撮影:Business Insider Japan
4月1日からソニーグループの新社長に十時裕樹(ととき・ひろき)副社長兼CFOを昇格する人事が注目されている。十時氏とは、一体どんな人物なのだろうか?
筆者は過去、単独インタビューや決算会見を通じて、十時氏自身の言葉に触れてきた。その印象からは、「社内連続起業家」だと見る。
平井体制以降の「ソニー立て直し」の立役者
2月2日、ソニーは決算発表に合わせて吉田憲一郎社長(左)の後任として、十時裕樹副社長兼CFOの社長昇格を発表した。
撮影:西田宗千佳
十時氏は2012年に平井一夫氏がソニーの代表執行役社長兼CEOに就任したなかで、現社長の吉田憲一郎氏とともにソニーの立て直しを進め、今の複合的なビジネス形態を構築した立役者の一人だ。
しかし、主に資本戦略や経理面など、一見してコンシューマーから見た「ソニーらしさ」とは異なる領域を歩いてきたように言う人もいる。
常に冷静沈着。財務から、商品よりも事業領域を語る十時氏の姿は、「ソニーらしくない」と言われることもある。
だが、筆者はそう思わない。新しい事業をつくり、失敗を看取ってきた十時氏は、「グループとしてのソニー」には向いた人材でもあるのだ。
8年前、十時氏は「ソニーに戻る気はあまりなかった」と語った
撮影:Business Insider Japan
記録をさかのぼると、筆者が十時氏を初めてインタビューしたのは、2014年末のことだった。十時氏は当時、ソニーモバイルコミュニケーションズの社長兼CEOに就任したばかりだった。
「実は、ソニーに戻る気はあまりなかった」
ソニーモバイル時代に十時氏はそう語っている。
十時氏は2001年、ソニー銀行を立ち上げる時にソニーを辞め、ソニーコミュニケーションネットワーク(So-net。現ソニーネットワークコミュニケーションズ)やコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)などを手がけていた。「ソニーの外側」を歩いてきた、という認識もあったろう。
2000年から2010年代前半といえば、ソニーが苦しんでいた時期だ。
祖業であるエレクトロニクスでの大ヒットを期待されつつ、なかなかうまくいかない。携帯電話・スマートフォンの波にも乗りきれない。ゲーム機は(現在のPS5の成功からは考えられないことだが)新型機立ち上げコストの高さが毎回課題となっていた。
そこに改革トップとして入ってきたのが、2012年に社長兼CEOに着任した平井一夫氏。その下で戦略立案に携わったのが、吉田氏と十時氏だった。
2018年、ソニーは平井一夫社長(当時)の退任と、吉田憲一郎CFO(同)の社長昇格を発表した。
撮影:西田宗千佳
十時氏は当時、中でも大きな課題を抱えていたソニーモバイルの立て直しを任されたことになる。ただし、本人はそれを予測していなかったようだが。
当時まず手がけたのは「市場の絞り込み」だ。
「スマートフォンで急いで貯めてきたソニーの付加価値がなくなりつつある」
十時氏は当時、筆者のインタビューにそう話している。
結果として、新興国市場と低価格モデルから撤退し、日本などの「売れる市場」向けの高付加価値モデルにシフトするという、現在の形はここからスタートした。短期間でのビジネスポートフォリオ再構築、というのは、十時氏の得意な手法に見える。
ソニーの外から見ていた「起業」の姿
決算会見で回答する十時氏。
撮影:西田宗千佳
その後も十時氏を何度も取材してきたが、特に印象に残っているのは、2016年の単独インタビューだ。
当時筆者は、ソニー社内で行われていた新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program」(SAP、現在はSony Startup Acceleration Program(SSAP)に改称)の取材を進めていた。十時氏はSAP関連のプロジェクトについて、インキュベーション経験者の立場から助言をする立場でもあった。
「規模の大小を議論するのは、あまりゼロから事業をつくったことがない人。自分で事業を起こして大きくなった人は、最初の規模の大小は問題にしないケースが多い。今までにない着想やユニークさに対し、一気に賭ける」
「起業とは、正解・不正解があるものではない。機会があって、やる人がいるのなら、ふさわしいやり方でやればいい。結果的には、起業とクローズ、両方を経験させていくことが重要」
自身の経験から社内起業についてそう述べつつ、こうも話した。
「創業者は抜群の吸引力があり、創業者が右と言えばそれが決まる。しかし、創業者世代からかけ離れていくと難しくなるもの。それはソニーも例外ではない。
インキュベーションは絶対に必要だが、ちゃんと”仕組み化”しないとうまくいかない。それをソニーの外から見ていて感じた」
自らが過去のソニーの本流ではないことを意識しつつ、社内で新しい事業や投資を進め、形にしていくこと。そして、それを組織として進めること。
このあたりは、投資戦略からソニーを「グループとしての経営」へ変化させてきた流れにも通じるところがある、と感じる。
「商品」は語らず「グループ」を語る
一方で、十時氏に対しては、社内外から批判もある。
社内から聞こえてくる声の1つは、「KPI設定が厳しく、目の前のことに集中せざるを得なくなる」という評価だ。これは主に、ソニーモバイル社長時代を評してのことなのだが、後日、十時氏はソニーモバイル当時を次のように振り返っている。
「構造改革は必要でも、それに耐えられる期間は短い。だから短期に進めなくてはいけないし、終わった後のことも仕込んでおかないと耐えられない。組織の疲労が出てくる」
前述の声は、まさに「組織の疲労」が出たものかもしれない。
十時氏時代のソニーモバイルは、まだ単年黒字化を達成できなかった。明確に商品性が変わり、完成度が上がったのは、2019年発売の「Xperia 1」くらいからかと思う。十時氏が直接指示したというより、その後に構造改革が華開いた、というべきなのだろう。
2019年に登場した「Xperia 1」の背面。
出典:ソニーモバイル
十時氏は、具体的な商品について、先々の話をあまりしない。そのため「商品のビジョンを語る人物ではない」と評価されているフシがある。筆者もそれに近い印象は持っている。
一方、決算説明の場では、非常に幅広い製品・コンテンツについて、明確に戦略的な意図や現状を説明する姿が目立った。エレキや半導体だけでなく、ゲームやコンテンツについても、担当者に頼ることなく自分の言葉で語る姿からは、「グループでの経営」という全体戦略を大切にする姿勢が見えた。
おそらく今後も、十時氏が「ソニーのトップ」らしく、特定の製品についての濃い説明をすることは少ないのではないだろうか。それはもしかすると、「ソニー」というブランドの経営トップに求められるものを欠いている、と見ることもできる。
だが、ここにおもしろい事実がある。
CES2023でプロトタイプの実車を公開した、ソニー・ホンダモビリティの電気自動車「アフィーラ」。
撮影:Business Insider Japan
十時氏がソニーモバイルの社長時代、実質的に商品技術開発のトップであったのが、現ソニー・ホンダモビリティ社長兼COOの川西泉氏である。
EV(電気自動車)参入については、2018年頃から、十時氏と川西氏のチームが検討に入り、今に至っている……と言われる。
十時氏は「ソニーグループ」の社長となる人物だ。それぞれの領域のあり方を明確に捉え、全体戦略を作り、「ここは」と思う部分に重点投資することが求められる。それは、まさに過去に十時氏がやってきたこと、と言える。
そういう見方をすれば、EV参入はまさに「十時氏らしい」動きであり、また同時に「ソニーグループらしい」動きでもあった……ということではないだろうか。