写真左から吉田憲一郎氏、十時裕樹氏。
撮影:西田宗千佳
ソニーグループ(以下ソニーG)は、2023年4月1日付で、現・代表執行役兼CFO(最高財務責任者)の十時裕樹氏が、新たに取締役 代表執行役 社長 COO(最高執行責任者) 兼 CFOに就任すると発表した。
現・社長兼CEO(最高経営責任者)の吉田憲一郎氏は、会長兼CEOとなる。
2月2日には2022年度第3四半期連結業績発表が予定されていたが、急きょその前に、十時氏の社長就任に関する会見も開かれた。
ソニーGは四半期売上高が3.4兆円を超え、2022年度通期業績見通しでは営業利益を1兆1800億円と予測している。
絶好調のソニーGは、なぜこの時期に、5年ぶりとなる社長交代をするのか。そして、今後の経営体制は? その解釈のヒントは、十時氏の「COO」職という肩書きにある。
大きな意味を持つ「COO」職への就任
4月1日から会長兼CEOに就任する吉田氏。
撮影:西田宗千佳
ズバリ、なぜこの時期の社長交代なのか?
記者からの質問に、吉田社長(4月1日から会長兼CEO)は次のように答えた。
「外部環境の変化が激しくなっている。
特に、テクノロジーの大きな変化や地政学リスクでの高まりなど、こうした状況の中で経営体制を強化するには、キャピタル・アロケーション(事業資本戦略)とそのマネジメントの着実な実行と強化が必要と判断しました」(吉田氏)
十時氏は、CFO職に加え、戦略の執行責任を持つCOOに就任する。今回の人事は、十時氏を社長に就任させることと同時に、「COO職を定める」ことがポイントなのだ。
吉田氏は「ソニーGの経営は、ワントップというよりはチームで行なっている」と説明する。各事業部門の自律性を重んじ、成長戦略を描く形だ。
ただし、その中では前出のように、さまざまなリスクが出てきている。資本戦略を適切に進めるには、「グループとしてのオペレーション戦略が重要」と吉田氏は話す。
「(十時新社長は)経営の外部環境に対する深い理解がある。社長・COOの肩書きを持ち、より高い次元で働いてもらいたい」(吉田氏)と説明する。
吉田氏の戦略を継承し「成長」にこだわる
2月2日の会見で手を取り合う両氏。
撮影:西田宗千佳
十時氏は1987年にソニーに入社。以来、財務と事業開発を担当してきた。
2001年にはソニー銀行の設立に関わり、2013年にはインターネット・サービス・プロバイダー事業を手掛けていたソニーコミュニケーションネットワーク(So-net。現ソニーネットワークコミュニケーションズ)の副社長兼CFOを担当した。この時、So-netの社長だったのが、現在のソニーG・トップの吉田氏だ。
以来十時氏は、吉田氏と共に、ソニーGの経営に大きく関わってきた。そのため、今回の人事は予想されたものではあるのだが「この時期なのか」という驚きは筆者にもあった。
吉田氏によると、今回の人事を指名委員会にはかったのは2022年7月のこと。半年ほどで新体制への移行が決まったことになる。
十時氏は社長就任に際し「重要視すること」を問われ、次のように答えた。
「やはり“成長”にはこだわりたい。事業・会社は成長が停滞すると、ネガティブなスパイラルに陥りやすくなります。成長にこだわり、ポジティブスパイラルを生み出していきたい」(十時氏)
4月1日から取締役 代表執行役 社長 COO(最高執行責任者) 兼 CFO(最高財務責任者)に就任する十時氏。
撮影:西田宗千佳
その上で戦略としては、「中期経営計画でつくったことを守りながら、今の事業をそれぞれ強くしていきたい」(十時氏)と方向性を説明する。
吉田ソニーは「パーパス(目的)を定義し、感動バリューチェーンを構築する」という目標を掲げてやってきた。「これを具体的なものとしたい。『感動』をつくって届けるのが我々の仕事だが、これを太く・厚いものにしていく」と十時氏はいう。
その過程で、事業ポートフォリオの組み換えやそれぞれの強化・見直しが行われる可能性が高い。その詳細についてはまだ語られておらず、今後の経営方針説明会などで説明されていくのだろう。
では、その上で吉田氏は「会長兼CEO」となり、何をするのか?
吉田氏は「やることはたくさんある」と笑いつつ、一言答えた。
「まずは”責任をとる”ことですね」(吉田氏)
すなわち、十時氏がグループ全体を俯瞰し、資本戦略を含めたポートフォリオを立案し、その戦略判断と進行について吉田氏が責任を負う —— という組み合わせで、ソニーGは2023年度を歩むことになるのだろう。
決算は好調、それを支えた「エンタメ投資戦略」
今回の会見では、何度も「事業ポートフォリオの重要性」が語られた。
ソニーGは、過去のようにエレクトロニクスだけの会社ではない。ゲーム、音楽、映画、半導体、金融、そしてエレクトロニクス製品という、多様なポートフォリオを組み合わせた企業である。
今回の決算も、映画事業のマイナスから、前年同期比で利益が下がっているが、それぞれの事業領域が伸びているからこそ、好調をなんとか維持できている。
連結業績。売上高は前年比で3800億円増えたが、前年同期比だと営業益、純利益ともに減少した。
出典:ソニー
事業セグメントごとに見ると、映画のマイナスが大きい。だがこれは2022年の同期に、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」の記録的大ヒットがあった反動だ。
出典:ソニーグループ
ハードウェアの供給量に問題があった「PlayStation 5」も、ようやく正常化してきた。今四半期では710万台を出荷、2022年度の目標出荷台数を1800万台から1900万台に上方修正している。
PS5は供給難を脱し、今四半期で710万台を出荷した。
撮影:西田宗千佳
その結果として在庫金額も大きくなっており、今後さらに在庫を増やす可能性もあるが、「過去の実績から判断して、問題ない水準。PS4の同時期と違い、本体の値下げをしていないため、金額では大きく見える部分もある」(十時氏)という。
ソニーG全体での在庫水準。ゲーム向けでかなり積み増しているが、これはPS5の旺盛な需要に応えるための施作。
撮影:西田宗千佳
一方で、エレクトロニクス(エンタテインメント・テクノロジー&サービス)については、「前四半期に在庫水準が高く、削減に取り組んだが、もう一段絞り込みたい」とする。景気減速に伴うリスク判断からだ。
イメージセンサーについては「中国でのローエンド・ミドルクラスが軟調。ただしハイエンドの需要は強いし、今後もイメージセンサー事業を牽引するのはスマートフォン向け」(十時氏)という。
一方、ストリーミング・ミュージックの売り上げが好調で、音楽事業の売り上げを押し上げている。
ストリーミング・ミュージックの大幅な成長が、ソニーGの音楽事業を支えている。
撮影:西田宗千佳
吉田氏は十時氏の実績について、特に「エンターテインメント事業への投資戦略の実行」を挙げる。
ソニーは2018年5月に、EMI Music Publishingを完全子会社化している。EMI Musicはクイーンやレコードレーベルのモータウン、カニエ・ウエストなど、非常に多くの楽曲著作権を管理している。
ストリーミング・ミュージックでの収益拡大は、EMI Music買収による音楽出版事業拡大が下支えし、新規楽曲開拓での利益拡大が進んでいる。
実は、このEMI Music買収を指揮したのが十時氏なのだ。
ソニーGの新経営戦略の具体案はまだ見えないが、決算から「強い部分」を見ると、十時氏がいう「事業ポートフォリオと投資戦略の重視」との関連がおぼろげながら見えてくる。