ロサンゼルス郊外のモンテレーパークで銃乱射事件が起き、犠牲者のために献花に訪れたハリス副大統領(2023年1月25日)。
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悲しいことに大量/無差別銃撃事件のニュースが入ってくるたびに、「またか」と嘆息してしまう自分がいる。
そこには、一人ひとりの犠牲者のそれまで存在していた人生や生活があって、残される家族や友人たちの悲痛な喪失や、命を落とさなかったとしてもその後続くトラウマや回復の苦労があるはずで、その数のあまりの多さに頭と心がついていかない。
そんな自分にとっても、最近立て続けに起きたアジア人のシニアによる、アジア人コミュニティにおける大量銃撃事件は、新しい悲しみのレイヤーをもたらすものだった。
アジア人コミュニティの“社交の場”で起きた悲劇
銃乱射事件を起こした直後に容疑者が訪れたライライ・ダンスホール。事件を受けて休業を知らせる張り紙が掲げられた。
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アメリカのアジア人コミュニティが大いに盛り上がる旧正月を挟んで、2つの事件が発生した。
1月21日にロサンゼルス郊外のモンテレーパークで起きた事件では、旧正月を祝うイベントが行われていたダンススタジオで、72歳の男性フー・カン・トランが銃を乱射した。男性はその後、別のスタジオを訪れたが、そこにいた人たちともみ合いになって銃を奪われ逃走し、翌日に警察によって遺体で発見された。
2つのスタジオは社交ダンスの会場として年配のコミュニティメンバーたちの集いの場になっており、亡くなった11人の被害者の最年少は57歳、残りは60代と70代だった。犯人自身も両方のダンススタジオの常連で、初動の報道では元妻を狙ったという説も登場したが、本当のところは定かでない。
1月23日にはサンフランシスコ郊外のハーフ・ムーン・ベイのマッシュルーム農場で、銃乱射事件が起きた。容疑者は農場で働く67歳のチュンリ・ジャオで、同僚7人を銃で撃って死亡させた。ジャオはそのまま現場を離れたが、別の場所で逮捕されて取り調べに応じ、動機として職場でいじめに遭っていたと供述した。
この2つの事件の犯人にはそれぞれ別の人生がある。移民としての歴史にも多くの違いがあり、動機は個人的な恨みだ。とはいえ、アジア人が、自分が属するコミュニティのメンバーを標的にしたこと、また、これまで孤立した若い男性による犯行が圧倒的に多かった大量銃撃事件をシニアのアジア人男性が起こしたことで、アジア人コミュニティに衝撃が走った。
個人的な恨みが引き金となった事件を、より大きな社会的傾向に結びつけることには危険性もあるものの、この一連の事件は変貌しつつあるアジア人と銃の関係を示しているとも感じる。
銃規制だけでは不十分
アメリカでは銃規制が長年叫ばれているにもかかわらず、近年の銃購入者はむしろ増加傾向にある。
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アメリカ全体の銃販売数を示すデータはないものの、2020年にパンデミックが発生して以来、ヘイトクライムやその他の犯罪の増加とともに、銃の販売数も増加してきた。
歴史的に見て、銃の所有は白人の非都市部人口、共和党支持者に偏る傾向があったが、ノースイースタン大学のマシュー・ミラー教授による調査によると、2019年に240万人だった初めての銃の購入者は、2020年から2021年にかけて500万人以上に増えた。
アジア人による銃の所有率は、これまで他の人種に比べて低いと見られてきたが、銃火器業界団体が2021年にディーラーに対して行った調査によると、30%近くの回答者が、アジア人による銃や弾丸の購入が増えていると答えている。
また2022年5月にイースタン・ミシガン大学とミシガン大学の研究グループが銃を購入したアジア系アメリカ人に対して行った調査では、回答者916人のうち55%以上が初めての購入者で、その多くが日常的に銃を持ち歩いていると答えた。また、購入の最大の要因として人種差別や文化的差別、またそれによるストレスがあるという。
アメリカの総人口3億314万人のうちアジア系人口はおよそ590万人と言われ、増加傾向にある。このうち約30%が住んでいるのが、アメリカの総人口に占めるアジア人の割合が6%と特に多いカリフォルニアだ。
カリフォルニアの銃規制は、連邦の中でも最も厳しいと言われ、多くの州で売られる攻撃用の火器の販売が禁じられているだけでなく、年齢や前科による制限も多い。また、他州に比べて、銃乱射事件の件数も、人口当たりの銃による死亡も少ないが、それでも銃による犯罪や死亡は後を絶たない。
銃規制の提唱者でもあるカリフォルニア州のニューサム知事は、アジア人が多く住むモンテレーパークを訪れ、記者たちを前に、アジア系住民による銃の購入が増えている原因を「数年にわたるコロナ禍、尊重されていない、感謝されていない、またリソースが足りないコミュニティ、そして大量銃撃事件とストレスの蓄積」と分析し、さらなる規制の強化を呼びかけている。
ハーフ・ムーン・ベイでの事件発生後、現地視察をするカリフォルニア州のニューサム知事(左端)。
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懸念の種は、銃による暴力事件だけではない。アメリカ疾病対策予防センター(CDC)が発表した2017年の全人口の死因のデータによると、自殺は全体の死因の10位だが、アジア人の若者(15〜24歳)に限れば死因の1位で、25〜34歳のグループを見ても自殺は死因の2位になっている。このうち何割くらいが銃による自殺なのかを示すデータはないが、アメリカの自殺の半数以上が銃による自殺であることを示すデータはある。
文化的な偏見などさまざまな理由から、アジア系人口には他の人種よりもメンタルヘルスの治療や支援が届きづらいという傾向もある。少し古いデータではあるが、メンタルヘルスの治療や支援を受けるアメリカ人の割合が18%なのに対し、アジア人のそれはわずか8.6%だという。
バイデン政権は2022年に新たな銃規制法案を通過させたが、2023年の1月だけで銃による無差別/大量銃撃事件が50件以上起きている。
銃による暴力の連鎖を止める方策を考えるとき、メンタルヘルス面での支援が欠けていたせいだとの見方に対しては批判もある。しかし、銃規制が抑止力になっていない現状を見ると、銃規制だけでは銃によって命が失われ続ける事態を止めるのに十分ではないと感じるようにもなった。
やるせない銃の事件ばかりが続くアメリカで、政治がこの流れを変えることはできるのだろうか。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。