財務省は2月8日に2022年通年の国際収支(速報)を公表した。経常収支は11兆4432億円の黒字で、2014年(3兆9215億円)以来、8年ぶりの低水準となった【図表1】。
【図表1】日本の経常収支の推移(青の折れ線、1996年以降)。
出所:財務省資料より筆者作成
黒字幅縮小の要因は言うまでもなく資源高と円安だ。
経常収支の内訳を見ると、「貿易・サービス収支」が21兆3881億円の赤字と、現行の統計開始以来で最大を更新した。
それでも経常黒字を確保できた理由として、「第一次所得収支」が史上初めて30兆円台の黒字、35兆3087億円まで拡大したことが挙げられる。歴史的な円安を背景に、海外投資(海外に保有する金融債権などの資産)から得た利子や配当金が膨れ上がった結果だ。
企業や投資家が抱えるこのような巨額の外貨は、日本に残された最後の強みと言えるだろう。
こうした経常収支の状況を総括するならば、財の輸出では稼げなくても投資収益で稼ぐ「成熟した債権国」らしい仕上がりと言ったところか。
資源高や円高による貿易赤字の陰に隠れて…
ここ1年、経常収支の動向をめぐって注目されたのは、(1)資源高と円安による貿易赤字の拡大、(2)鎖国的な防疫措置による旅行収支黒字の縮小だった。
しかし、ここに来て(3)「その他サービス収支」赤字の拡大(詳しくは後述)が新たに注目の的になってきた。
2022年の国際収支は、冒頭触れたように巨額の貿易収支赤字が全体感を規定しており、その重要性は疑う余地のないところだ。
ただ、サービス収支の赤字も5兆6073億円と、2002年(5兆6521億円)以来の規模感に膨れ上がっていることは軽視できない。
サービス収支はさらに細かく見ると、「旅行」「輸送」「その他サービス」という3種類の収支で構成される。
本来、2022年は記録的な円安が進行したのだから、外国人観光客にとっては割安感を満喫できる旅行先になったはずで、もともと観光地として人気の高い日本はコロナ危機で消滅しかけていた旅行収支の黒字を積み上げる好機だった。
ところが、筆者に言わせれば「根拠薄弱」な入国規制が年初から9カ月間にわたって継続された(規制緩和後の2022年10月以降も入国には陰性証明やワクチン接種回数の報告などが必要)結果、2022年の旅行収支は4360億円の黒字にとどまり、パンデミックが始まった2020年(5552億円)すら下回る残念な結果に終わった【図表2】。
【図表2】サービス収支と訪日外客数の推移(2013年以降)。サービス収支内訳のうち、「旅行」収支は棒グラフの濃紺色、後述する「その他サービス」収支は同じく水色で示した。
出所:日本銀行資料より筆者作成
もっとも、それほどの失策を犯したにも関わらず、旅行収支は前年を上回る黒字を確保できている。
では、なぜサービス収支は20年ぶりの赤字幅にまで拡大したのだろうか。
輸送収支を先に見ておくと、2022年は8982億円の赤字だが、前年(7280億円)から赤字幅が大きく広がったというほどではない。
旅行収支は黒字。輸送収支の赤字はさほど拡大していない。となると、残るはその他サービス収支だ。
2022年のその他サービス収支は5兆1451億円の赤字で、統計開始以来の最大赤字幅を更新した。上の【図表2】に示したように、旅行収支が2022年後半に辛うじて黒字に転じる中、その他サービス収支は赤字幅を継続的に拡大し続けた。
そんなわけで、説明が若干回りくどくなったが、サービス収支の赤字が拡大した理由はその他サービス収支に求められる。
懸念される「その他サービス収支」とは?
では、その他サービス収支とは何か。
内訳に含まれる項目は多岐にわたる。収支としては、「知的財産権等使用料」の黒字が目立つくらいで他の大半の項目は赤字だ【図表3】。
【図表3】その他サービス収支(および内訳)の推移(2012年以降)。内訳の「その他」には、続く本文に登場する「保険・年金サービス」の他、「委託加工サービス」「維持修理サービス」などを含めた。
出所:日本銀行資料より筆者作成
近年は、海外の巨大IT企業が展開するクラウドサービスへの支払いなどが含まれる「通信・コンピュータ・情報サービス」が1兆5729億円、「保険・年金サービス」が1兆4354億円と、それぞれ大きな赤字を計上している。
しかし、それ以上に赤字幅拡大に大きく貢献しているのが「その他業務サービス」で、2022年は4兆3689億円の赤字だった。
その他業務サービスは、さらに「研究開発サービス」「専門・経営コンサルティングサービス」「技術・貿易関連・その他業務サービス」の3つに区分され、2022年はそれぞれ1兆7355億円、1兆6666億円、9668億円の赤字となっている。
研究開発サービスは文字通り、研究開発にかかるサービス取引のほか、研究開発の成果である産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権)の売買などが含まれる。
専門・経営コンサルティングサービスは、ウェブサイトの広告スペースを売買する取引やスポーツ大会のスポンサー料などが計上される。
技術・貿易関連・その他業務サービスには、建築・工学などの技術サービス、農業・鉱業サービス、オペレーショナルリースサービス、貿易関連サービスなどが含まれ、イメージしやすい例を挙げれば、石油・天然ガスの探鉱・採掘などをめぐる取引がそれに当たる。
筆者は上記のような各サービスの詳細に明るいわけではなく、ここではこの程度の解像度にとどめておきたい。
唯一確かなことがあるとすれば、クラウドサービスや研究開発、ネット広告の売買など、欧米諸国が強く、日本が弱いと指摘されてきた分野における勝敗が、国際収支の数字を通じてはっきりと確認できるようになってきたことだろう。
その他サービス収支の赤字幅は過去10年間で拡大傾向にある。それゆえ、仮に旅行収支黒字がパンデミック以前の水準(2019年に約2.7兆円)まで回復しても、その他サービス収支の赤字が足かせとなって、サービス収支全体ではそれなりの赤字幅が残ってしまう可能性が予見される。
日本の経常収支の全体像を語る上では、貿易収支や旅行収支の動向をウォッチするのがこれまでの定石だったが、その他サービス収支も無視できない存在感を放ち始めており、今後はその動向にも注意を払う必要があるだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。