7月1日付で英食品・日用品大手ユニリーバ(Unilever)の最高経営責任者(CEO)に就任するハイン・シューマッハ氏。
Unilever/FrieslandCampina/Handout via REUTERS
英食品・日用品大手ユニリーバ(Unilever)は1月30日、退任の意向を表明したアラン・ジョープ最高経営責任者(CEO)の後任に、ハイン・シューマッハ氏が7月1日付で就任すると発表した。
シューマッハ氏は現在、オランダの乳業大手(酪農協同組合)フリースランド・カンピーナ(FrieslandCampina)の経営トップを務めている。
ジョープCEOは2019年1月からユニリーバの指揮をとってきた。近年は高級アイスクリーム「マグナム」(日本未上陸)の世界的大ヒットで注目を浴びる同社だが、同CEOの就任後はパンデミックの発生もあって、波乱に満ちた時期が続いた。
2022年、ユニリーバは事業再編と組織改革に着手し、その一環として全世界でマネジメント層1500人をレイオフ。また、アクティビスト投資家のトライアン・ファンド・マネジメント(Trian Fund Management)創業パートナー兼CEOのネルソン・ペルツ氏を取締役に迎えている。
以下では、2022年3月初出の記事をベースに、ジョープ現CEOとユニリーバがここ数年直面した難題、シューマッハ氏がこれから引き継ぐ同社の内部事情にあらためて目を向けてみたい。
ユニリーバは目下、過去10年で最大規模となる組織再編を進めている。しかし、事業を立て直して株主投資家が切望するリターンを実現するには、組織再編だけでは足りないというのが内部関係者やアナリストの評価だ。
アイスクリームの「ベン&ジェリーズ」、ボディケア・ヘアケアの「ダブ」、男性用ひげそり「ダラー・シェイブ・クラブ」などのブランドを持つ同社は2022年2月、管理職1500人のレイオフを発表。
また同年7月には、従来のエリアベースで編成され複雑に入り組んでいた組織を、ブランドを軸にした「美容・健康」「パーソナルケア」「ホームケア」「栄養」「アイスクリーム」の5事業部門に再編した。
この組織再編の狙いについて、ジョープCEOは決算説明会で次のように説明している。
「これはユニリーバをよりシンプルで、注力分野に経営資源を集中させ、(投資家に対して)より大きな説明責任を果たせる会社にするための変革です。目指すところはあくまで成長ですが、一方で事業コストは大幅に低下します」
しかし、社内からはそうした変革のあり方に懸念を示す声が高まっている。
「会社を成長させるためには、高い利益率を期待できるにも関わらず組織としての経験や人材が不足している化粧品などの分野で、他にもっとやるべきことがあるのでは?」
一方、2022年初頭に売却を検討したマヨネーズブランド「ヘルマンズ」など、利益率の低い食品事業の扱いをどうするかについても、ジョープCEOは詳しい説明を避けている。
Insiderはユニリーバの広報担当にも取材したものの、ジョープCEOの説明をなぞるだけのコメントしか返ってこなかった。
「今回の組織再編は、ユニリーバをよりシンプルで迅速、かつ注力分野にフォーカスする企業へと成長させ、事業の競争力を高めるためのものです」
そこでInsiderは、最近退社したユニリーバの従業員4人に直接話を聞いてみた。彼ら彼女らは匿名を条件に内情を語ってくれた。
見え隠れするアクティビスト投資家の圧力
ユニリーバが実施した組織再編には、「物言う株主」として知られるネルソン・ペルツ氏の意向が見え隠れする。
ペルツ氏は2022年1月時点でユニリーバ株式を5%保有しているとされ、前年の2021年秋にはジョープCEOとも面会している。ユニリーバの株価を上向かせるため、ペルツ氏が何らかのテコ入れ策を求めた可能性がある。
ペルツ氏率いるトライアン・ファンド・マネジメントは2017年、世界的な消費財メーカーであるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)にも同じように経営改善を迫っている。結果、ペルツ氏はP&Gの取締役ポストを獲得した(在任期間は2021年まで)。
競合企業に比べて、ユニリーバの株価は低迷している。同社の株価が過去5年間で約8%下落したのに対し、P&Gの株価は70%近く、ネスレは72%上昇した。
ただ、内情に詳しい関係者によれば、組織再編の検討はペルツ氏がユニリーバに興味を持つ前から始まっていたようだ。ある元幹部は、ユニリーバがパンデミック下で経験した変化が再編の一因になっていると証言する。
長い間「資産」だったものが「負債」になった
ユニリーバは新興国で売上高の過半を稼ぎ出す。パンデミック以前は、人口増加の続くインドやフィリピン、ブラジルなど、同社製品を含む輸入品への消費意欲が旺盛な新興市場がユニリーバの成長をけん引してきた。
しかし、パンデミックはそれらの国々の経済に大きな打撃を与え、(国産品に比べて割高な)輸入ブランドに対する支出を圧迫することになった。新興国の多くは国民に失業手当や給付金を支給する余力がなく、先進国に比べて消費は一段と冷え込んだ。
前出の元幹部は、「長い間ユニリーバにとって資産だったものが、パンデミック時には逆に負債になったのです」と指摘する。
アメリカをはじめとする先進諸国では、多くの消費者が在宅勤務を始め、食品や日用品の巣ごもり需要が盛り上がった。
「ところが、ユニリーバは先進国で急激に高まった需要に対応する準備がライバルに比べて整っていなかったのです」(元幹部)
パンデミックで特に需要が高まった衛生用品や室内清掃用品のラインナップも、ライバルに比べて乏しかった。
例えば、アメリカではP&Gやクロロックス(Clorox)が除菌シート・除菌スプレーなどの販売を大いに増やしたが、ユニリーバはそうした製品を持っていなかった。
製品ポートフォリオや供給体制を迅速に組み換えるには、会社全体の経営資源配分を素早く見直す必要があるが、旧組織体制ではそれができなかった。そこで、ブランドを軸にした事業部門に組み直し、スピーディな対応を可能にしようと考えたわけだ。
「こうなるのは必然だったのです。これまでとは違う仕組みが必要なことは分かっていたのに、手を打つのが遅れました」(元幹部)
食品事業の役割が見えない
新たな組織体制が長期的にユニリーバにとってうまく機能するかどうか、懐疑的な意見もある。
5つの事業部門のうち「栄養」と「アイスクリーム」は食品事業であり、ユニリーバはこれまで幾度となく分離を検討してきた。
同社は2022年1月、歯磨き粉「センソダイン」などのブランドを持つ英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)の一般医薬品(コンシューマーヘルスケア)部門を680億ドルで買収する提案を行い、結果的に早期断念しているが、その直前まで食品事業の売却を検討していた。
もし買収に成功していたら、ユニリーバは食品事業を切り離し、日用品と化粧品、一般用医薬品に特化した会社になっていただろう。だが、計画はうまくいかず、買収を断念した直後(2022年2月)の決算発表の席でジョープCEOは、「ユニリーバにとって食品とアイスクリーム事業は魅力的だ」と苦しい弁明を行う結果になった。
しかし、ジョープCEOや他の経営陣が、利益率が高く成長余地の大きい「美容・健康」「パーソナルケア」などの事業部門に力を入れようとしているのは明らかだ。
ある元従業員はこんなことを口にした。
「ユニリーバの食品事業部門で働く従業員たちは、売却や分社化の話が持ち上がる中、自分たちがそこでどのような役割を果たすのか、果たせばいいのか、先行きを見通せず不安を抱いています」
実際、ユニリーバは2021年11月、「リプトン」などのブランドで知られる紅茶事業子会社のエカテラ(ekaterra)を投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズに売却すると発表しており、食品事業部門にいる多くの従業員が神経質になるのも無理はない。
アナリストらは、食品事業を持ち続けていることが、ユニリーバの経営改善に向けた取り組みの足かせになっていると指摘する。米金融大手JPモルガン(JPMorgan)のアナリスト、セリーヌ・パヌッティは投資家向けレポートで次のように述べている。
「食品事業の分離を見送ったことで、ポートフォリオ組み直しの選択肢は限られ、競争力のある事業再生に向けた道筋はいまだ見えてきません。そのため、ユニリーバの企業価値向上に当社は確信を持てないままでいます」
必要なのは「ベルベットの手袋に包まれた鉄拳」
ユニリーバの組織体制はジョープ政権下で刷新されたが、従業員が大幅に入れ替わったわけではない。長年勤めてきた従業員の多くがそのまま残り、中には十分な経験を積まずに新体制の職務に就いた者もいる。
前出とは別の元幹部によれば、その代表格が新たに「美容・健康」部門のトップに就任するフェルナンド・フェルナンデスだ。中南米地域でのさまざまなポジションを経た後、2019年からラテンアメリカ担当エグゼクティブバイスプレジデントを務めている。
フェルナンデスには、化粧品を中心とする美容・健康ブランドをマネジメントする経験が明らかに不足していると元幹部は指摘する。
「グローバルな美容・健康事業を本当に彼にまかせていいのでしょうか。この事業に関わる従業員たちに刺激を与え、士気を高める真のリーダーなのでしょうか」
ユニリーバが美容・健康事業を成長の柱に据えていることを考えると、懸念される人事かもしれない。
さらに別の元幹部は、新体制が本当にうまく機能するかどうかは、「従業員全員が必ずしも喜ぶとは思えない厳しい決断を、経営陣が下せるかどうか次第です」と語る。
ユニリーバでは、前CEOのポール・ポールマン氏が2010年に「サステナブル・リビング(持続可能な暮らし)」をヴィジョンに掲げ、環境負荷の低減や途上国での清潔な暮らしの実現を、事業活動を通じて達成することに挑戦してきた。
その挑戦が実を結び、ユニリーバはサステナビリティ経営の先進企業と称賛されるようになり、株価も順調に推移した。
ポールマンの後任であるジョープ現CEOもその経営指針を踏襲した。しかし、元幹部に言わせれば、ユニリーバは「優しすぎる会社」になってしまったという。
「経営陣は物事がうまくいかなかったときでも軌道修正することをためらい、素早く(損切りを)終わらせることができないのです」
この文化が変わらない限り、ユニリーバの業績を好転させるのは難しいだろうと、同元幹部は嘆息する。
「優秀な人材が不足しているわけではありません。今この時代を乗り切るユニリーバの経営陣に必要なのは、『ベルベットの手袋に包まれた鉄拳』(すなわち、外面的な優しさに隠された厳しさ)だと思います」