激安アパレルECとして日本で話題になったSHEIN。昨年11月には原宿に常設ショールームをオープンした。
撮影:Business Insider Japan
2022年11月から年末まで、日本で報じられない日がないほど話題になった中国発アパレルEC「SHEIN(シーイン)」。ファッションメディアだけでなく経済メディア、ワイドショーなどあらゆるメディアが飛びつき、同社の急成長と人気ぶり、そしてその裏にあるさまざまな問題を競うように取り上げたが、消費し尽くして飽きてしまったのか、年が明けてからはほとんど報道を見なくなった。関心を失ったのは消費者なのか、それともメディアなのか。
「謎の中国企業」と報じたいメディア
比較的早くに本連載でSHEINを紹介したからか、同社のショールームが原宿にオープンしてから約1カ月で、筆者はテレビ局を中心に雑誌やウェブメディアなど10回以上取材を受けた。中にはお正月番組の特集として取り上げるという番組まであった。最後にインタビューを受けたのは12月初め、その大手経済メディアからは「記事を掲載しました」という連絡も来ないし、タイミングを逸してボツになったのだろうか……。
中国経済を見ている筆者から見て、SHEINに対するメディアの食いつき方は狂気じみていた。さまざまなメディアから「SHEINは今後どうなっていくのか」「日本での成長戦略は」と聞かれ、そのたび「それはアパレルの専門家に聞くべきでは。私は日本、グローバルの流通やアパレル、ECに詳しいわけではないので、業界構造や成長見通しまでは分からない」と答えていたが、興味深かったのは、「アパレルの専門家も探したんですが、いろいろな理由で断られてしまいました」という返事が複数あったことだ。
メディアの狙いを思えば、アパレルの専門家が尻込みするのも断るのも分かる気がする。なぜ原宿にショールームがオープンしたくらいで、これほど大騒ぎするのか。理由は複数あるが、その一つはSHEINの枕詞に「謎の中国企業」がつくからだ。
ファーウェイも2000年代半ば、「謎の中国企業」として米国で大いに話題になり、数年かけてその情報が日本に入ってきた。創業者が秘密主義で、メディアへの対応をしないという点でこの2社は非常に似ている。日本メディアは「グレーな中国」の響きが大好きだし、新興EVにはやたらと「赤いテスラ」と枕詞をつけたがる。まじめに企業分析をするより、「隣国から出てきた、得体の知れない急成長企業」にしておいた方がメディア側も読者の興味を引く上で都合がいいのだろう。
SHEINがファーウェイと異なるのは、対外的に中国企業だと認めていない点だ。同社が日本で出すプレスリリースなどでも「世界150カ国以上で展開するグローバル企業」、インフルエンサーに書いてもらっているブログなどでも「シンガポールに本社があります」と説明されている。
そのため、「謎の中国企業」という枕詞をどうしても使いたいメディアは、筆者のようなそれらしい人間を使って、「中国で創業した企業」「創業者は中国人」と発言させ、テロップやタイトルに使うという回り道な手法を取っている。
絵が撮れる「現場」の出現
SHEINが11月に突如メディアの寵児になった理由はまだある。原宿という都内の交通至便な立地に絵が撮れる「現場」が現れたからだ。
筆者は昨年10月、本連載で2回にわたってSHEINを取り上げた。
原宿のショールーム開設発表前のタイミングで記事を公開したため、SHEINがバズった後、多くのメディアから「同記事を見ました」と連絡をいただいたが、正直なところ、SHEINのことはずっと気になりながら他のテーマを優先して1年ほど放置していたため、たまたまこのタイミングの掲載になったというだけだった。
米国向けにアパレルECを展開していたSHEINは、ゲームプラットフォームのRoblox(ロブロックス)やショート動画のTikTokと並んで、コロナ禍の巣ごもり消費の追い風に乗って2020年から一段と成長速度を早めた。2021年5月にはショッピングアプリのカテゴリーでダウンロード数がアマゾンを抜いて、一瞬ではあるが1位になった。
米中メディアが「この会社って中国なの?」と注目したのはこの時期だ。北京や上海から離れた南京で設立され、最初から米国市場を見てきたSHEINは2013年ごろから著名VCの出資を受けてきたが、それまでZ世代の顧客以外にはほぼ無名の存在だった。
その後、SHEINは怒涛の規模拡大を進め、2021年夏には日本法人を立ち上げ、日本でもアプリをリリースしたとの話が入ってきた。
中国で設立したSHEINだが今は本社機能をシンガポールに移している。
Reuter
日本市場進出から1年経つと、筆者の身近なところでもユーザーが現れ始めた。2022年9月、社会人を対象としたMBAの講義で「SHEINを知っている人は?」と聞いたら、女性のほぼ全員が手を挙げ、男性で手を挙げたのは、アパレル系企業のマーケティング担当役員だけだった。
店舗が急激に増えていたり、かつてのハズキルーペのようにCMをがんがん流していたら、購入者でなくても「最近勢いがあるね」と気が付く。しかしSHEINのように販売チャネルがECだけだと、企業のターゲットの間では知られていても、それ以外の層は「名前も知らない」という認知度の二極化が起きる。
ターゲット層に着々と浸透しているタイミングでSHEINは大阪などにアンテナショップを出し、原宿に常設ショールームをオープンした。ハズキルーペのCM戦略のように、話題を提供して一気に認知度を高めようとしたのだろう。「米国で話題になっているらしい」「Z世代に人気のようだ」「そして正体は謎の中国企業」と、メディアにとって引きのある要素が重なったところに、撮影できる場を登場させる。タイミングはばっちりだったと思う。
筆者の周囲でも、多くのメディア関係者がカメラを持って原宿に向かった。ファッションメディアはもちろんのこと、流行りものが好きな人、環境問題に関心がある人、普段は事件事故を追っている人……。しかしそこにあるのは新興ブランドの商品だけで、PR担当者はマニュアル通りのことしか言わない。
将来性はどうなのか、海外記事でよく出てくる「労働問題」「デザイン盗用」「環境問題」はどうなのか。そういった質問にSHEINのPR担当者は答えない。SHEINの売上や純利益を示すような客観的情報も乏しい。
それでも「謎の中国企業の勢いと裏に潜むもの」という企画をつくらないといけないメディアが、直接取材で解決できなかった質問を筆者に丸投げしてくる……ということが、短期間で何度も起きた。
「企業」語れないPR部隊
SHEINが自社を「中国企業」と言わないのを、筆者は多少理解できる。創業時から欧米市場に目を向け、米国のZ世代をターゲットに商品を供給し、中国市場での競争は回避している。昨年秋時点でも中国の若者の多くは「SHEINって何?」という状態だった。
努力してサプライチェーンを構築し、優れたマーケティングによって米国消費者の支持を得て、スポットライトを浴びるなり「謎の中国企業」と枕詞につけられるのは、同社に限らず中国の大企業の多くが、「なんでそうやってレッテルを貼るのか」と悩んでいる部分でもある。
もともとSHEINは取材に対応しない、広報チームがあるのかないのかも分からない未上場企業だ。未上場企業なので、業績の情報も開示していない。テレビ局や経済誌のライターに「なぜ日本でこんなに人気なのですか」と聞かれたが、メディアが集中して取り上げた結果、「日本で人気になっている」風になっているだけで、グローバルに占める日本の売上高の比率も、成長速度も分からないのだから、「あなたたちがSHEINを宣伝しまくってるからでしょう」としか言いようがない。
そしてSHEINに限らず、中国企業の日本法人のPR担当者は、付け焼刃的にその企業のPRを担当していることが多い。コミットメントが浅ければ、本社の手足以上の動きができない。筆者もしばしば中国企業のPR代理店と話すが、その企業についての知識は筆者の方が圧倒的に多いことがほとんどだ。企業広報は「商品PR」と「コーポレートPR」があり、日本法人の広報の大半は前者だけにコミットしていて、企業戦略やリスクマネジメントについて話す権限を持っていない。
だから昨年11月から12月にかけてデザイン盗用疑惑が相次いだときにも、SHEINは「ご指摘頂いた内容をとても重視しており、現在調査を進めています」と紋切り型の対応に終始した。
そうして短期間のブームが過ぎると、少なくともファッション系メディア以外によるSHEINの報道は急減した。そりゃそうだ。「話題になっている」「謎の中国企業」の切り口で取材が膨らんだものの、原宿のショールームから見える実態はほとんどないのだから。日本法人は今後も注目を集めるためにさまざまな仕掛けを行っていくだろうが、露出が増えれば「暗部」に触れられることも認識しただろうし、良いところだけを見てもらうよう、メディア戦略を調整していくかもしれない。
さて、オープン時に我先にと原宿のショールームに向かったメディア関係者のうち、継続して同社の動きを追っている人はどれくらいいるだろうか? 日本での報道はパタッと止んだが、その後のSHEINに何の動きもないわけではない。1月には大型の資金調達に向けて動いていることが海外で報じられた。
日本でのSHEINバブルのさなかに何度も聞かれた、「今後の成長戦略」「成長の死角」についても少し動きが出てきたので、次回考察したい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。