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期末が近づいてきて、そろそろ評価面談のシーズンがやってくるという組織も多いのではないでしょうか。
しかし組織のリーダーの中には、「メンバーを査定し、その結果をメンバーに伝えるフィードバック面談ほど憂鬱な時間はない」という方も少なくないようです。
メンバーの側も、不透明な評価基準や公平性の欠如、また上司からの査定のフィードバックの巧拙によりやる気を削がれることも少なくありません。そのような上司向けの処方箋については、この連載でも以前お伝えした通りです。
最近では、あえて査定をしない人事制度に変更したり、リアルタイムで評価する方法に切り替えることで、半年、1年の人事評価を容易にしようという動きもあります。しかし、これは人事制度の変更を伴うためハードルが高いうえ、何かを変更すると新たな問題が生まれるリスクもあります。
そこで今回は、人事制度などを変更しなくても、組織全体で主要ミッションの振り返りを行うことで、憂鬱だった時間を「楽ちん」に乗り越えられる方法を紹介しましょう。
原理原則を押さえないと必ず失敗する
これからご紹介する方法は、私がリクルート時代に実践していた方法です。半日かけて組織全体で行う主要ミッションの振り返りを、私は「ロングミーティング(LM)」と呼んでいました。
LMのもともとの実施目的は、査定のフィードバックのためではありませんでした。このためだけに半日も時間を費やすのは無駄です。
当初の目的はナレッジマネジメントでした。ナレッジマネジメントは、大きく次の2つを目指す経営管理手法です。
- 企業が保有するさまざまな情報・知識と個人が保有するノウハウや経験などの知的資産(ナレッジ)を組織全体で共有する
- これらを活かして創造的な仕事につなげる
つまり、組織でイノベーションを起こすためにLMを実施していたのです。
リクルートは、メンバーにさまざまなタイミングで振り返りを求める組織でした。半年に一度は自分に与えられたミッションについて振り返りを行います。
また、その中でも優れた成功事例(ベストプラクティス)を集めて組織全体で振り返りを行い、そこから学びを得ていました。さらに、組織、事業部門を超えてリクルート全社あるいはリクルートグループ全体でこれらのベストプラクティスを共有し、成功事例を他の組織に転移させることも積極的に推進していました。
全社やグループ全体での事例共有会では、ポスターやプレゼンターの映像まで準備し、その栄誉を称えるとともにあの手この手で事例を転移させようと工夫していたことを覚えています。もちろん、これだけでも十分効果があります。
ただ、ここで理解しておかないといけないのは、どのようなナレッジを共有するのかという点です。
仕事を成功させるには原理原則を押さえておく必要があります。ただし、原理原則を押さえておけば必ず成功するのかというと、そんなことはありません。原理原則を押さえていても失敗することはあります。
でも、だからといって原理原則など知らなくてもいい、というのも違います。なぜなら、原理原則を押さえておかないと、必ず失敗するからです。つまり失敗は必然だということ。失敗を防ぐためにも原理原則を学ぶ必要があるのです。
ナレッジマネジメントでは、成功事例だけでなく「失敗も含めたすべての主要テーマ」を振り返ることで、さらに学びが大きくなります。私たちの組織では、これをLMで実施していたのです。
憂鬱な査定の時間を楽ちんにしてくれる仕組み
さて、LMを実施すると、誰がどのような仕事をしたのかがすべてつまびらかになります。それも成功事例だけではなく、失敗事例もです。個人や担当したチームだけでなく、組織全体で、誰がどのような原理原則を外したのかが共有されるのです。
経営は、あるところまで確率論の部分があります。ということは、ある失敗から組織全体が学ぶことで、組織で原理原則を外して失敗する可能性が減るのです。「失敗から学べば経営がうまくいく可能性が高まる」という言説が、これで理解いただけるでしょう。
そしてLMには、経営がうまくいくことに加えて、他にもさまざまなメリットがあります。一つは組織を超えたナレッジマネジメントが起きやすくなること。第二に、LMの情報をストックしておくことで異動者や転職者などへの引き継ぎが容易になること(下図参照)。
筆者作成
そして最後に、査定がしやすくなることです。上述のように、LMを実施することですべての主要ミッションがつまびらかになります。誰がどんな成果を挙げたのかを絶対基準で把握できると同時に、相対比較をすることもできます。しかも、参加していたメンバーも同じ情報を共有しているので、査定への納得感が高まるのです。結果、憂鬱な査定とフィードバックが楽ちんになるのです。
では以降で、LMの具体的な内容について紹介しましょう。
所要時間は1ミッション10分
私たちは査定期間の半年ごとに1回、すべての主要ミッションを振り返るLMを実施していました。個人単位で振り返るのではなく、ミッション単位で振り返ります。ここで言うミッションの単位とは例えば、
- 〇〇店新規出店
- データ見える化
- 〇年度事業計画立案
- 顧客関係性強化
- 集客2倍化
など、プロジェクトレベルの粒度です。さらに成功事例だけでなく、前述のように失敗事例、さらに継続中の事例も振り返りを行います。
LMは、事前に担当ミッションについて以下の6つを準備することから始まります。
- ゴール(目的)
- 達成基準
- 計画とプロセスの工夫
- 定量成果、定性成果
- 残課題
- 他メンバーへの共有ポイント
これらの情報をフォーマット(下図)に記載し、事前に全メンバーに提示します。
筆者・編集部作成
簡単な疑問(例えば「○○の用語を教えてください」「チームの役割分担を教えてください」など)があれば、LM当日までにプレゼン者と質問があるメンバー間で質疑応答を行って疑問を解消しておきます。このような事前準備によってLM当日の対話をさらに意味のあるものにできます。
LM当日は7分のプレゼンテーションと3分の質疑応答という形式で、主要ミッションの数だけ実施します。ミッションが5つあれば、10分×5で50分ということですね。
LMを行うことで、プレゼンをするメンバーは「振り返り」を行う過程で、資料を「まとめる」、言いたいことを限られた時間で過不足なく「伝える」能力を高めることもできます。
加えて、主要ミッションの数にもよりますがたいていの場合は全ミッションの振り返りは半日以内で終わるので、この短い時間で組織全体が何をしているのか理解でき、各人が視野・視点を高めることができるのです。もちろん、他のミッションを参考にして自分の担当ミッションを遂行することもできるでしょう。
LMを継続して実施していくと、同じミッションでの情報が蓄積されていきます。すると、上述したように人事異動や転入職でそのミッションの担当者が替わるときも、引き継ぎが容易になります。
半年に1回、該当ミッションについての前記1~6の情報がまとめられているため、新担当者は時系列に沿って読んでいくことで、そのミッションは過去にどんな施策を行い、何が課題なのかが手に取るように把握できるのです。
最後にもう一度、LMの実施手順を確認しておきましょう。
筆者・編集部作成
LMなら、誰が難しいミッションを担っていたのか、誰が好成績を出したのか一目瞭然です。逆もしかり。そして、これらの情報は当然ながら人事評価にも使えます。結果として、人事評価の準備時間の削減にも寄与するうえ、何よりもあの憂鬱な時間を解消して、評価とフィードバックが楽ちんに行えます。
ぜひあなたの組織でも試してみてください。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役、「博報堂テクノロジーズ」 フェローも兼任。新著に『「本当に役立った」マネジメントの名著64冊を1冊にまとめてみた』がある。