上海モーターショーで展示されたメルセデスベンツのEV「EQS 580 4MATIC」。
REUTERS/Aly Song/File Photo
欧州自動車工業協会(ACEA)によると、2022年の欧州連合(EU)27カ国の新車販売台数(乗用車)は、前年比4.6%減の925万5930台だった。1月から8月までの間、EU27カ国の新車販売台数は前年割れが続いたが、半導体の供給制約が緩和したこともあり、9月より前年の水準を上回って推移するようになった。
燃料別販売台数は1〜9月期までしか公表されていない。そのため、1〜9月期までに限定して、EU27カ国の新車販売台数の内訳を動力源別に確認すると、最も売れた車種はガソリン車で、全体の37.9%を占めた。二番目がハイブリッド車(HV)の22.8%、ディーゼル車の17.1%、電気自動車(EV=バッテリーEV)の10.6%がそれに続いた(図1)。
EUにおける新車販売台数。ここでいうEVとは、バッテリーEV(BEV)であって、ハイブリッドやPHVとは区別されている。
(出所)欧州自動車工業協会(ACEA)
1~9月期までのトレンドが10〜12月期に大きく変わることは考えにくい。そのためEU27カ国では、約900万台の新車のうちの10%程度、つまり90万台規模のEVが売れたことになる。
新車販売台数に占めるEVの割合は2020年時点で5.4%、2021年時点で9.1%であったことから、EVの市場規模は着実に拡大しているわけだ。
一方、日本自動車販売協会連合会によれば、日本の2022年の新車販売台数(乗用車)に占めるEVの割合は1.4%だった。軽自動車の乗用車を合わせても、3%程度のレベルにとどまっている模様だ。数字だけで判断すれば、確かに日本ではEVの普及が遅れている。が、それは決して非難されるべきことではないだろう。
脱炭素化という戦略を実現するに当たり、EVの普及は「そのための具体的な手段(戦術)の一つ」となる。とはいえ、脱炭素化という戦略の実現のための戦術は多様であっていいはずだ。例えば、EVの普及には充電ポイントの施設など莫大なコストがかかるため、途上国では普及が見込みにくく、HVのほうが現実的な選択肢となる。
従って、確かにEVの普及はメガトレンドだが、それが遅れているからといって、「その国が脱炭素化に消極的」とは言い切れない。EVの普及を図るにせよ、各国の実情に合わせたペースになって然るべきだ。EVで実現しなければならない道理はないことに、今一度、留意したい。
EUのEV普及スピードも減速の見通し
スイスのドレナツで撮影された電線と風力発電のタービン(2022年撮影)。
REUTERS/Denis Balibouse
すでにEU27カ国の新車販売台数の一割を占めるに至ったEVだが、2023年はその普及スピードが大きく鈍化すると見込まれる。これまでEVの新車登録台数は、2019年が前年比93.2%増、2020年が88.8%増、2021年が63.0%であった。
仮に2022年が90万台だったとして、前年比の伸び率は30%程度にとどまることになる。
普及の初期段階では、台数が小さいため伸び率は大きくなる。普及に従って伸び率が低下していくことは当然だ。こうした当たり前の理由に加えて、EU27カ国でEVの普及が遅れる要因になると考えられることとして、不安定な電力事情がある。ロシアのウクライナ侵攻を受けてヨーロッパの天然ガス価格が急騰、電気料金も急上昇した(図2)。
EUの電気料金が急上昇していることがわかる。
(出所)ユーロスタット
その後、EUはガスの節約に努めるとともに、ロシア以外からのガスの輸入を強化したことや、今冬が暖かかったことでガスの需給が緩和した。さらに、ガス価格に上限を設ける制度を稼働させたこともあり、ガス価格は安定するに至った。とはいえ、ヨーロッパの電力事情は依然として不安定であり、電気料金も今後も高水準での推移が見込まれる。
フランスの自動車ブランド、プジョーを擁する多国籍自動車メーカー・ステランティスがCES2023で展示したEVコンセプト「INCEPTION CONCEPT」。欧州ブランドもEV発表に前向きな姿勢は国際展示会でも垣間見える。
撮影:Business Insider Japan
EVはバッテリーで動く。そのため、自宅や充電ポイントで充電する必要があるが、電気料金が高くなれば、経済性は低下する。給付金や減税措置でイニシャルコストを引き下げても、電気料金が高ければランニングコストが高くつくため、ユーザーにとって魅力度が下がることになる。
もちろん、国ごとに電気料金の値上がり度合いは異なるし、契約の仕方でも異なるだろう。とはいえマクロ的に考えれば、電気料金の上昇はEVの普及のマイナス要因になることは間違いない。EUの執行部としても、EVの普及を目指すと発表した時点で、電力価格がここまで跳ね上がっているとは考えていなかったはずだ。
一方で、原油価格はロシアのウクライナ侵攻前の水準にまで落ち着いている。ユーザーからすれば、「内燃機関を用いるHVの効率性が高まった」ことを意味する。HV人気もヨーロッパでは根強いため、ランニングコストの観点から、HVを購入する動きが強まるかもしれない。とはいえ、EVを是とするEUがこの動き歓迎するかどうかは分からない。
なお日本でも、EVが普及を進めるうえで、電気料金の安定は不可欠な要素だ。ヨーロッパに比べると、日本の電気料金の値上がりはかなり抑えられてきた。
しかし電力各社は、今夏にもいよいよ値上げに踏み切ることになり、各社が経済産業省に申請している値上げ幅は30%以上となっている。
実際に納車される頃には電気料金がまた変わっているはずだが、低下しているかどうかは分からない。不安定な電気料金が別の技術革新(バッテリーの高性能化など)を生む可能性もあるが、基本的に、EVが普及するに当たっては、電気料金が安定しているに越したことはない。
EVの盲点:中古車市場拡大の重要性
スイスのモーターショーで展示されたアウディのEV車と、充電ステーション(2021年撮影)。
REUTERS/Arnd Wiegmann
EVや、それに準じたプラグインハイブリッド(PHV)の普及は、北欧や西欧といったヨーロッパの高所得国で先行している。一方で、東欧や南欧の低所得国では、普及が遅れている。逆説的かもしれないが、今後、北欧や西欧の諸国でさらなるEVの普及が図られるためには、東欧や南欧で「EVの中古車市場」が拡大する必要がある。
ヨーロッパには大きな中古車市場が存在する。そこで中古車が安定的に売買されるからこそ、自動車は資産性を持つし、新車は定期的に買い替えられる。とはいえEVに関しては、EV普及が先行する北欧や西欧でさえ中古車市場の規模は限定的である。普及が遅れる東欧や西欧では、EVの中古車市場の規模はかなり小さいだろう。
北欧や西欧を中心にEVが急速に普及しているということは、潜在的な中古車が急激に増えているということでもある。この中古車を売買する市場が発展しないと、EVの資産性は高まらないし、さらなるEVの普及も見込みがたい。中古車市場をどう発展させていくか、EUとしても戦略性が問われてくるところだろう。
EVの中古車市場を拡大させるためには、やはり充電ポイントなどのインフラ投資が不可欠となる。それも、そもそもの中古車市場の主な担い手であるとともに、EVの普及が遅れている東欧や南欧といった低所得国で、EVのインフラの整備を進めていく必要がある。とはいえ、その整備には資金も人手も要するため、相応の時間を要する。
いずれにせよ、順調に拡大してきたEUのEV市場だが、2023年にはその拡大ピッチが鈍化せざるを得ないだろう。2035年までに新車の全てを実質的にEVに限定したいEUだが、普及のピッチの鈍化に直面する中で、EVの一段の普及を図るための戦術をどのようなかたちで打ち出してくるのか、注意して見ていきたい。