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セールスフォース(Salesforce)のマーク・ベニオフ創業者兼最高経営責任者(CEO)は、いまや「四面楚歌(しめんそか)」だ。
同社の株式を保有する複数のアクティビスト投資家たちから、さまざまな形で変革を求める声が止まらない。複数のアナリストが、ベニオフ氏は傘下のスラック(Slack)の売却もしくはスピンオフを迫られると予測している。
セールスフォースはスラックを切り離すことで、優先すべきコア事業に経営資源を集中させることが可能になる。とは言え、実際にそのような判断をする場合、数十億ドル規模の損失を受け入れることを意味する。
カナダ金融大手カナダロイヤル銀行(RBC)のアナリスト、リシ・ジャルリア氏は1月26日付の顧客向け調査レポートで、セールスフォースが同社にとって最大規模の買収先、なおかつ最も期待外れだった買収先をいくつか手放すとの、本質を突く視点を示している。
同氏はこう指摘する。
「当社は最近、セールスフォースは長すぎる『帝国化(的な版図拡大)』モードが続いており、コア事業分野における市場機会にあらためてフォーカスを戻すべきとの見解を提示しています」
ジャルリア氏は、セールスフォースが(複数のアクティビストから)どんな変革を求められ、検討しているのか直接的に把握しているわけでないと前置きしつつ、具体的な社名を挙げて見通しを語る。
「スラック、ミュールソフト(MuleSoft)、ヘロク(Heroku)の売却が検討されているとしても、驚きは特にありません」
タブロー(Tableau)も「期待外れだった」点では同列ながら、同社のテクノロジーはすでにセールスフォースの主要製品のいくつかに深く統合されており、他の傘下企業に比べると売却の対象になる可能性は低いという。
評価額は買収時の半分以下に…
聞いたら驚く人も多いと思うが、セールスフォースにとってスラックの切り離しは肩の重荷を下ろすようなもので、ジャルリア氏の計算によれば、株価を27%も押し上げる効果を期待できる。
パンデミックを経て現在のスラックの評価額は約120億ドル(ジャルリア氏の試算による)。セールスフォースがスラック株式の8割をスピンオフし、残り2割を保有することで、90億ドルのキャッシュを手にできる。
そうやって得たキャッシュを自社株買いに充てて、株価および1株当たり利益(EPS)を引き上げるのが望ましい展開、とジャルリア氏は分析する。
ただし、スラック売却にはいくつかの大きなデメリットがある。
一つは、顧客関係管理(CRM)や営業支援(SFA)、オフィスツール分野で競合する巨人マイクロソフト(Microsoft)との最終戦争にケリをつけるというベニオフCEOの宿願成就が危うくなることだ。
ドキュメントツールのクイップ(Quip)を買収したのも、コミュニケーションツールのスラックを買収したのも、結局は「Microsoft 365」や「Microsoft Teams」に対抗するのが目的だった。
もう一つのデメリット、こちらはさらに深刻な問題だが、スラックを足元の評価額で売却した場合、セールスフォースは根本的に大損をするということだ。
2020年1月の合意(手続き完了は2021年7月)時点の買収額は277億ドルだが、現在の評価額は(2022年の株式市場暴落の影響も大きく)その半分にも満たない。評価損は100億ドル超という莫大な金額になる。
顧客向けレポートの内容やそこでの試算について、セールスフォースとジャルリア氏の双方にコメントを求めたが、公開までに返答はなかった。
「物言う投資家」による包囲網
ベニオフ氏率いるセールスフォースは複数のアクティビスト投資家を株主に抱えており、実質的にもはや身動きが取れない状態と言える。
同社は去る1月27日に「物言う株主」の取締役就任を発表した。バリューアクト・キャピタル(ValueAct Capital)のメイソン・モーフィットCEO兼最高投資責任者(CIO)がその人だ。
モーフィット氏は別の案件で多くの人々の記憶に強烈な印象を残している。
バリューアクトは2013年にマイクロソフトの株式20億ドル相当を取得し、アクティビスト投資家として初めて同社の経営幹部ポストを得ることに成功。取締役に就任したのがモーフィット氏(当時の役職はプレジデント)だった。
結果として、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEO(当時)は辞任に追い込まれている(ただし、マイクロソフトはトップ交代との関係性を否定)。
さらに、ジェフ・アッベン氏率いるインクルーシブ・キャピタル・パートナーズ(Inclusive Capital Partners)もセールスフォースの株式を保有しており、米CNBCの報道(1月23日付)によれば、アッベン氏はすでにベニオフ氏との対話を始めている模様。
アッベン氏はかつて、現在モーフィット氏が率いるバリューアクト・キャピタルのCEO兼CIOを務め、上述したマイクロソフト経営トップ交代の舞台裏をよく知る人物。2020年にバリューアクトを離れ、現在のインクルーシブ・キャピタルを創業した。
CNBCが関係者から確認したところによれば、同氏はセールスフォース株式を150万株超保有しているという。
一方、「泣く子も黙る」アクティビストファンド、エリオット・マネジメント(Elliott Management)のスタンスは、ベニオフ氏を包囲するどころでは済まない。
情報筋によれば、エリオットはセールスフォース株を数十億ドル規模で取得しており、実際、Insiderの取材に対しても、セールスフォースの企業価値向上につながる変革を求めていくと明言している。
米ウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)の報道(1月26日付)によると、同社は独自の取締役候補の擁立を準備しており、年次株主総会における選任議案の提出期間が2月に始まるのを前に、委任状争奪戦は不可避の状況だ。
こうした動きより前に、2022年10月にセールスフォース株の大量取得が判明したアクティビストファンド、スターボード・バリュー(Starboard Value)の関与も指摘しておかねばならない。
スターボードによる株式取得が明らかになった直後、セールスフォースはレイオフ(一時解雇)に着手している。
セールスフォースは従業員を10%削減する計画を1月上旬に発表しているが、情報筋がInsiderの取材に語ったところによれば、計画の実施完了までに(スターボードの提案に基づくものと推察される)人員削減の対象者はその2倍に膨れ上がる可能性もあるという。
なお、セールスフォースは上で触れたようにバリューアクトのモーフィットCEO以外に、米クルーズ客船運航大手カーニバル(Carnival)元CEOのアーノルド・ドナルド氏、米クレジットカード大手マスターカード(Mastercard)のサチン・メーラ最高財務責任者(CFO)を独立取締役に指名。
他方で、現在取締役を務めるサンフォード・ロバートソン氏とアラン・ハッセンフェルド氏が退任を表明。また、取締役で共同CEOのブレット・テイラー氏も1月末までの退任を発表している。