マッキンゼーから厚労省に転職の元官僚、今度は「霞が関・転職サービス」で起業

吉井さん

元厚労省の吉井弘和さんは「霞が関」への転職を支援するサービスで起業した。サービスでは官僚の年収シミュレーターなどもある。

撮影:横山耕太郎

マッキンゼーを経て2020年に厚労省に入省し、今度は「霞が関と民間をまたいだ転職」を支援するサービスで起業した元官僚がいる。

霞が関を巡っては、長時間労働などのブラックな働き方が批判され、最近では特に若手官僚の民間企業への流出も問題視されているが、まだまだ民間からの中途採用が少ないのが現実だ。

マッキンゼー時代には留学も経験

「霞が関の求人情報を見ると分かるのですが、民間企業と違って専門的な言葉が多くて理解しにくい。まずは求人を分かりやすく、検索しやすくすることで、民間からの転職のハードルを下げたいと思っています

マッキンゼー出身で2020年に厚労省に入省した吉井弘和さん(41)はそう話す。

吉井さんは東京大学を卒業後、マッキンゼーに就職。4年半、金融機関向けに戦略立案やM&A(企業買収)の助言を担当した後に、コロンビア大学とロンドン大学に計2年の留学を経験した。

帰国後、マッキンゼーではヘルスケア企業のコンサルを担当して離職。2017年からは社会保険診療報酬支払基金の理事長特任補佐に就任し、2020年4月、厚労省保険局保険課の課長補佐に任期付きで就任した経歴をもつ。

「官僚の年収」一瞬でシミュレーション

官僚の年収のシミュレーション結果

吉井さんが立ち上げた「VOLVE」。年齢や残業時間などを入れると、すぐに想定年収がわかる。

撮影:横山耕太郎

吉井さんは2022年8月、厚労省を辞め、霞が関への中途での入省をサポートするサービス「越境キャリア支援・VOLVE」で起業した。

このサービスの特徴は、霞が関の求人情報を分かりやすく言い換え、かつ省庁横断で求人検索できること。そして、霞が関で働いた場合の想定年収を簡単に試算できることだ。

年収シミュレーションでは、「幹部職未満」か「幹部職以上」か、職種、年齢、残業時間などを選ぶと、すぐに想定年収が分かる

試しに、「幹部未満の35歳の総合職、月の残業が40時間で配偶者がいるが子供はなし、自分名義の賃貸に住んでいる場合」を選択してみると、「想定年収948万円」だった。

「民間からの転職の場合、年収がどれくらいなのかわからないというのがハードルになっています。ネットで官僚の給与を検索してみると、誤解しやすい情報が多く、実際の年収よりも低い印象をもつことも多いです。

今は昔と違って残業代が支払われるようになっています。シミュレーションを通して『思ったよりも官僚の年収は低くない』とプラスに感じる人も多いのでは、と期待しています

「入省するまで年収知らなかった」

夜道を歩いている様子

特に国会会期中は、霞が関の官僚たちの残業時間は長くなる。

撮影:今村拓馬

官僚の給与テーブルは、等級と号俸によって定められており、そこに地域手当や、住まいや家族構成に応じた住居手当や扶養手当がつく。シミュレーターでは人事院によって定められたこれらの情報を基に想定年収を試算している(※)。

しかし、求人の募集要項に年収額を明示することは少ない。

中途で採用された民間出身の官僚の中には、「入省するまで年収がいくらになるのか分からなかった」という人も珍しくないという。

「官僚の場合は年次に基づいて等級・号俸が変わっていくのがほとんどですが、それは明文化されているわけではありません。実際に厚労省で働いた相場観を基にして今回のシミュレーターを作りましたが、現役官僚からは『かなり当たっている』という反応がありました。

実際に今よりも年収が上がるのか、下がるのか?そこが分かれば転職を考える一歩になる」

※年収シミュレーション: 等級・号俸は年齢・職種に基づき平均的な水準に設定。実際の期末・勤勉手当については、人事院勧告や人事評価結果に決まるが、シミュレーションでは2021年(令和3年)の人事院勧告をもとに、人事評価によらず、一律に支給額を設定している。 またシミュレーションでは給与月額、地域手当、本府省手当・役職手当、扶養手当、住宅手当、超過勤務手当、期末勤勉手当のみを算入。注意事項の詳細はウェブサイトでも確認できる。

分かりにくすぎる求人情報

「内閣人事局企画官」の採用ページの給与に関する記述

内閣官房が募集している「内閣人事局企画官」の求人情報を撮影。

撮影:横山耕太郎

VOLVEのもう一つの特徴が、民間人でも分かりやすいように霞が関の求人を横断検索できる機能だ。

霞が関の求人情報は、掲載されてから申し込み期限が数週間ということも珍しくなく、掲載内容も独特な行政用語が使われているため、民間企業の求人に比べると検索が難しいという。

例えば内閣官房が募集している「内閣人事局企画官」の採用ページを見てみよう。

内閣官房の採用情報は、役職ごとにPDFに記載されており、内閣人事局企画官の場合、求められる能力は「ICTを活用して効率的・効果的に業務を遂行する能力」「各府省及び関係機関との調整能力」などとされている。

また待遇については「『一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律』により、任期付の常勤の国家公務員として採用」するとし、給与については、「これまでの経歴等を考慮の上、国家公務員の給与規定(一般職の職員の給与に関する法律等)に基づき、決定します」とある。

「求人情報にしても、正確な記述をするため、民間と同じように年収などを説明しづらい事業は理解できます。ただ民間の転職サイトのように、普通に求人を検索し応募できない現状では、潜在的に『官』の仕事に興味ある人には訴求できません

民間では当たり前の一括検索…

VOLVEの求人検索画面

VOLVEの求人検索機能では「室長級」「課長補佐級」など、霞が関の用語をわかりやすく言い換える機能もある。

VOLVEのウェブサイトを編集部キャプチャ

VOLVEの求人検索機能では、希望する雇用条件にチェックをいれる形式になっており、分かりにくい用語については、一般的な表現に言い換えている

例えば「一般職相当(事務系)」については、「幹部を目指さず、1つの政策領域の専門家を目指したい」と言い換えられているほか、職位「課長補佐級」は「個々の案件の実務的リーダーとして政策立案・実行を推進したい(平均的な年齢層:幹部を目指すキャリアの30歳以降・それ以外のキャリアの40歳以降)」などと表現している。

2023年2月2日時点で、検索できる求人は228件あった。

「マイページに希望条件を登録すれば、合致した新着求人もみられる。各省庁のウェブサイトを調べる手間が省けます」

民間への転職も支援

吉井さん

吉井さんが立ち上げたVOLVEのウェブサイトには、官僚の民間転職の支援のページもある。「国家公務員としての経験をポータブルスキルとして言語化することで国家公務員のキャリアを支援します」とある。

提供:VOLVE

一方でVOLVEは、霞が関の人材を対象に、民間企業への転職を支援する人材紹介業も手掛ける。

現状のVOLVEの主な収益は、民間企業への人材紹介の手数料といい、霞が関の人材を採用したいという民間企業からの問い合わせも多いという。

ただ民間就職を支援することは、霞が関の人材流出に直結する。事業への批判はないのだろうか。

「私たちは転職ありきではなくキャリア相談から始めます。利用者からは『いろんな質問を受けて、自分の行政に対する思いを再確認し、次の役職にチャレンジする覚悟ができた』と話してくれることもあります。

他方で、霞が関の人材流出は、すでに加速している現状があります。民間転職するなら、どんな選択肢があるのか視野を広げた上で、より希望にあった転職をしてほしいという思いがあります」


「私自身、新卒のときから民間と霞が関を行き来するリボルビングドア(回転扉)に憧れており、実際にそんなキャリアを作ってきました。私のように官民を越境するキャリアを応援したいと思っています。

続けるにせよ、辞めるにせよ、個人の側に立って支援するということが私たちのプロミスです」

吉井さんはこれまで、官と民の越境を経験してきたが、今回の起業に関しても、「越境キャリアの可能性が広がる選択をした」と話す。

「厚労省のあとのキャリアを考えた時に、別の役所で経験を積むことや、上場前後のスタートアップ企業への転職なども考えましたが、ゼロからの起業を選びました。

例えばアメリカなどでは民間と役所の行き来がもっと当たり前に行われています。日本でも良い形で人材の流動性を上げることが自分のテーマ。これからも率先して越境人材でありたいと思っています」

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