業に進出するわけ
こんにちは、入山章栄です。
最近、成功した起業家が、第2、第3の事業として教育分野を選ぶことが増えています。これは一体なぜなのか。今回はこの件について考えてみましょう。
BIJ編集部・常盤
ここのところ、Sansanの寺田親弘さんが「神山まるごと高専」をつくったり、元楽天の本城慎之介さんが「軽井沢風越学園」をつくったりと、実業界の方が教育についてアクションをとられることが多いですよね。
海外でもマーク・ザッカーバーグ夫妻の財団が教育にお金を出したり、ジェフ・ベゾスが幼稚園をつくったりしています。入山先生もこの連載で何度か「神山まるごと高専」について触れていますが、なぜ成功した起業家は教育事業に進出するのでしょうか?
「神山まるごと高専」は日本中から飛び抜けた才能を持った子どもたちを集めようとしているユニークな学校です。いま、日本中からいろんな起業家が訪れて授業をしています。実は光栄なことに、起業家ではないですが私もその一人に選んでいただいておりまして、先日そのプロモーションのイベントで寺田さんと一緒に登壇したばかりです。
寺田さんは100億円を目標にしたファンドをつくり、その運用益で「神山まるごと高専」の事業を半永久的に回していこうとしています。
「軽井沢風越学園」はそこまでのご縁はないのですが、同校の理事の山崎繭加さんは、非公式ではありますが、僕のゼミの実質的な一期生なんです。たまにこの学校の話もうかがっています。
BIJ編集部・常盤
そうなんですか。先生も両校にご縁があるんですね。
いま軽井沢風越学園も神山まるごと高専も、ものすごい人気校になっています。風越は、もう簡単には入れないほどです。子どもを風越に入れるために、わざわざ軽井沢に引っ越す親御さんもいると聞きます。
ではなぜいま、起業家がこぞって学校をつくるのか。それはやはり、「世の中をよくするためには教育が一番重要だと思っているから」でしょう。
起業家の中には、「世の中に何かインパクトを与えたい」という思いの強い人が多い。そこで日本をよくするにはどうしたらいいだろうかと考えると、やはり最終的には教育なんですよね。これからの未来をつくるのは子どもですから、子どもにインパクトを与えるのが一番重要と考えるわけです。これは僕も同じ意見です。
だから成功した起業家は、次の事業として教育分野を選ぶのだと思います。別にいまの文科省の下にある既存の教育システムが絶対に悪いと言う気はありませんが、システムが古くなっているのに、それを変えにくいのが問題だと思います。
いまの文科省教育に欠けているもの
BIJ編集部・常盤
起業家の方々から見ると、いまの文科省の教育には何が欠けているのでしょう?
それは大事なポイントですね。
教育に関心のある人はいろいろな議論をしていますが、例えば一般的な公教育ではあまり教えないけれど、「神山まるごと高専」で重視しているのが、テクノロジーとデザインです。
寺田さんは「世の中を変えるのは起業家だ」という思いが強く、起業家を輩出することを目指している。これからはプログラミング経由のものづくりの時代であり、そのためには全体の発想が必要だから、テクノロジーだけでなく、デザインを学ぶ必要があるという考えです。
風越は風越でまた別の考えがあります。同校では小学校1年から中学3年までの子どもが一緒に行動する、タテの班のようなものをつくり、その中で人間性を養っていこうとしている。これも既存の教育システムではなかなか難しい。
それから僕は先日、乙武洋匡さんと、慶應義塾大学の中室牧子さん、それからリクルート時代にスタディサプリをつくり、現在は発達障害の方のための教育事業であるLITALICOの副社長をしている山口文洋さんの4人で食事をしたんです。
そのとき僕以外の3人が口をそろえて言っていたのがこれでした。
「子どもの成長には自己決定力が重要だ」
特に中室牧子さんが、「自分の意志で何かを決めた経験を、どれだけさせられるかだ」と強調していました。
その点、いまの日本の教育は、上から「こうしなさい」と押し付けることがほとんど。子どもに何かを決めさせる機会をもっと増やさなければいけないけれど、それが難しい。
しかもいまの日本では、なかなか新しい小中学校をつくりづらいんですよ。
BIJ編集部・常盤
なぜでしょうか?
ここからは僕の想像ですが、おそらく教育界の既得権益が強いからかもしれません。だから風越は、その中でよく小中学校をつくったと思いますよ。
小中学校がつくりにくいのに比べ、大学はつくりやすい。いまや大学全入時代なのに、新しい大学は生まれている。これはわれわれ大学教員が日教組に入っていないなどの理由もあるかもしれません。
同様に高校もつくるのが難しい。だから「神山まるごと高専」は高校ではなく高等専門学校なのかもしれません。
やはり教育の分野に民間がもっと参入して、既存の教育や教員も大事にしながら、新しい改革をしていくことが大事だと思います。日本はここがまだまだ固い。でもそこを開けていかないといけないでしょうね。
BIJ編集部・常盤
“まっさらなキャンパス”である子どものうちに、いろんなことにチャレンジできて、視野を広げる機会が日常的にある学校にいられるかどうかが、その後の人生を大きく方向づけますよね。
こういった新しい動きがトリガーになって、公教育もいまの時代にフィットした感じになることを期待しています。
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入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。