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荒井元秘書官「同性婚、見るのも嫌」がなぜ問題なのか? 日本は“その理由”と向き合わないといけない

北丸さん写真

インタビューに応じた北丸雄二氏。岸田首相は2022年12月撮影。

横山耕太郎撮影/Yoshikazu Tsuno/Pool via REUTER

「見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ」——。

同性婚についての元総理大臣秘書官・荒井勝喜氏の発言が、大きな議論を巻き起こしている。

荒井氏の差別発言を受け、LGBTQに対する差別を禁止する法律や、同性婚についての法整備を岸田政権に求めた署名活動は、2月8日午後8時時点ですでに4万筆を突破。自民党内からも批判が相次ぐ事態となっている。

『見るのも嫌だ』という発言がどうしてできてしまうのか。どうしてそれが差別と気づいていないのか。その理由にこそ、いま向き合いたい。他国では同性婚ができるから日本でも導入しよう、というのはちょっと違うと思うんです」

ニューヨークで25年の取材経験があるジャーナリストの北丸雄二氏はこう指摘する。

北丸氏に、日本における同性愛差別の現在地を聞いた。(聞き手・横山耕太郎)

北丸雄二:毎日新聞、東京新聞(中日新聞東京本社)社会部記者、1993年からニューヨーク支局長。1996年に独立。近刊『愛と差別と友情とLGBTQ+』(人々舎)で「紀伊國屋じんぶん大賞2022」2位。オープンリー・ゲイとしてジャーナリズムのほか評論、英米文学翻訳なども手がける。

なぜ同性婚が必要なのか?その理由は?

レインボーフラッグを持つ女性

日本でも同性婚の実現を訴える活動が続いている。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

—— 今回の荒井氏の発言についてどう感じましたか?

なぜ同性愛者は見るのも嫌なのか? 逆に、そもそもなぜ「隣に住むのが嫌だ」と発言することは、すでに許されないことになったのでしょうか。

なかには「嫌だ」と思うのは内心の自由だし、「そういう意見も多様性の一つ」と胸を張る人もいます。

これらの是非を明確に説明できる人はそう多くないかもしれません。

みんな何となく「もうそういう時代じゃないから」とか、「G7の他国は同性婚を認めるから、日本も」とか言いますが、そもそもなぜ同性婚を認めないといけないのでしょうか。

その理解をすっ飛ばして中身が伴わないのにとにかく前に進めようとしても、必ず反動が起きます。

日本で性的マイノリティの問題が人権の問題だと本格的に報道され始めたり、あるいは議論され始めたりしたのは2015年に渋谷や世田谷のパートナーシップ制が導入された頃からです。ここわずか数年のことです。

日本で友人、同僚、親戚・家族に同性愛者がいると答えた人は若い人を含めても全体で16.5%(2019年調査)しかいない。なのに65%が同性婚に賛成している。

日本社会の「優しさ」が数字に出ているのかもしれませんが、「結婚の平等」というものをどこまで他人事ではない、自分にも関係する社会全体の課題として考えているか、やや漠然としている感もある。

米国では2013年に親しい友人知人親戚同僚にLGBTがいると答えた人が57%に達し(※)、その2年後の2015年に全米で同性婚が法制化されました。

※『愛と差別と友情とLGBTQ+』よりCNN調査

「ホモ」ではなく「ゲイ」と名乗るようになった意味

新宿

同性愛は「性的なだけな存在」と描かれた時代があったという。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

「見るのも嫌だ」と言う人の、その拠って立つ根拠はもう手に取るようにわかります。

荒井元首相秘書官は、中でも男性同性愛者のことを念頭に言ったのだと思いますが、彼は男性同性愛者を単なる「セックスの化け物」だと思っているのではないか。

同性愛者たちはもう何十年何百年もそのように描かれてきました。拙著『愛と差別と友情とLGBTQ+』で、私はそれを次のように書きました。

「カミングアウトの困難とは、たとえさりげなくであっても『ゲイです』と表明することが、『おまえのセックスの話なんかいちいち聞きたくないんだよ』という反射的な反応を惹き起こしてしまうことが原因です。

こちらは自分の生きる在り方を話しているつもりなのに、相手は単にセックスの話だと受け取るという、まるでバベルの塔みたいな思いの不通」『愛と差別と友情とLGBTQ+』より

そんな「セックスの化け物」だから、「見るのも嫌」「気持ち悪い」と言ってはばからないのでしょう。

日本でも男性同性愛者たちを「ホモ」「おかま」と呼んでいた時代、彼らはただただ「性的なだけの存在」と見られていました。

メディアに登場するときも、他の男たちに見境なくキャーキャー言って、お尻を触って、オネエ言葉を使うヤツらとして描かれました。

そういう旧情報が頭に詰まっていたら、「見るのも嫌」と思うのも当然かもしれません。でも、それが間違いだったと、誤情報を正してきたのがこの数十年の世界の動きです。

東京プライドレインボーパレード

2015年に開催された東京プライドレインボーパレード

REUTERS/Thomas Peter

「性的マイノリティ」とは言いますが、それが「性的なだけの存在」ではなく、全的な、人間存在であると、情報がアップデートされ続けてきました。「ホモ」はそこから「ゲイ」と名乗り始めました。「ゲイ」という言葉には「人権宣言」の意味が込められているんです。

メディアが「『ホモ』は差別的だからやめましょう」と言ったから、呼び方が変わったのではありません。

「性的な存在」に限定するような汚名だったとみんなが気づき始めた。だから変わったのです。

だが、荒井秘書官は気づいていなかった。岸田政権も、自民党保守派の人たちも、情報をアップデートすることを怠っていた。

それは家父長制を軸とする宗教組織の圧力もあったのではないか。「神」のような教祖=家父長が構成する縦社会=伝統的な家族から見れば、人間と人間が横でつながる平等な家族観は、掟破り以外の何ものでもありません。

「黒人は嫌」と発言してもオフレコを守ったか

岸田首相の記者会見の様子。

岸田首相の記者会見の様子。

David Mareuil/Pool via REUTERS

—— 今回の荒井氏の差別発言については、匿名取材が前提だったオフレコを破って報道したことも話題になりました。

オフレコ破りはひどい、という意見も目にしますが、例えば総理大臣秘書官が、仮に「黒人を見るのも嫌だ」と言ったら、それでもメディアはオフレコを守ったのでしょうか?

人種や国籍などを理由に差別発言をしたら、そんな発言は絶対に許せないとわかるでしょう。

そういうコンセンサスはもうこの日本社会でもできている。オフレコなんか吹っ飛ぶような差別発言だと、ほぼ全ての人が同意します。

でもそれならなぜ、同性愛への差別発言はオフレコで通用すると思ったのか?

どこかでまだ、同性愛者へのそういうひどい言葉は、差別ではないと思っている。この感情の吐露は人種差別、出自差別、ジェンダー差別とは違うと思っている。

でも、それらの差別はぜんぶ同じ地平にあって、地続きの差別なのです。

それが人権先進国と、日本との30年、40年のギャップです。

女性記者が反応した意味

ところで、今回の荒井発言を最初に報じたのは毎日新聞の女性の政治部・官邸キャップでした。これは単なる偶然ではないと思います。

単純化すれば女性はオトコ社会の中で、男性主義の権威にあぐらをかく男性たちと常に戦ってこなければなりませんでした。

人間がただの「性的なだけの存在」であってたまるかと知っている女性だからこそ、荒井発言の旧態依然の愚鈍さに反応したのだと思います。

アメリカでは「すでに隣に住んでいる」

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REUTERS/Lucy Nicholson

—— 荒井氏の今回の発言に対しては、特に反響が大きかったと感じます。

差別発言はいつの時代にもあります。きっと荒井発言のようなことを漏らしていた政府関係者は他にもたくさんいたでしょう。

でも過去には何が問題かもわからなかった。が、今回は世間の反応が変わりました。

「もうそんな時代じゃないよね」という人たちが、懸命に問題にしてくれたという印象です。だから次はその炎上の理由に、実体を持たせていかないといけないと思います。

なぜそんな時代はもうダメなのか? それをしっかり言葉にすることです。

同性婚の法制化を果たした国では、性的マイノリティが身近な人間として可視化されています。

アメリカでは、同性カップル世帯はとうに100万組を超えています。同性の恋人同士ならそこらじゅうにいる。

そうなってくると、「隣に住んでいて気持ち悪い」って話じゃなくなる。むしろ、すでに、とっくに隣に住んでいる。荒井発言は、生身の性的マイノリティを知らないからこそ起きるのです。

カミングアウトが変えてきた歴史

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アメリカでは性的マイノリティが声をあげ戦ってきた歴史がある。

REUTERS/Jeenah Moon

アメリカではエイズ禍と対峙し、人権侵害と対峙し、差別と対峙するために性的マイノリティたちがカミングアウトして戦ってきました。

「性的なだけの存在ではない」と顔を出し名乗りを上げ、身を挺(てい)して証明してきたのです。

一方でカミングアウトは精神的な負担も大きく、できない人だっています。それはそれでいいんです。

でも、カミングアウトを通してしか時代は正しい情報を得ることができなかったし、カミングアウトの必要のない世界は、カミングアウトを通してしか実現しません。時代はその方向に向かっています。

—— 日本でも性的マイノリティ差別について、変化の潮目がきているのでしょうか?

先日、ゲイの青年の恋愛映画「エゴイスト」に出演した俳優の宮沢氷魚さんが、映画の宣伝も兼ねて日本外国特派員協会で記者会見しました。

記者から荒井発言について問われた宮沢さんは、「これまで政治的な発言は控えてきたけれど、今回の発言は悲しい」「日本は遅れている部分もあるが、たくさんの声が挙がったことは未来に希望がもてる」と話しました。

彼はアメリカ生活が長く「15年来のゲイの親友」もいるそうです。

周囲の環境や経験で、性的マイノリティへの反応は荒井秘書官のそれとはこんなにも違ってきます。

宮沢さんもZ世代ですが、政治的発言をすることが困難な日本の芸能界で、むしろいま政治的発言をしないことのおかしさ、不自然さを感じているんじゃないかな。

そうやって日本も変わってきています。変わっていないのは、差別的な発言をする方であり、その発言を受ける側、聞いている側は着実に変わっています。

さらにイギリスやアメリカでは、Z世代(18歳〜24歳)のなんと50%も「異性・同性ともに魅力を感じる」あるいは「同性のみに魅力を感じる」と答えています(※)。

男女二元論は実はすでに「絶対のもの」ではなくなっています。二元論というより男女という二つの極があるということに近いかもしれません。

『愛と差別と友情とLGBTQ+』より市場調査会社Ipsos Moriの調査

G7それぞれの歴史

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G7では日本だけが同性婚が認められていないのが現状だ。

出典:Marriage For All Japan、LGBT法連合会、ヒューマン・ライツ・ウォッチらによる会見資料

—— 荒井氏を更迭した岸田首相ですが、国会答弁では同性婚によって「社会が変わってしまう」とも発言しています。

社会は絶対に変わります。でもそれは望ましい方向に変わるということです。もっと包摂的で、もっと緩やかな優しい社会です。

同性婚を法制化したフランスやドイツなどでは出生率が上がりました。同性婚で少子化が進むというのは根拠のないデマです。

2023年5月にはG7サミットが日本で開催されますが、外圧で同性婚を推進しようというのはちょっと違うと思います。

同性婚を認めないことが、本当に恥ずかしいことだと、内側から気づかなければ意味がありません。

スペインで同性婚を合法化した当時のサパテロ首相は「我が国は同性婚を世界で最初に認める国になる栄誉は逃したが、最後の国になる不名誉は回避できた」と演説しました。その意味を考えてほしい。

岸田首相は荒井氏を更迭して終わりではなく、なぜ更迭するのか、なぜダメなのかを示すべきです。

それが真の性的マイノリティ理解のスタート地点です。

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