貴金属のリサイクル100%を目指して。都市鉱山を田中貴金属はどう活かすか

明治18年、東京府日本橋区北島町、現在の東京都中央区日本橋茅場町で、貴金属を取り扱う両替商が店を開いた。店の名は江島屋田中商店。現在の田中貴金属グループ(以下、田中貴金属)である。

田中貴金属はその名が示すように、貴金属の取り扱いについて日本を代表する企業。産業用、資産用、宝飾用の貴金属事業を展開している。一般的に周知されているのは、資産である純金積立や金・白金(プラチナ)の資産用貴金属商品の取り扱い、宝飾品として金やプラチナジュエリーを販売する店舗、「ギンザタナカ」の展開だろう。金と銀においては、金市場で世界的に最も権威あるとされる「ロンドン地金市場協会」から世界で5社しかない公認審査会社に任命、また、白金、パラジウムにおいても、「ロンドン・プラチナ・パラジウム・マーケット」から公認審査会社に任命されている。

しかし、これらは田中貴金属の一側面に過ぎない。実は、田中貴金属の活動基盤の7割は、あらゆる家電・情報機器・自動車などの製品に使用される産業用貴金属製品が担っている

田中貴金属が産業分野に踏み入れたのは、リサイクルがきっかけでした」と教えてくれたのは、田中貴金属の中核企業である田中貴金属工業で、営業管理統括部 開発営業部の部長を務める原範明氏だ。

原氏の写真

原範明(はら・のりあき)氏/田中貴金属工業 営業管理統括部 開発営業部 部長 工学博士。

「明治40年、東京電燈(現代の東京電力ホールディングスのルーツ)から使用済み廃電球の処理を依頼されました。当時の電球はフィラメントに白金(プラチナ)を使っており、このフィラメントが切れたら廃棄していたのですが、田中商店が溶解・精錬して白金細線へと再加工することに成功したのです」(原氏)

1960年代には、日本の経済成長に伴い需要が急増した家電や電子機器製造における金属スクラップの回収・リサイクル事業を本格的に開始。今でこそ、使用済み家電や携帯電話、産業用の金属スクラップなどが含まれる貴金属は「都市鉱山」として注目されているが、田中貴金属では50年以上前から取り組んでいたことになる。

貴金属の持続可能性と環境問題の解決につながる「都市鉱山」

田中貴金属が早くから再加工、リサイクルに積極的だったのは、貴金属の希少性にある。「一般的には、採掘量が少ないプラチナ(Pt)、金(Au)、銀(Ag)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)。これら8つの元素を貴金属と呼びます」と語る原氏。その希少性は一説に、有史以来採掘された金の総量が50mプールに換算すると約4杯分に過ぎないとも言われている。

「希少な金属ということは、それだけ高価だということです。例えば、金は今、1gあたり8000円以上、白金は5000円程度(※1)。これだけ高価な素材を使い捨てているとビジネスは成り立ちません。必然的に、貴金属にはリサイクルが求められる土壌があったのです」(原氏)

※1. 2023年2月2日田中貴金属公表価格 金(Au)小売価格 8,921 円/g、プラチナ(Pt)小売価格 4,693円 /g

そこに、昨今のサステナビリティ機運の高まりである。経済合理性を求めていた文脈に加えて、限られた天然資源である貴金属をリサイクルすることで持続可能性を高めるという意義が加わった。原氏の言葉を借りれば「時代が追いついてきた」のだ。

「貴金属は天然の資源。掘り続ければいずれは枯渇します。しかし、産業分野では電気自動車や半導体の需要によって、今後はさらに貴金属の重要性は増していくはず。そこで、少しでも鉱山から掘り出す量を減らし、持続可能性を高めるためにも、使用済み家電や携帯電話、産業用の金属スクラップなどからのリサイクル、いわゆる都市鉱山の活用が必要になります」(原氏)

国立研究開発法人物質・材料研究機構のデータによると、都市鉱山に埋蔵されている国内の金は6800トン。これは、全世界の金の埋蔵量、16%に値する。実際、2020年東京五輪・パラ五輪の金メダルの金は全てスマートフォンなどの都市鉱山からリサイクルした貴金属で作られている

都市鉱山には、環境面におけるメリットもある。鉱山の採掘には重機や設備が必要で、大きなエネルギーが必要だ。鉱脈にもよるが一般的に金鉱石1トンから取れる金は約5g。だが、携帯電話1トン(約1万台)から回収できる金は約280グラムにもおよぶ(※2)。明らかに、都市鉱山から金をリサイクルする方が使用するエネルギーも少なく、CO2の排出量も抑えることができる。環境面からみても、貴金属のリサイクルは必要不可欠というわけだ。

※2. 出典 環境省HP

顧客からの信頼の土台にある高い分析技術とリサイクル技術

貴金属のリサイクルで貢献する循環型社会の形成や環境負荷低減。その一助となる田中貴金属の新たな取り組みが『RE(アールイー)シリーズ』である。最大の特徴は、100%リサイクル貴金属材のみを用いた製品を提供することで、すでに『めっき液用化合物』と『Auボンディングワイヤ』が製品として展開されている。

アールイーシリーズ製品の写真

左から『REシリーズ』の『めっき液用化合物』(※当製品は厳重に管理されており、撮影時には空容器を使用)と『Auボンディングワイヤ』。

田中貴金属は創業以来供給先企業とリサイクルフローを構築してきた。従来はリサイクル材から精製された貴金属とインゴットやコインなどの新材を原材料として製品化し、企業に供給していた。企業ではそれらを活用し製品となったものを市場へと供給する。REシリーズは基本のリサイクルフローを使いながら出自管理を厳密化し100%リサイクル材のみを精製した再生貴金属材である。

「変わったのは社会でしょう。企業において、循環型社会の形成やカーボンニュートラル、SDGs・ESG などへの対応は喫緊の課題。実際、電子デバイスなどでも100%リサイクル素材を謳った製品が増えてきています。しかし、それを宣言するには、各部品に使われている貴金属もリサイクルされている必要がある。お客さまが求めるなら、それに応えなくてはいけません。そういった思いから生まれたのがREシリーズ。顧客ニーズや産業用事業に携わる企業の責任として、サステナブルな材料や製品への対応は我々の使命です」(原氏)

このREシリーズを支えるのが、長年培ってきたリサイクル事業の知見、なかでも、高い分析技術とリサイクル技術だ。

分析技術とは、回収した都市鉱山にどれだけの貴金属が含まれているかを正確に評価するために必要なもの。分析に関しては、国際規格であるISO/IEC17025の認定も取得している。

「貴金属を取扱う企業として、分析値はお客様や社会と信頼を築くための土台。産業スクラップにどれくらいの量と品質の貴金属が入っているかを正確に評価する分析能力は是が非でも必要。我々は、その高い分析能力があるからこそお客様に信頼してもらえています」(原氏)

その分析力に劣らないのが、高いリサイクル技術だ。原氏は「新しい状況に対応し、常に進化し続けています」と胸を張る。その一例が、自動車のキャタライザー(触媒)に見てとれる。

「触媒とは自動車のマフラーの一部で、エンジンの排気ガスに含まれるNOx(窒素化合物)などの有害物質を除去する装置です。昔のマフラーは有害物質の除去が十分ではなく、大気汚染の一因となり酸性雨などを引き起こしていました。しかし、1990年代から環境意識が高まり、排ガス規制が加速。そこで触媒が採用されることになったのです。

この触媒に欠かせないのが白金、パラジウム、ロジウムという3種の貴金属で、瞬く間に、それぞれが年間100トンレベルの新規需要が発生。もちろん、これらを新規採掘だけで賄うのは限界があります。そこで、触媒から貴金属を回収しリサイクルする最新工法ROSEプロセスを開発しました。このように、これまでリサイクルできなかったものから貴金属を回収してリサイクルする技術開発は、常に続けています」(原氏)

原氏の写真

「最先端技術を搭載した製品の開発・製造は、部品に使われている貴金属なくしては成し得ません。しかし、貴金属は限りある資源であり、無尽蔵に鉱山を掘り続ける訳にはいかない。一方で、新しく採掘しなければ、絶対量が足りずに立ちゆかなくなるのも事実です。限りある資源を少しでも長持ちさせ、有効に使えるかは、貴金属のリサイクルにかかっています。都市鉱山からの回収、リサイクル率はまだまだ高めることができる。これから先の未来を見据えて、今後も田中貴金属は技術開発を進め、貴金属のリサイクルに挑戦していきます」(原氏)


田中貴金属グループの「REシリーズ」についてはこちら

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