ソフトバンクグループの副社長だったクラウレ氏が先月、SHEINに出資するとともに中南米のトップに就いた。
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「日本でスーッと報道が途絶えた」中国発アパレルEC「SHEIN(シーイン)」について、今回はグローバルで進んでいる動きや、日本に縁のある大物経営者がジョインしていることについて考察する。
中国発の情報は世間が思っているより少ない
前回説明したように、日本メディアはSHEINが中国企業であることを強調し、謎めいたイメージを印象付けた。確かにSHEINは分からない部分が多いが、その実際の理由は中国由来というより、「取材に対応してこなかった」「未上場企業」であることが大きい。
日本でも「謎」「秘密主義」の枕詞を持つ企業はある。産業用ロボットメーカーのファナックは高収益と従業員の年収の高さで注目されながら、最近まで最低限の情報開示しかせず、取材も拒否してきたため、海外メディアからも「謎の企業」「秘密の帝国」などと取り上げられてきた。
中国企業でいうと通信機器大手のファーウェイが「謎の企業」の代表格だろう。2005年ごろに米メディアでも注目されるようになったが、人民解放軍出身の創業者が表に出ることを極端に嫌い、非上場企業であったため情報も開示されず、長い間「謎の企業」扱いされてきた。
つまり、世界レベルで話題になる突出した成長・収益と情報開示への後ろ向きな態度が合わさると、取材できないメディアは、いっそう「謎」「秘密」に引き付けられ、強調する傾向がある。
社員の高年収と高収益で知られるファナックも、「秘密主義の企業」と呼ばれてきた。
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加えてSHEINの場合は、「ビジネス拠点の分散」という特有の事情がある。創業の地は中国・南京で、サプライチェーンは広州に集中している。商品の販売先は米国で、2021年以降グローバル展開を本格化した。そして同年末に本社をシンガポールに移転している。
昨秋SHEINが日本で話題になった際、中国ビジネスを専門とする筆者は多くの取材を受けたが、正直なところ中国発、中国語のニュースソースは多くない。SHEINの企業サイトは英語版しかないし、環境保護への取り組みなどは数度にわたって企業サイトで見解を発表している。米国で上場を目指していると伝えられている通り、資金調達や評価額に関するニュースはほぼ米国のベンチャーキャピタルをニュースソースとして英米いずれかのメディアが報じている。
環境問題や労働問題については、欧州のメディアが口火を切ることが多い。世界各地に活発に進出しているため、「ショールーム開設」「加盟店の募集」というようなローカルの動きは進出先のメディアが報じる。
メディアは「中国」に引っ張られているが、中国語が分からなくても中国のことを大して知らなくても、分析できるのが今のSHEINだ(ということで、本連載で取り上げるかどうか微妙な企業でもあるのだが、中国のイメージが強すぎて、英語での情報収集をしているメディア関係者も少ないようだ)。
政府系VC出身者が広報トップに
SHEINの秘密主義は変わりつつある。ファーウェイもそうだったが、情報発信に後ろ向きな急成長企業は、他国で存在感を発揮し始めたとき、負の部分を徹底的に批判される。その時に従来のPR戦略のままではブランドを毀損すると認識し、リスクマネジメント文脈の広報を一気に強化する。
事実、SHEINでは2022年2月、「シンガポールGM兼政府・広報グローバル責任者」という役職が新設され、政府系VC「テマセク」での経験が長いレオナルド・リン氏が就任した。以降同社はシンガポールで、複数のパブリックセクター経験者を広報部門に集めている。
同年4月には、コーポレートニュースを発信するTwitterのアカウントも開設された(これだけ注目されている企業なのに、フォロワー数は3000人台にとどまっているが)。
そして同年11月、英国の著名ファッションメディアにリン氏の「独占インタビュー記事」が掲載された。リン氏はSHEINの従来の情報発信について、以下のように説明している。
「この10年間、私たちは目立たないようにしてきました。これは文化的なものでもあります。アジアには目立たないようにする企業がたくさんあります。業績が良ければ、積極的に表に出る必要はないのかもしれません」
「私たちはこれまで販売について多く語らず、その結果、多くの誤解を招いてきました。広報の世界では、『自分たちのことを語らなければ、他の人が語る』とよく言われます。だからこそ、私たちは今、私たちのストーリーやビジネスモデルを人々に伝え、より理解してもらうために、表に出てきているのです」
「大きくなるにつれ、世界中のステークホルダーと関わり、交流することが重要であることに気づきました」
Tinderの日本事業PR責任者も参画
SHEINの創業者でCEOの許仰天(クリス・シュー)氏はこれまでもメディアの取材を受けないどころか、社内でメールを送ったとか、同業者と交流したといった情報も出てこないし、SNSでの発信も伝わってこない。露出を嫌う経営者は珍しくないが、シュー氏はその程度が尋常でなく、今後もちょっとやそっとのことでは姿を現さない気がする。だが、リン氏の発言からも「表に出られるプロ」を登用し、「企業の見え方」を変えようとしているのは分かる。
SHEINの日本での広報は現在、基本的にPR代理店が受託しているが(SHEINの広報もいるがマーケティング色が強いように感じる)、リスクマネジメント含みのコーポレート広報や社内弁護士を募集していることもその一環だろう。
SHEINの広報部門には、日本ビジネスに関わってきたビジネスパーソンが最近ジョインしたことも個人的には興味深く見ている。
2022年8月に同社のPRディレクターに就任し、「SHEINの企業イメージの向上と、アパレル業界における地位の強化」を担うシャーリーン・リー氏は、入社前の1年間はTinderを運営するオンラインデート企業「マッチグループ(Match Group)」の政府・PR担当者として、アジア太平洋地域を担当していた。
当時の記事によると、マッチグループはアジア、特に日本事業に力を入れるために新しい役職を創設しインドのIT企業「タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)」から転職したリー氏を任命した。ちなみにリー氏はTCSでは日本とインドを除くアジア太平洋地域のPRを担っていた。
SHEINはシンガポール、フィリピン、タイ、マレーシアに進出し、日本には常設ショールームを設置した(同社のプレスリリースは当初、原宿のショールーム開設を「世界初の常設店舗」と記載したが、間もなく「世界初」を削除した。他国に常設ショールームがある可能性はあるものの、海外での報道を見ても日本以外の常設施設は出てこないことから、やはり世界初である可能性が高い)。
リー氏はアジア地域でPRのキャリアを積み上げており、日本を含めたアジア地域での広報対応を主導する可能性が高そうだ。
ソフトバンクG副社長が中南米トップに
世界的なプロ経営者であるクラウレ氏の参画はSHEINのグローバル化の鍵にもなりそうだ。
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日本絡みではさらに面白いトピックがある。1月31日、SHEINは昨年までソフトバンクグループの副社長を務めていたマルセロ・クラウレ氏を中南米地域の会長に任命したと発表した。発表によるとクラウレ氏は南米地域の経営チームを構築し率いるとともに、自らも同社に1億ドル(約130億円、1ドル=130円換算)の出資を行う。
発表文にはクリス・シュー氏のコメントも記載されており、広報の姿勢の変化をうかがわせる。
ボリビア出身のクラウレ氏は起業した携帯電話卸売会社ブライトスターを1兆円企業に育ててソフトバンクグループに売却。翌2014年8月に米携帯電話3位のスプリントのCEOに就任し、2018年にソフトバンクグループの副社長に転じた。2019年には中南米最大のVCファンドとして80億ドル(約1兆400億円)規模のソフトバンク・ラテンアメリカ・ファンドを立ち上げた。
SHEINは人口が多く消費規模が大きな国に注力しており、その代表的な市場の一つがブラジルだ。実験的な取り組みの多くがブラジルで行われている。
例えばSHEINは、加盟企業がSHEINのサイト上に出店するマーケットプレイスモデルへの転換を検討していると伝えられるが、まずブラジルで2022年3月に同モデルを試験導入した。中南米での課題は配送まで時間がかかりすぎることとされ、地元の業者を入れることでこの問題を解決しようとしているのかもしれない。
日本ユーザーは気づきにくい部分だが、SHEINの商品は中国から発送されるため欧米だと約2週間(通常発送の場合)、中南米はそれ以上の日数がかかる。
リン氏は英メディアのインタビューで「配達日数を短縮するために、消費マーケットの近くで商品を生産する試験的プロジェクトを進めている」と語ったが、クラウレ氏はブラジルとメキシコのサプライチェーン構築も指揮するようだ。日本ではチームのトップが一切前に出ていないが、ブラジルのように著名なプロ経営者が今後SHEINの日本戦略のかじ取りをする可能性も考えられる。
評価額は3割以上減少か
SHEINは現在、15億~30億ドル(約2000億~3900億円)の調達に動いていると報道されているが、英フィナンシャル・タイムズによると同社の評価額は2022年4月の1000億ドル(約13兆円)から約36%低い640億ドル(約8兆4000億円)となっている。
世界のIT企業、スタートアップを取り巻く環境は厳しさを増しており、SHEINの評価額減少もその影響を受けているかもしれない。同時に、EC展開に力を入れるTikTok、中国EC大手「拼多多」がSHEINのビジネスモデルを模倣して北米市場でローンチした「Tem」など、競争相手が増えていることもSHEINの成長に影を落としている。
プロ経営者の招聘、広報チームの強化は、従来の体制のままではグローバル展開を進められないとの現経営陣の判断だろう。重要市場である日本でも、商品やショールームの宣伝にとどまらない、リスクマネジメントの延長上にある情報発信が行われる日は近いのではないか。「友好的なメディアに対して」との条件はつきそうだが。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。