日本1万人、アメリカ2万人いるALS患者。治療における課題と必要なサポートとは

日本で1万人、アメリカで2万人の患者がいる「筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)」。神経疾患の一種であり、次第に全身の筋肉がやせ衰えていく難病だ。病気の原因は解明されておらず、治療の選択肢はごく限られている。

三菱ケミカルグループはスローガンとして、「Science. Value. Life.」を掲げており、よりよいイノベーションによって、新たな価値を生み出し、人々の健康な暮らしに貢献することを目指している。三菱ケミカルグループのファーマ事業を担う田辺三菱製薬では、疾病治療にとどまらず、世界の人々が長く健康でいられる社会の実現に向けて、難病ALSへのさまざまな取り組みを続けている。

ALSへの取り組みについて、田辺三菱製薬のグローバル製品部 坂田武志氏と兵頭和美氏、内田琢也氏に話を聞いた。

意識は正常なまま、筋肉が衰えていく

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坂田武志(さかた・たけし)氏/田辺三菱製薬 グローバル製品部

「ALSは、筋肉を動かす神経が傷害を受けることにより、全身の筋肉がやせ衰えていく病気です。最初は、ものを飲み込みにくい、うまくしゃべれない、手や足の力が入らないなどの症状が出ます。

通常、意識や認知機能は正常に保たれたまま、徐々に病状が進行します」(坂田氏)

発症から平均2~5年で、呼吸筋の衰えによる呼吸不全で亡くなるとも言われている難病(※)だ。

※N Engl J Med. 2017;377(2):162-172. Eur J Neurol. 2012;19(3):360-375.

ALSの病状が進行していくと、患者本人やその家族には非常に厳しい「決断の時」がやってくる。最終的に呼吸困難な状況に至る前に、気管切開して人工呼吸器を装着するか否か、つまり、延命を希望するか否かを決断しなければならないと聞く。

残念ながら、ALSの原因はまだよくわかっていない。健康成人とALS患者の遺伝子を比較することで、ALSの原因と思われる遺伝子がいくつか見つかっている。しかし、決定的な原因遺伝子はほとんどの患者で特定できていないのが現状だ。

治療薬も非常に少なく、これらの薬はALSの進行を抑えることができる可能性がある。ただし、ALSを根治することはできない。病気の進行をなるべく遅らせる薬物療法や、リハビリテーションで筋力を維持するなどの対症療法が、現在の標準的な治療である。

イノベーションで、患者に新たな価値を提供

田辺三菱製薬は、より患者の治療に寄り添う医薬品の開発にも取り組んでいる

医薬品の開発は、製造販売承認を取得するだけがゴールではない。販売開始後も、患者がより医薬品を服用しやすくなるよう、薬剤の形状を変更する、あるいは投与方法を変更するなどの開発は続く。患者のQOLを向上するイノベーションに、終わりはないのだ。

例えば、治療薬の投与に通院が必要であったり、あるいは在宅投与に医療関係者の訪問が必要であったりすると、患者やその家族への身体的・経済的負担が少なくない。筋肉が衰えてゆく疾患などであれば、なおのことだ。それがハードルとなり、治療を躊躇することになれば、患者に施せる治療も施せなくなる。

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兵頭和美(ひょうどう・かずみ)氏

田辺三菱製薬 グローバル製品部

「患者さんが服用しやすい薬剤の形状を開発し、例えば在宅でも投与できるようにすれば、通院による患者さんとそのご家族の負担を大きく減らすことができます。また、投与時の痛みを避けることなどにより、生活の質の向上につなげることもできると期待できます」(兵頭氏)

ただ、薬剤の形状の変更や投与方法の変更は、そう簡単なことではない。例えば、薬剤を注射で血管に直接入れる場合と、口から飲んだ場合や皮膚から吸収させる場合とでは、成分が体内に入るまでの経路や時間が異なる。一般的に、それらを比較すると同様の体内薬物濃度を示すことは非常に困難なのだ。

また、たとえ有効成分が同じ薬剤でも、形状が違うと、承認のためには通常はあらためて有効性の検証が必要となる。そのため、医薬品承認を取得するためには、通常新規の薬剤開発と同様の開発期間(約10年)がかかってしまう。

そこで、坂田氏をチームリーダーとする開発チームは、承認を得るまでの期間を少しでも短くするために、さまざまな方策を取っている。例えば、患者が服用しやすいよう製剤の工夫をする、あるいは、精緻なシミュレーションを繰り返すなどして用量をミリグラム単位で調整する、などだ。このような研究開発に、日々取り組んでいる。

また、新型コロナウイルス感染症が発生した際には、各国の臨床試験施設が閉鎖される等、一時的に臨床試験がストップするなどの困難にも直面した。通常は患者が病院に来院して、薬を受け取ったり、医師が評価を行ったりするが、各国で臨床試験施設が閉鎖された際には、患者に薬を配送することに加え、リモートで評価を行うといった試験実施の工夫をすることで対応した。

栄養管理の大切さを啓発

また、田辺三菱製薬では、治療薬の開発にとどまらず、ALS治療を支援するさまざまな取り組みを実施している。そのひとつが「栄養管理」だ。栄養管理といえば、糖尿病や肥満などのいわゆる生活習慣病の予防や治療のために行うイメージが強い。実はALS患者においても栄養管理は非常に重要だという。

ALSでは初期の段階で急激に体重が減少することが知られている。くわしい仕組みは不明だが、エネルギー代謝が高まるためだと考えられている。そして、体重減少が大きい、あるいは体重減少のスピードが速いと、余命期間が短くなる可能性があることが多くの論文でも報告されている(※)。つまり、ALSの初期段階では、カロリーをしっかり取ってなるべく体重を落とさないことが重要なのだ。

※J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2018; 89(10): 1016-1023. J Neurol. 2019; 266(6): 1412-1420. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020; 91(8): 867-875.

田辺三菱製薬が運営するALSの情報サイト「ALSステーション」には、ALS患者の一日の推定エネルギー必要量を簡便に算出できるコンテンツなどがあり、栄養管理をサポートするための情報を提供している。また、嚥下能力が落ちた方でも食事を楽しめるように、とろみを付けたレシピ(嚥下食レシピ)なども公開している。

ALS治療を支援する情報の提供について、グローバル事業活動を管理する内田氏は次のように語る。

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内田琢也(うちだ・たくや)氏

田辺三菱製薬 グローバル製品部

「ALS治療薬を世に出している会社として、治療薬以外でもお役に立てる情報を提供していくことは重要と考え、栄養管理の大切さを広める活動を行っています。食事は、ALS治療を支える側面もありますが、言うまでもなく日常生活における大切な楽しみのひとつでもあります

ALSステーションでは、旅行へ行くことも困難なALS患者さんに向けて、世界各国の料理をアレンジした嚥下食レシピも載せています。栄養管理への理解を深めるとともに、日々の食事を少しでも楽しんでいただくことで、この難病に立ち向かう患者さんを支援する一助になればと願っています」(内田氏)

承認後も市販後調査や開発は続く

医薬品の開発は、承認されたら終わりではない。新薬が実際の医療現場で広く使われるようになったあとで、承認前の臨床試験ではわからなかった副作用の有無などを市販後調査で確認するのだ。

薬の効き方や副作用の情報だけでなく、現場からは薬の使い勝手に関するリクエストなども上がってくる。たとえば、「薬剤が小分けになっている方がなお良い」といった声などだ。

「今後、さらに多くの声が医療現場から寄せられ検討すべき方向性もみえてくるはずです。承認はゴールではなく、より多くの患者さんが服用されるようになって以降も正念場。アメリカや日本などの先行承認国で安全性データを確認した上で、一つでも多くの国の患者さんに届けられるよう、治療薬を育てていければと思います」(内田氏)


患者さんが服用しやすい医薬品を開発できれば、患者さんとご家族の生活の質の向上に貢献できると考えています。これまで薬の投与を躊躇していた患者さんが、少しでも前向きになっていただくことを期待しています」(兵頭氏)

田辺三菱製薬では、グローバル展開を拡大していく予定だ。さらに、新たな治療薬の開発にも取り組んでいる。

「まだ研究段階ではありますが、遺伝子レベルでのALS研究にも積極的に取り組んでおり、遺伝子治療など新たな種類のALS治療薬の研究開発を行っていきます。将来的にALSの病状進行の完全抑制を目指してこれからも治療薬の開発を進めていきたいと考えています」(坂田氏)

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