REUTERS/Dilara Senkaya
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
地政学リスクを専門とするユーラシア・グループが毎年発表する「世界10大リスク」。2023年に選ばれた10項目を見て入山先生が特に注目したのは、トップ10のうち実に3つが権威主義国家に関するリスクだということでした。ここから読み取れる世界の変化の兆しとは?
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世界はリスクであふれている
こんにちは、入山章栄です。
政治学者のイアン・ブレマー率いるユーラシア・グループが、今年も10大リスクを発表しました。去年はロシアによるウクライナ侵攻や中国のゼロコロナ失敗などを予言し、的中させましたが、今年はどうでしょうか。
BIJ編集部・常盤
今年の10大リスクは次の通りです。先生はこのリストをどうご覧になりますか?
ユーラシア・グループは政治リスクのコンサルティング会社ですから政治の話が多いのは当然ですが、僕が興味を覚えたのが、トップ10にロシア(No.1)、中国(No.2)、イラン(No.5)という3つの国が入っていることです。
ロシア・中国・イランの共通点は、すべて権威主義国家であること。これらが世界の10大リスクに3つも入っているということは、権威主義国家という政治体制のリスクが相当高まっているということですよね。
例えばいまイランでは、イスラム圏の女性が伝統的に頭部を覆う布「ヒジャブ」を発端として、社会が大混乱に陥っています。
もともとイランはイスラム圏ですが、パーレビ国王の時代は現代に合わせてイスラム教の厳しい戒律をゆるめていました。女性はヒジャブをかぶらなくてもいいし、飲酒も認めるなど、西欧に近い生活形態だった。
ちなみにイスラム教の戒律を守るかどうかは、同じイスラム圏でも国ごとに濃淡があります。いまのトルコはお酒も飲めるしヒジャブも不要ですが、サウジアラビアなどは厳格で絶対に飲酒を認めません。
かつてのイランは戒律がゆるかったけれど、1979年にイラン革命によってホメイニを頂点とするシーア派が政権を奪取して以来、厳格に戒律を守ることを国民に要求するようになりました。
いまイランの女性が外出するときはヒジャブの着用が義務づけられています。でもパーレビ時代を知っている人たちからすれば、それは押し付けに感じられる。そこでヒジャブの着用を拒否した女性がいた。
彼女は警察に連行されて暴行を受け、結果的に命を落としてしまいます。それ以来、イラン全土でヒジャブ撤廃運動が起きて、政府に対する抗議活動がさかんになっています。
それだけでなく、イランではシーア派に敵対するスンニ派というグループが、シーア派を攻撃しようと内戦の様相を呈し始めていて、国内情勢が不穏なんですね。
さらにイランと犬猿の仲であるイスラエルでは、2022年11月にネタニヤフが首相に返り咲きました。ネタニヤフは攻撃的なので、両国間ではいまにも火花が散りそうなムードが漂っている。
しかもイスラエルはいままであまり仲がよくなかったサウジアラビアを仲間に引き入れて、「一緒にイランを叩きのめそうぜ」とそそのかしている。
こんなふうに中東でも火種がくすぶっているわけですから、ロシアとウクライナはもちろんのこと、実は世界中どこにいても不穏な状態です。残念ながら2023年は政治リスクが非常に大きいと言わざるを得ません。
覇権国家が存在しない「Gゼロ」状態
この背景にあるのは「Gゼロ」という状態です。これは何かというと、いま世界には、かつてのアメリカのように非常に強い覇権国が存在しないということです。
国際政治に「覇権安定理論」という有名な理論があるのをご存じでしょうか。簡単に言うと、強い覇権国があるときは、その国が世界の警察役を務めるので、国際秩序が安定するというものです。
東西冷戦時代は、アメリカとソ連が二大覇権国でした。ソ連は共産圏の覇権国であり、アメリカは資本主義国家の覇権国だった。残りの小国は何か悪さをするとアメリカかソ連につぶされるので、おとなしくしていた。だからよくも悪くも安定していたわけです。
ところが1980年代の終わりにソ連が崩壊し、アメリカ一強になった。でも1990年代に入るとアメリカは難癖をつけてイラクを攻撃してみたりして、「なんだかアメリカって大丈夫なの?」と疑問視されることも起きてきた。
しばらくすると中国が台頭してきて、アメリカと二大覇権国家体制になるかと思われました。ところが、ここがポイントなのですが、意外と中国がまわりの国をまとめきれなかったのです。少なくとも僕はそう理解しています。
ロシアも今回のウクライナ侵攻で、もはや覇権国家としての力がないことが明るみになってしまった。だからいまは世界を覇権できるような国が存在しない。
そうなると中規模サイズのイランやサウジアラビア、規模は小さいけれど力の強いイスラエルあたりが、やりたい放題になる。まさにGゼロ時代が来てしまったことを、この10大リスクのリストが象徴していると思います。
民主主義も危ういが、権威主義はさらに危うい
冒頭で僕は、「権威主義国家のトピックがトップ10に3つも入っているのが興味深い」と言いました。というのも、少し前まではみんなが「民主主義は死んだ」という話をしていたでしょう。
つまりポピュリズムに陥りやすいとか、民意が常に最善の選択をするとは限らないとか、民主主義の欠点が目立っていたからです。
一方、コロナウイルスの流行が始まった直後は、中国のような権威主義国家はトップダウンでロックダウンを迅速に実行できた。だから「これからの変化の激しい時代は権威主義国家のほうがいいんじゃないか」という意見が、ついこの間まで見られたのです。
しかし現在、何が起きているかというと、2022年からいろいろなところで権威主義国家が崩れ始めています。筆頭はもちろんロシアで、権威主義国家の二大リスクが露呈している。
権威主義国家の二大リスクの一点目は、国家の運営がうまくいくかどうかが、少数のトップの能力に依存するところです。
権威主義国家は会社でいえば創業家が強い発言力を持つファミリービジネスのようなものです。トップが優秀ならいいけれど、いまのロシアははっきり言って「トップがボケちゃいました」という状態ですね。
BIJ編集部・常盤
首を傾げるような意思決定が多いですよね。
そして権威主義国家のもう一つのリスクは、ガバナンスが効かないことです。つまり間違った方向に行きそうになっても誰も止められない。
これが民主主義であれば、ダメな政治家は最終的に選挙で落とされるというガバナンスが効く。しかし権威主義国家ではそもそも選挙がない、あるいはあっても形骸化しているので、トップのまわりにはイエスマンしかいません。それでダメになっているのがロシアであり、中国であり、イランです。
しかもいまはインターネットがあることで、権威主義国家の内部情報が外へ漏れるし、外の情報も入ってくる。こうなると昔ほど権威主義はうまく機能しなくなります。
つまり世界の警察になるような強い国がない「Gゼロ」時代において、世界各地で権威主義国家のボロが出始めているということです。
BIJ編集部・常盤
やはりインターネットの力ですべてが透明化していくと、裏でコソコソしにくいですよね。カリスマ的リーダーの本性が露呈したりして、かつてのように一人のリーダーが権威主義的に統制することが難しくなってくるわけですね。
その通りです。このイシューについては、まだまだ言いたいことがあるので、次回またお話しさせてください。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。