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女性の働き方別の出生率から浮上した「日本の現在地」。エビデンスが示す「在宅育児」支援が必要なワケ

monzenmachi/Getty Images

2022年の出生数80万人割れが見込まれる中、年明けから、少子化対策・子育て支援をめぐる政治の動きが続いている。

小池都知事が18歳以下の全ての子どもに対し月5000円の東京都独自の手当の支給や、第2子の3歳未満の保育料の無償化などの方針を打ち出すと、岸田首相も「次元の異なる少子化対策」の実現に向けて、新たな対策会議を設置。児童手当の所得制限撤廃する方向で調整に入ったと報じられている。

少子化対策として子育て支援を継続的に実施するためには、財源の裏付けが必要だが、国民負担への理解はあまり広まっていない。共同通信が1月28、29日に実施した全国電話世論調査によると、少子化対策のため、消費税増税など国民の負担を増やすことについて反対が63.6%、賛成は32.6%だった。

少子化を止めたり、そのスピードを遅らせることができれば、高齢化率の上昇幅や労働供給の減少幅が抑えられ、将来の経済成長率の維持・向上、社会保障負担の軽減が期待され、そのメリットは子どもを持つ世帯だけでなく国民全体に広く波及する。にもかかわらず、国民負担への理解が広まっていないのは、これまで行われてきた少子化対策の効果が見えず、実効性が疑問視されていることも一つの要因ではないか。

正社員女性と被扶養女性とで「出生率の変化」に大差

まず、政府統計から日本全体の合計特殊出生率(以下、単に「出生率」)の推移を振り返ってみよう。

1989年に当時として過去最低の1.57まで下がった「1.57ショック」を契機に、政府は出生率の低下を問題として認識し、1994年の「エンゼルプラン」策定を端緒に少子化対策を行うようになった。しかし、その後も出生率は2005年に1.26に至るまで低下を続けた。2015年にかけて1.45まで回復したものの、その後は再び低下傾向に転じ、直近の2021年では1.30となっている。数々の少子化対策が実施されたにもかかわらず、出生率は本格的な回復に至っていない(図表1)。

日本全体の出生数と出生率の推移

【図表1】日本全体の出生数と出生率の推移

日本全体の出生率の推移を見ると少子化対策に効果がなかったように見える。しかし、大和総研にて、医療保険の属性別の出生率を推計すると、正社員女性と被扶養女性とで出生率の変化に大きな差があることが分かった。

図表2が、医療保険属性別の出生率の推移だ。「被保険者」とは自ら働き健康保険に加入する女性のことであり、主に大企業の正社員は健保組合(組合)、中小企業の正社員が協会けんぽ(協会)、公務員は共済組合(共済)に加入する。これに対し、専業主婦や非正規雇用で働く女性の多くは「被扶養者」となる。

【図表2】医療保険属性別の出生率の推移。

【図表2】医療保険属性別の出生率の推移。

図表2を見ると、民間(組合・協会)の被保険者の出生率は2001年度~2010年度にかけて0.7前後と推計される。正社員として働く女性は出産がしづらく、女性に仕事を取るか子どもを取るかの選択を迫るような状況であったことを端的に表している。

しかし、2010年度頃からは上昇を続け、足元では1.0を上回ってきた。

この要因としては、第2次安倍政権下で女性活躍を意識した施策が進められてきたことは大きいだろう。2012年度から2021年度にかけて、消費税率引き上げによって得られた財源も利用しつつ、保育所は78万人分増設された。出生数が減ったこともあるが、6歳未満児に対する保育所定員の割合はこの間、35%から56%まで上昇した。

出産した女性に占める育児休業取得者の割合は、23%(2012年度)から46%(2020年度)へ2倍となった※。「待機児童ゼロ」は実現できていないが、男女問わず子どもを持っても育児休業や保育所を利用しつつ働き続けることができるようになってきた。

この10年間、仕事と育児の両立支援を進めることで、女性正社員の出生率は上昇してきたのだ。

※編集部注:厚生労働省の雇用均等基本調査では、出産前に退職した人などがカウントされていないため数字が異なる。

働き方改革で正社員女性の出生率1.8は達成し得る

もっとも、同じ「被保険者」の中でも出生率には官民の差がある。図表3は被保険者の出生率について比較したもので、共済組合については3制度(国共済、地方共済、私学共済)別に示した。

【図表3】医療保険属性別の出生率。

【図表3】医療保険属性別の出生率。

被保険者のうち出生率の推計値が最も高いのは地方公務員共済(地方共済)だ。

2015年度から2019年度にかけて、政府目標の「希望出生率」に相当する1.8前後に達している。2020年度は前年度から0.09低下して1.69となったが、これは地方自治体における会計年度任用職員(いわゆる非正規公務員)が地方共済に加入した一時的な影響と考えられる。

正規と非正規の出生率の差は、両者の処遇格差によってもたらされたとみられるが、これを是正すれば、現在の非正規公務員も含め、1.8前後の出生率を目指すことは可能だろう。

国家公務員共済(国共済)の出生率は地方共済よりもやや低く、2020年度で1.52だ。国家公務員も地方公務員も、ともに雇用の安定性は高いが、国家公務員は全国転勤の可能性があることや、残業時間がより長いことなどの要因により、地方公務員より出生率が低くなっていると考えられる。

私学共済は私立の幼稚園や小中高校、大学の教職員などが加入するもので、出生率の推計値は民間(組合・共済)と同程度で推移している。私立学校の教職員は、民間会社員と同様に仕事と子育ての両立に課題を抱えているといえそうだ。

民間企業においても、独自に出生率を算出して仕事と子育ての両立につき課題解決を図っている企業がある。

例えば、伊藤忠商事の女性社員の出生率は、2005年度は民間被保険者(組合0.65、協会0.74)に近い0.60という水準だった。しかし、同社は、社内託児所の設置や、朝型勤務(勤務時間の前倒し)や在宅勤務制度の導入などの働き方改革を進めた結果、2020年度の出生率は1.87、2021年度は1.97と、地方共済の推計値を上回るまでに上昇している。

被保険者別の出生率の推計の水準の推移や、民間企業の改善事例などから考えれば、働き方改革を進めることで、地方公務員並みの1.8程度の出生率は実現し得るだろう。

「非正規・専業主婦」の出生率低下が、日本全体に影響している

前掲図表2に戻り、被扶養者(前出のとおり、非正規雇用や専業主婦が多い)の出生率の推移をたどると、2005~2015年度頃にかけては、民間(組合・協会)の被扶養者の推計出生率は2.2~2.3程度で維持されていたが、2010年度頃から被保険者の出生率の推計値が上昇したのとは対照的に、2015年度頃からは低下に転じている。

これは、日本全体の出生率の動きとちょうど重なる。

  • 2005年から2015年にかけて

被扶養者の出生率が維持される中で被保険者の出生率が上昇→日本全体の出生率が上昇

  • 2015年以後

被保険者の出生率の上昇は続いているものの被扶養者の出生率が低下→日本全体の出生率が低下

という構造なのだ。日本全体の出生率を上昇させるためには、被保険者(正規雇用)だけでなく被扶養者(非正規・専業主婦)の出生率も上昇させるか、少なくとも現状を維持する必要がある。

3歳未満の在宅育児への支援拡充が急務だ

国立社会保障・人口問題研究所が実施したアンケートをもとに編集部が作成。

国立社会保障・人口問題研究所が実施したアンケート調査によると、結婚し子どもを持つことを望む未婚女性が理想とするライフコースは、直近の2021年では仕事も続ける「両立コース」が46%、結婚あるいは出産の機会に(少なくとも一旦は)退職する「再就職コース」(35%)と「専業主婦コース」(19%)が計54%と、ほぼ半々だ。

しかし、近年の子育て支援は保育所の増設や育休制度の整備など「両立コース」向けの支援に偏り、「再就職コース」や「専業主婦コース」への支援が手薄になっていた。

図表4は、女性のライフコース別に、子どもが3歳の4月になるまでに受けられる子育て支援の現物・現金給付額を比較したものだ。

「両立コース」で、社会保険に加入し産休・育休を経て認可保育所等に入れて職場復帰できた場合は1人あたり601~929万円の支援があるのに対し、「再就職コース」や「専業主婦コース」で出産前までに退職し3歳までに再就職をしていない場合は児童手当のみの69万円と支援額に大きな差がある。

【図表4】子どもが3歳になるまでの家族関連給付額。

【図表4】子どもが3歳になるまでの家族関連給付額。

少子化対策として、子育てに対する経済的支援の拡充が議論されている。

が、まず優先されるべきは、近年の出生率低下の主因となっており、かつ、これまで支援が手薄だった「再就職コース」や「専業主婦コース」の世帯の在宅育児への支援ではないだろうか。

エビデンスに基づき少子化対策としての政策の精査を

岸田首相は、今年3月末に少子化対策の政策のたたき台を示す方針だ。6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)までに将来的な予算倍増に向けた大枠を提示するという。その際には、エビデンスに基づきこれまでの少子化対策の効果を検証し、どのような政策を行えば出生率の改善につながるのか、全体像を示す必要があるだろう。

若い世代が自らの希望通りに子どもを持てる社会となり、出生率が上昇すれば、そのメリットは国民全体に広く波及する。そのための財政負担の理解を得られるかは、納得感のあるシナリオを国民に提示できるか否かにかかっている。

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