対話型人工知能(AI)「ChatGPT」への注目が爆発的に高まり、その波及効果がAI分野に広がり始めている。
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近ごろ、人工知能(AI)への興味関心が広がっている。米研究団体OpenAI(オープンエーアイ)が2022年11月に一般公開したばかりのAIチャットボット「ChatGPT」を使ってみたという声がそこかしこで聞かれる。
ソーシャルメディアには、料理レシピから患者の診断、履歴書の書き方まで、ありとあらゆる質問をChatGPTにぶつけてみた結果(の投稿)があふれ返っている。
世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)でテーマ別アクティブ株式上場投資信託(ETF)部門の米国責任者を務めるジェイ・ジェイコブス氏によれば、AIの研究開発は相当以前から続けられてきたものの、何かに活用するための入り口となるアプリケーションは多くが企業向けにとどまってきた。
要するに、一般消費者はこれまでその価値を認識するに至らなかったわけだ。
「ここに来て消費者向けのAIアプリケーションがいくつも登場し、それを使う人の数も急速に増えたことで、AIと密接に関わり合う我々の日常生活の姿がはっきり見えてきました」
こうした新たな関心の高まりには素晴らしい実利がある。それは、本来なら何年も先になるはずだったAI関連の技術開発が前倒しになり、目前にある投資対象として現実味を帯びてくることだ。
テーマ別ETFの組成・運用を手がけるディファイアンス(Defiance ETFs)のシルビア・ジャブロンスキ最高経営責任者(CEO)兼最高投資責任者(CIO)は次のように予測する。
「数週間前に(消費者向けAI技術への投資について)誰かに尋ねたら、おそらくこんな答えが返って来たでしょう。『これから10年かけて、それなりのリターンが期待できるようになり、投資家も関心を持つようになるんじゃないかな』。
ところが、いまやそれが一気に前倒しされ、今後数年のうちには現実のものになろうとしているのです」
多くの企業がこの一種のブームから利益を得ようと動き出している。
1月23日、マイクロソフト(Microsoft)は前出のOpenAIに「複数年にわたって数十億ドル」を追加投資すると発表。2019年、21年に続く資金提供で、米ウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)の同日付報道によれば、総額100億ドルが想定されているという。
マイクロソフトの株価は上記の発表直後から上昇基調が続き、2月9日終値ベースで年初来11%超の上昇を記録している。
実際のところ、少しでも株価を引き上げたい企業は、AIなりChatGPTなりのパワーワードを唱えるだけでその願いが叶う状況だ。
企業向けソフトウェアのC3.ai(シースリー・ドット・エーアイ)は1月31日、ChatGPTなど最新のジェネレーティブAI技術を自社製品に統合すると発表。同時に製品スイートの第1弾(検索)をリリースした。
同社の株価は直後から急騰、1週間後(2月6日終値)には69%の大幅上昇を記録している。
また、ウォール・ストリート・ジャーナルは1月26日、バズフィード(BuzzFeed)のジョナ・ペレッティ最高経営責任者(CEO)が従業員向けに送ったメールを入手し、同社がChatGPTを開発したOpenAIの技術を活用してクイズなどのコンテンツをパーソナライズすると報道。
直後から2日連続で同社の株価は急騰し、1月27日終値で407%という劇的上昇を記録した。
新しいテクノロジーは導入しようとしてもコストが高くつき、バグも多い。使いこなすのがそもそも難しいことすらある。ただ、そうした問題が改善されて価格が下がると、普及は一気に加速する。
そうした特性があるため、イノベーションをめぐるテーマ投資は「S(字)カーブ」と呼ばれる社会への普及ステージを踏まえて行われる。社会学者のエベレット・ロジャーズが提唱した、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードという5つの階層がそれだ。
冒頭で「そこかしこで話題が聞かれる」と表現したが、これほどバズっている状況があるにも関わらず、AIはまだイノベーターやアーリーアダプターまでの普及にとどまっていると、前出ブラックロックのジェイコブス氏は位置づける。成長機会の視点から見た時、市場への浸透度は15〜20%にすぎないという。
ジェイコブス氏によれば、アーリーアダプターに加わることでより大きな先行者利益を得られる一方、背負うリスクも高まる。
AIの成長を妨げる(したがってアーリーアダプターにとってはリスク要因となる)可能性のある要素はいくつもあって、その一つに数えられるのが当局による規制の不透明さだ。
AIがどのように使われ、あるいはどのように使われないか、政策立案者次第で行く先が大きく変わってしまう可能性がある。
また、前出ディファイアンスのジャブロンスキ氏はもっとドライな思考で、普及するのにカネと時間のかからない革新的な技術などないと指摘する。
金利上昇や景気後退などの景況次第で、AIの地平を切り拓いていくはずの成長企業群がその将来をくじかれる可能性は十分にある。
AI分野に投資を考えるなら、最低5年の中長期的な視点を持ち、なおかつ高いレベルのボラティリティ(価格変動性)を覚悟せねばならない、というのがジェブロンスキ氏の見方だ。
では、具体的にはどこに投資すべきなのか
「AI」その単純極まりないアルファベットの組み合わせに惑わされて、この分野の特異さと複雑さを十分理解しないまま資金を投じるのは、賢い投資とは言えない。
ジャブロンスキ氏率いるディファイアンスは2018年、AIの各機能を支える銘柄で構成される上場投資信託「ディファイアンス・クアンタムETF」をリリース。マイクロソフト(Microsoft)やエヌビディア(Nvidia)といった超大型株から小型株まで、AI分野をリードする世界中の企業がバスケットに組み込まれている。
同ETFは「量子コンピューティング技術」領域に第一の重点を置くのが特徴で、関連銘柄の組み込み比率は41.22%を占める。
量子力学を利用した最適化技術は、機械学習の効率化・高速化を実現し、複雑で関係性が見えにくい情報の超高速処理を可能にすることから、AIの発展に不可欠とジャブロンスキ氏は説明する。
量子コンピューティングがもたらす計算処理能力は、ロボット支援手術のようにリアルタイムの遅延ないデータ伝送が必要とされるユースケースではとりわけ重要になる。画像、データ、あらゆる先行関連研究を数秒以内に処理し、ロボットと外科医が次に進むべきステップをそれぞれ把握できるようにする必要があるからだ。
別のユースケースとして、テスラ(Tesla)など自動車メーカーが開発を進める自動運転技術およびその搭載車への活用も検討されている。高速で前進する自動運転車が検知・取得したデータをリアルタイムで処理し、人間や障害物などに対応する適切な操作を行う上で、量子コンピューティングの高度な計算技術は極めて有用だ。
量子コンピューティング技術領域へのエクスポージャーに相当する銘柄は以下の通り。
- エイスーステック・コンピュータ(Asustek Computer)
- メディアテック(Mediatek)
- 東芝(Toshiba)
- 三菱電機(Mitsubishi Electric)
- ルネサス エレクトロニクス(Renesas Electronic)
- 日本電信電話(NTT)
- NTTデータ(NTT DATA)
- ABB
- エアバス(Airbus SE)
- ブーズ・アレン・ハミルトン(Booz Allen Hamilton)
- ブラックベリー(Blackberry)
- ハネウェル・インターナショナル(Honeywell International)
- ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(Hewlett Packard Enterprise)
- インターナショナル・ビジネス・マシーンズ(IBM)
- インフィニオン・テクノロジーズ(Infineon Technologies)
- イオンキュー(Ionq)
- ロッキード・マーティン(Lockheed Martin)
- マイクロチップ・テクノロジー(Microchip Technology)
- MKSインスツルメンツ(MKS Instruments)
- ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)
- ノキア(Nokia)
- NVE(Norwegian Water Resources and Energy Directorate)
- オレンジ(Orange SA)
- リゲッティ・コンピューティング(Rigetti Computing)
- レイセオン・テクノロジーズ(Raytheon Technologies)
- STマイクロエレクトロニクス(Stmicroelectronics NV)
ジャブロンスキ氏のETFが量子コンピューティングに次いで重点を置く第二の領域は「機械学習」で、21.06%を占める。
機械学習はAIを支える基盤技術の一つ。コンピューターが人間の直接的な指示なしに大量のデータを反復的に学習してそこに潜むパターンを抽出・解析するプロセスを指す。学習の成果により、未知のデータを予測したり判断したりする精度が高まる。
機械学習領域へのエクスポージャーに相当する銘柄は以下の通り。
- 日立製作所(Hitachi)
- アクセンチュア(Accenture)
- アナログ・デバイセズ(Analog Devices)
- ASMLホールディング(ASML Holding NV)
- アルファベット(Alphabet)
- KLA
- ラムリサーチ(Lam Research)
- ナショナルインスツルメンツ(National Instruments)
- NXPセミコンダクターズ(NXP Semiconductors NV)
- オン・セミコンダクター(ON Semiconductor)
- オントゥ・イノベーション(Onto Innovation)
- リプライ(Reply SpA)
- 台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)
- テキサス・インスツルメンツ(Texas Instruments)
第三の領域は「AIチップ」で、14.36%を占める。AIの演算処理を高速化するハードウェアであり、このイノベーションには必要不可欠の存在。従来のコンピューターに使われる半導体チップより設計が複雑で構造は多次元(積層)的になる。
AIチップ領域へのエクスポージャーに相当する銘柄は以下の通り。
- 富士通(Fujitsu)
- アンバレラ(Ambarella)
- アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)
- エラスティック(Elastic NV)
- ラティスセミコンダクター(Lattice Semiconductor)
- マーベル・テクノロジー(Marvell Technology)
- エヌビディア(Nvidia)
- スプランク(Splunk)
- シナプティクス(Synaptics)
- タワーセミコンダクター(Tower Semiconductor)
第四の領域は「GPUおよびその他ハードウェア」で、12.80%を占める。従来のコンピューターでも使われていたハードウェアだが、AIを支える基盤として十分役立つ。
GPUおよびその他ハードウェア領域へのエクスポージャーに相当する銘柄は以下の通り。
- アルチップ・テクノロジーズ(Alchip Technologies)
- JSR
- アプライド マテリアルズ(Applied Materials)
- アリババグループ・ホールディングス(Alibaba Group Holdings)
- マイクロソフト(Microsoft)
- クアルコム(Qualcomm)
- シノプシス(Synopsys)
- テラダイン(Teradyne)
最後の領域は、組み込み比率で10.57%を占める「ビッグデータおよびクラウドコンピューティング」。ビッグデータはすでにさまざまなテクノロジーに使われており、AIにとっては機械学習用のデータセットを大規模化し、予測モデルを構築するパターンをより多く学習して予測精度を高めることができる。
ビッグデータおよびクラウドコンピューティング領域へのエクスポージャーに相当する銘柄は以下の通り。
- 日本電気(NEC)
- アルテリックス(Alteryx)
- バイドゥ(Baidu、百度)
- ケイデンス・デザイン・システムズ(Cadence Design Systems)
- シーラス・ロジック(Cirrus Logic)
- ジュニパーネットワークス(Juniper Networks)
- マイクロン・テクノロジー(Micron Technology)