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性被害告発する女優の自死、二度と起こさないために…訴訟や医療費も補助する韓国映画界から学ぶこと

榊英雄氏、園子温氏ら有名映画監督からの性被害を告発する女優が相次ぎ、映画界の環境改善に向けて多くの議論がなされた2022年。しかし2023年が明けると、監督らが復帰する一方で、告発した女優が自死していたなど衝撃的な報道がなされ、問題の根深さが明るみになった。

性暴力問題に日本より早く取り組んできたのが、韓国映画界だ。中心組織の代表に話を聞くと、日本も見習うべき点が数多く浮かんできた。

「映画ジェンダー平等センター」とは何か

韓国、映画、#MeToo、セクハラ、性暴力

ドゥンドゥンの開設記念イベント。同センターは2018年から韓国映画界の性暴力と闘ってきた。

提供:韓国映画ジェンダー平等センター・ドゥンドゥン

取材したのは、2018年に韓国で設立された映画性平等センター「ドゥンドゥン」代表で、自身も映画監督であるシン・ジェミョンさんだ。

同センターでは、映画界の性暴力に関する(1)予防教育(2)実態調査、そして被害者支援として(3)弁護士費用など法的支援(4)病院(精神科含む)の医療費補助という4つの活動をしている。

「韓国映画界で#MeTooが起きたとき、周囲が沈黙することはありません。監督、脚本家、俳優などさまざまな組合があって相談できますし、中でも大きい韓国映画監督組合(DGK)の中には性暴力防止委員会という専門組織もあり、告発があった時の対処法などガイドラインも定められています。

また今では、性暴力の告発があった監督や俳優の作品は、疑惑が全て解消し、被害者の救済がなされるまでは公開しないことが多いです。以前から、かなり進歩しました」(シン・ジェミョンさん)

続々と“復帰”報じられる日本の監督たち

映画

GettyImages / Mania Karimianpour / EyeEm

日本はどうだろう。2022年、榊英雄監督に対する女優たちの#MeTooが相次ぎ、榊氏が監督した映画2作品(蜜月、ハザードランプ)が公開中止になった。これらの性被害の温床になったのが、監督が俳優を演技指導する「ワークショップ」だ。

だが2023年1月、榊氏はワークショップを再開し、再びメガホンをとる意向だと報じられている(週刊女性)

榊氏は謝罪したものの、事実関係については曖昧なコメントしかしていない。被害を告発した女優によると、「個別に謝罪があったわけでもない」という。被害者救済には遠い状況だ。

一方の園子温監督は、報道に事実と異なる点があるとして、性被害を報じた出版社を提訴。損害賠償や謝罪広告などを求めて現在も争っている。

そんな園氏も復帰が報じられた(FLASH)。2022年12月公開の映画に脚本としてペンネームで参加していたのだ。これについても、園氏は反論。ペンネームを用いたのは、脚本が共作であること、また自身の「色」がつくのを避けるためだったとして、「ステルス復帰」だと報じるのは不正確だと主張した。

加えて、当該作品は文化庁からの助成を受けており、2022年度中に上映しなければならないというルールがあったとも述べている。

映画つくりたければ性暴力の予防教育を

韓国、映画、ドゥンドゥン

ドゥンドゥンのシン・ジェミョンさん。

出典:オンライン取材時に撮影

冒頭のシンさんのコメントにあったような韓国映画界の変化を可能にしたのは、法律の後押しも大きい。

2021年、映画製作に携わる全員が、性暴力の予防研修を受けなければならないと法律に定められたのだ。

以前も法律で映画関係者に対して性暴力予防教育を受けることを推奨していたが、改正され、義務になった。法改正を率いたのは、チン・ソンミ国会議員。盗撮動画などが大量にアップされていた韓国最大規模のアダルトサイト「ソラネット」の閉鎖に尽力した女性だ。

ドゥンドゥンも予防研修を担う講師を養成して派遣しているが、講師には毎年、再教育を受けさせ、知識をアップデートさせているのもポイントだ。

被害者を襲う二次加害、どう防ぐ?

スマホ

GettyImages / yamasan

ドゥンドゥンの活動で、ぜひ日本にも取り入れたいと感じたのが、被害者への法的・医療的支援だ。

園子温監督や有名映画プロデューサーから性被害を受けたと告発していた元女優の千葉美裸さんが、2022年12月に自死していたと週刊文春が報じ、社会に大きな衝撃が走った。

千葉さんは告発後、二次加害に悩まされていることをSNSなどで打ち明けている。

自死の理由は分からないものの、何らかの支援体制があれば……と思わずにいられない。

ネットの中傷や二次加害に苦しんでいたのは、千葉さんだけではない。監督からの性被害を告発した女優の1人は「告発について調査する仕組みがあればよかった。それが無理ならせめて二次加害に対処するような何か、たとえばカウンセリング支援などが必要だと思う。被害者が声を上げなければ何も変わらない現状は酷だ」と語る。

相談窓口設け、医療費や訴訟費を支援

裁判所

GettyImages / y-studio

ドゥンドゥンは相談窓口を設けており、被害の訴えがあれば関係者に聞き取りをし、仲裁や勧告を行っている。加えて、顧問弁護士や提携する病院も支援にあたる。弁護士は「謝罪が欲しい」「提訴したい」など当事者の要望に沿って法的な助言をし、訴訟にかかる費用もドゥンドゥンが補助する。

また性被害で受けた心身の傷を回復するサポートとして、産婦人科や精神科にかかる医療費も補助する。

これらの費用は一体どこから捻出しているのか? ドゥンドゥンの運営主体は女性の映画関係者らが設立した社団法人で、韓国のコンテンツ全般の振興を目的とした公的機関・韓国コンテンツ振興院がそれを支援するかたちでできた。韓国コンテンツ振興院から毎年、日本円にして4500万円ほどの予算が出ており、それが活動資金になっているという。

つまり元を辿れば政府の予算。国をあげて映画界の性暴力撲滅に取り組んでいることが分かる。

日本でも性暴力被害者の医療費の公的負担があり、弁護士費用については預貯金300万円未満の場合は日弁連の委託援助制度を利用できるが、こうした業界特化の取り組みは被害者にとって大きな支えになるだろう。

保守化によるバックラッシュには政策提言で対抗

韓国、大統領

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領。5年ぶりの保守政権だ。

REUTERS

このほかにも、映画やフェミニズムの研究者たちと連携して、映画製作現場で起きた性被害の実態を調査し、改善策を提言するのもドゥンドゥンの役割だ。

これまでの調査では監督や脚本家、プロデューサーなど映画の決定権を持つ男性が、新人の俳優、スタッフの女性らに対して性暴力を振るうことが多かったという。

ドゥンドゥンの活動を担うのは、監督や脚本家、スタッフなど女性の映画関係者たちだ。

「女性の映画人たちが映画を作りながら、性暴力根絶のために努力してきたんです」(シン・ジェミョンさん)

もちろん韓国映画界に課題がないわけでない。監督は男性が多く、その比率は予算規模の大きい商業映画になるほど顕著になる。大学で映画学を専攻する学生は女子が多いが、研究者や教授になると男性が多くなるという逆転現象もあるという。

政治にも不安が募る。2022年5月には「女性家族省」の廃止を公約に掲げたユン・ソンニョル大統領が就任し、5年ぶりとなる保守政権が発足した。

「韓国社会全体が保守化し、フェミニズムに対するバックラッシュやミソジニーな反応もあります。

でも私たちは諦めません。努力を惜しみません。どうすれば映画界でジェンダー平等な労働環境をつくることができるか? 民間だけでなく公的機関とも協力しながらその方法を探求し、提言し続けます」(シン・ジェミョンさん)

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