会社員の「ギャンブル依存症」が深刻化するケースが出てきている(写真はイメージです)。
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10代、20代でギャンブル依存症に陥る若者の問題が近年、深刻化している。
当事者や家族を支援する「ギャンブル依存症問題を考える会」にも、この年代の夫を持つ妻や、子どものいる親からの相談が増えているという。
競馬や競輪といった公営ギャンブルのオンライン化や、短時間で多額のお金が動くオンラインカジノの台頭が背景にある。
先日も奈良警察署で刑事一課長の男性(40代)が一時失踪してパチンコ店で見つかった上、捜査費を横領した疑いも浮上したとのニュースが報じられたが、「まっとうに」働いているように見える会社員や公務員の横領事件も相次いでいる。
「考える会」が特に注意を呼びかけているのが、ギャンブルにはまった当事者が同僚に借金を重ねたり会社のお金を使いこんだりして、企業が対応を迫られるケースだ。
これまであまり知られてこなかった、ギャンブル依存症の社員の実態を取り上げたい。
「気が付いたらパチンコ台に」夫の借金240万円
美恵さん(仮名)の20代の夫は、同僚からも借金をしてパチンコに使っていた(写真はイメージです)。
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「パチンコや競艇は中高年男性の行く場所というイメージが強く、『自分の夫が』とは思ったこともなかったのに……」
20代後半の夫のギャンブル依存を知った美恵さん(仮名・30代)は、こう振り返る。夫はごく普通のサラリーマンで、穏やかな性格で美恵さんに声を荒らげたこともない。
しかし1年程前に結婚し、 一緒に暮らし始めると、お金の使い方に不審な点が出てきた。
「会社の経費精算が遅れて現金が足りない。精算されたら返すから」「あの材料を買わないと仕事にならないんだけど、会社からまだ経費が支給されない」などと美恵さんに数万円ずつ無心する。
会社のカバンや自家用車から、競艇の舟券やパチンコ屋でもらったマスクも出てきた。
美恵さんが「ギャンブルをしているのか」と問い詰めると、夫はぽろりと「他に面白いこともなくて、気が付いたらパチンコ台の前に座っている」と漏らした。
パチンコ以外、何の関心も持てなくなっている夫に異常さを感じた美恵さんは、依存症について調べ始め、ギャンブル依存症の家族会に参加するようになった。
しかし夫に治療を勧めても「自力で(ギャンブルを)やめられる」と言い張るばかり。そのうち、休日も朝から出勤するふりをして、パチンコ屋に通うようになった。
さらに取引先の社員や同僚から約240万円の借金をしていたことが発覚し、2023年1月、依存症の回復施設に入所した。
家族に肩代わり迫る企業
企業が同僚社員の借金を肩代わりすることもある。
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美恵さんが自分の貯金から夫に渡した金は100万円を超える。
さらに美恵さんを追い詰めたのが、夫の「勤務先の企業」からの返済請求だった。実は、夫の借金が発覚した段階で、勤務先の企業が、同僚や取引先から夫が借りた金を無断で肩代わりしていた。この返済を、美恵さんや夫の実家に請求したのだ。
企業が家族に借金返済を求める際に根拠として扱われるのは、社員が会社に損害を与えた場合、身元保証人に賠償を求めることができると定めた「身元保証書」だ。
入社時に提出を求める企業が多く、美恵さんの夫の場合、実家の親らが身元保証人になっていた。
実際に、同僚や取引先などから多額の借金をしていることが発覚した場合、直近のトラブルを回避するために企業が肩代わりをし、それを損害として保証人に請求するケースは少なくないという。
しかしラグレン法律事務所の栗原稔弁護士は「企業は、保証人に対し損害のすべてを請求できると考えるべきではありません」と説明する。
「保証人に無制限に賠償責任を負わせることは、公序良俗に反すると言えます。企業側も社員の犯罪の予防策を講じるべきであり、身元保証法も、使用者側の過失や従業員の業務内容など一切の事情を考慮して、保証人の責任を定めるとしています」(栗原弁護士)
日本は家族、特に子どもがしたことの責任を親が取るのは当たり前、といった意識が強く、親も「私の育て方が悪かった」などと罪悪感に駆られて返済に応じてしまいがちだ。
「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表は「多くの家族が、会社とその周囲の人が被った損害をすべて押し付けられ、追い詰められています」と強く訴える。
「返済能力がなければ自己破産、横領なら刑事告訴など、行為の責任を負うのはまず本人であるべき。本人に自分のしたことの重大さを認識してもらうことは、治療の上でも大事です」(田中代表)
ギャンブル依存症、企業の「NG対応」とは?
「ギャンブル依存症の社員」について、企業側も対応を迫られる事態もある。
撮影:今村拓馬
「考える会」によると、社員同士や取引先からの借金が分かった時、会社側が取りがちな対応が、本人の給与を預かって管理することだという。
しかし「お金がなければギャンブルはできないだろう」と考えるのは大きな間違いで、社外の友人への借金や闇金の利用、横領などの引き金になるだけだという。
依存症は脳の神経回路が変化してしまう病気なので「甘ったれるな」「気合を入れて今度こそ賭け事をやめろ」など、精神論による声掛けも効果は薄い。
「まず依存症外来や自助グループなど、治療につなげるのが基本」と、田中代表は説明する。休職して回復施設に入るべきケースもある。
職場で、お金の貸し借りや賭け事に関する話題を禁じることも大事だ。若者は上司や同僚らの誘いで、賭け事を始めることが多いからだ。
「競馬好きの上司が、サークル活動のように毎週部下たちを競馬に誘い、部下が依存症に陥ったケースもあります。一度治療につながった社員も、ギャンブルの話題がひっきりなしに出るような職場では、やめ続けるのは困難です」(田中代表)
増える若者の依存
東京商工リサーチによると2021年9月までの1年間で、公営である競馬や競輪・オートレース、ボートレースの関連法人の売上高は、コロナ禍前(2019年9月までの1年間)と比べて12%以上伸びた。
田中代表は「競馬場や競輪場に足を運んだこともない若いサラリーマンや公務員が、スマホで何百万円もギャンブルにつぎ込む事例もある」と警鐘を鳴らす。
田中代表らはこのほど、企業が社員のギャンブル依存にどう対応すべきかを紹介した動画を作成。依存症を経験した俳優の高知東生さんらが出演した。
前述した美恵さんが動画を見て「うちのことかと思った」と話したほどリアルな内容だ。
依存症を経験した俳優の高知東生さんらが出演する動画。
ギャンブル依存症の社員への対応を紹介した動画。
会社から「9000万横領」した事例も
依存症当事者の多くは、美恵さんの夫のように身近にいる同僚や取引先に借金を重ねる。
田中代表は「親の介護や家族の病気に金がかかるなど、当事者はあらゆる嘘をつきます。同僚1人から、数百万円もの金を借りているケースもざらにあります」と語る。
さらに当事者が闇金業者から借金すると、業者がひっきりなしに職場へ電話を掛けて返済を迫り、業務にも支障を来すようになる。
時には家族の勤務先はおろか、「家族の勤務先の隣の会社」にまで電話攻勢が及ぶこともあるという。
勤め先に連絡することで本人や家族に圧力を掛け、より高利な別の業者から金を借りてでも返済させようとするのだ。
こうして借金が雪だるま式に膨らみ、会社の金を横領したり、備品のパソコンや自社の商品を盗んで売りさばいたりする人が出てくる。
田中代表の知る事例の中には、横領額が9000万円に上った人もいたという。
郵便局職員向けに啓発ポスター
ギャンブル依存症は、アルコール依存症などと比べ身体への影響は少ないという。
撮影:今村拓馬
日本郵便九州支社は2023年1月から、管内にある約2500の郵便局で、職員の休憩室などにギャンブル依存に関する啓発ポスターを掲示し始めた。
「ギャンブル依存症は誰でもかかる可能性のある病気だという認識を職員に広め、正しい対応や相談先を伝えて早期回復につなげることは、企業としても重要だと考えました」(同支社の広報担当者)
鹿児島県の家族の会の松元英雄代表は「郵便局に限らず、お金を扱う業種はギャンブル依存が犯罪につながるリスクがどうしても高くなる。金融機関などにもこの取り組みが広がってほしい」と話す。
冒頭に紹介した美恵さんは夫の借金が発覚した時、上司から「(夫は)人当たりが非常によく、仕事もできた」と言われたという。
ギャンブル依存症者は、薬物やアルコールなどの依存と比べると身体へのダメージが少なく、仕事のスキルも高い人が多い。このため回復後は再び就職し、納税して社会の支え手に戻りやすくもある。
「考える会」の田中代表によれば、本人と企業が同意すれば、支援者のサポートを受けながら在職のまま、借金返済と治療を進めることも可能だという。
「企業側が依存症の正しい知識を持って社員と向き合うことで、貴重な人材を失わずに本人も回復を目指せるのです」(田中代表)