未上場スタートアップが東証スタンダード市場の上場企業を「子会社化」し、さらにホールディングス化することを発表した。この異例とも言える動きを手引きしたのは、アメリカに本社を置く世界有数のPE(プライベート・エクイティ)ファンドのベインキャピタルだ。
マッチングアプリwithとOmiaiがHD化
未上場スタートアップが上場企業を子会社化し、HD化する。マッチングアプリ業界の再編が始まった。写真は新たなホールディングスで代表を務める小野澤香澄さん。
撮影:竹下郁子(ロゴは編集)
マッチングアプリ「with」を運営するwith社が、同じくマッチングアプリ「Omiai」と広告事業を運営するネットマーケティング社を子会社化すると発表したのは、2022年11月。今回、さらにOmiai事業だけを切り出して会社分割し、2023年3月にwith社とOmiai社をホールディングス(HD)化すると発表した。
Omiaiがなくなり広告事業だけを運営することになるネットマーケティング社は、新たなHDには所属せず、他企業の完全子会社となる。
これまでの経緯を整理してみよう。
ネットマーケティング社は東証スタンダード市場に上場していたが、2022年8〜9月にベインキャピタルがTOB(株式公開買い付け)を実施。その結果、ネットマーケティング社の株式の78.4%を保有するに至ったベインキャピタルは、2022年12月に同社の上場を廃止し、株式を非公開化した。
一方のwith社は、もともとイグニス(東証マザーズ)が運営していたが、2021年にMBOし、ベインキャピタルが大株主に。その後、非上場化したイグニス社からマッチングアプリ「with」が独立。現在、ベインキャピタルはwith社の株式の49.9%を所有している。
つまり今回の子会社化及びHD化は、ベインキャピタルが自社のポートフォリオに並ぶ2社を“マッチング”させた構図だ。
今後、with社はベインキャピタルが保有するネットマーケティング社の株式78.4%を全て譲り受ける。金額については、ベインキャピタルがTOB時にネットマーケティング社に支払った金額と同額(公開買付価格は900円、新株予約権買付価格は1円)を検討しているという。
加えて他の株主からも株式を譲り受け、ネットマーケティング社の発行済株式の全てを取得する見込みだ。
舵取りは競合「Tinder」Japanの元代表
2022年8月からwith社でCEOを務めてきた小野澤香澄さん。
撮影:竹下郁子
株式譲受は2月下旬を予定しており、そのためにwith社は既存株主からの株式出資と銀行からの融資による資金調達も予定している。
「ベインキャピタルは、まさに『ハンズオン』な投資ファンド。同じ仲間として将来についてディスカッションし、動かしている感覚がある」
そう語るのは、小野澤香澄さんだ。
大学卒業後にリクルートに入社し、婚活サービス「ゼクシィ縁結び」の前身を開発。「Tinder」の日本及び台湾の代表を務めるなど、マッチング業界に長年かかわってきた。その功績を買われ、2022年8月にwith社のCEOに就任。HD化にあたってwith社には別のCEOが立ち、小野澤さんはHDの代表として全体の指揮をとる。
小野澤さんはHD化の狙いについて、こう話した。
「多様化するマッチングアプリユーザーのニーズに応えるのと同時に、プロダクトやマーケティングなどのノウハウを共有し、事業運営の効率化を図ります」
日本のマッチングアプリシェアは累計会員数約2000万人の「Pairs」を有するエウレカ社(アメリカ・Match Group)が先行し、約1500万人の「タップル」(サイバーエージェント社)、約700万人のwithや約800万人のOmiaiなどその他が続く。
対するアメリカは、TinderのMatch Group(マッチグループ)と、「Bumble(バンブル)」のMagicLab(マジックラボ)がそれぞれ複数のサービスを抱えた「2強」の状況だと小野澤さんはいう。
「マッチングアプリ運営には共通点が多く、独占化、寡占化しやすい業界です。いずれ日本もアメリカのようになるはず。複数ブランドを抱えることにより、効率化や最適化の観点でさまざまなメリットがあると考えています」(小野澤さん)
売上減少のOmiai、起死回生の一手は
GettyImages / Oscar Wong
新たなHDの名前は「エニトグループ」。エニトは漢字にすると「縁糸」で、人のつながりの「縁」と、それをつなぐ「糸」の意味を込めた造語だ。
withとOmiaiはユーザー層が異なっており、withが20代向けに価値観を重視して交際相手を探すサービスなのに対し、Omiaiは30代向けの結婚を見据えた人たちが集うプラットフォームだ。
今回のHD化で「業界2番手グループ」(小野澤さん)になるエニトグループには、課題もある。直近四半期(2022年7月〜9月)のOmiaiの売上高は前年同期比11. 9%減の8億9200万円、 セグメント利益は前年同期比62. 8%減の1億1200万円と大幅に減少しているのだ。
Omiaiの業績悪化の背景は、2021年5月に発生した171万1756件の大規模な個人情報流出によって「ユーザー数が落ち込んだ」こと、そして「ターゲット設定のずれ」だと小野澤さんは分析する。アプリには結婚につながる関係性を求めるユーザーが集うのに対し、会社は20代中心のマーケティングを進めていたのだ。
今後は実態と合うマーケティングを行い、情報セキュリティ強化を徹底して業績回復に努める。
マッチングアプリ専業として日本初のIPO目指す
子会社化及びHD化にあたり、人員整理は実施しない。
「そもそも我々は人手が足りていないので、コストカットのための人員整理はゼロです。今後も積極採用を続けていきます」(小野澤さん)
今後はIPO(新規株式公開)を選択肢の1つとして検討している。
「現在、マッチングアプリだけの事業で上場している企業は日本にはありません。我々はその初事例となれるのではと。
特に上の年代には『マッチングアプリって出会い系なんでしょ?』という方々もまだいらっしゃって、若い世代とギャップがある。IPOすることで信頼を獲得し、そのギャップを埋められると考えています」(小野澤さん)
実は小野澤さん自身もマッチングサービスで出会った男性と結婚している。現在、4歳の子どもを育てる母親だ。
「マッチングアプリは私にとって天職です。私個人のミッションとして世の中の価値観を多様にしたいと思っており、人と人が関わることで価値観が多様化していくマッチングアプリは、そこにまっすぐ結びついているので」(小野澤さん)
いまや日本の恋愛、結婚、ひいては少子化を左右するといっても過言ではない、マッチングアプリ。業界勢力図はどう変わっていくのだろうか。
(※各マッチングアプリの累計会員数は、Pairs 2022年4月、with 2022年、Omiai 2022年3月、タップル 2022年6月時点)