中国版ChatGPTに最も近いのは検索ポータル運営のバイドゥだと見られている。
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昨年末からIT・スタートアップ界隈で話題に上がり始めた対話型人工知能(AI)「ChatGPT」。マイクロソフトが自社の検索エンジンへの搭載を発表し、アルファベット傘下のグーグルも、自社開発の対話型AI「Bard(バード)」を数週間以内に一般公開すると発表した。
中国はこれらのサービスが使えないが、それもあって「中国版ChatGPTをどこが最初に出すか」に注目が集まり、最有力であるバイドゥ(百度、Baidu)の株価が急騰している。
マイクロソフトとグーグルが先行
ChatGPTは米スタートアップ「OpenAI」が開発した対話型AIで、インターネット上の膨大な文章から言葉の順序や選択を学習し、自然な対話ができる。レポートや論文の執筆などさまざまな活用事例が考えられ、ChatGPTにMBA、医師免許試験を「受験」させ、合格ラインに達したとの報告もある。
報道への活用も始まっており、日本経済新聞はChatGPTに偽記事を書かせ、精度を検証した。また、ウェブメディア「バズフィード」がOpenAIの技術を編集支援に活用していると伝わると、同社の株価は急上昇した。
ChatGPTが公開されたのは昨年11月末だが、わずか2カ月で利用者が1億人を突破した。同技術のインパクトや応用可能性については論戦が始まったばかりだが、一方でメガテック企業が同分野への投資を強化する方針が明らかになり、「IT業界のトレンド」からビジネス界の関心事になりつつある。
2019年にOpenAIに10億ドルを投資したマイクロソフトは7日(現地時間)、ChatGPTに使われている技術を自社の検索エンジン「Bing(ビング)」に搭載すると発表した。今後数年にわたってOpenAIに数十億ドルの追加投資も行う。また、検索で圧倒的なシェアを持つアルファベット傘下のグーグルは6日(同)、対話型AI「Bard(バード)」を数週間以内に一般公開すると発表した。
バイドゥは3月にサービス公開
人間のような自然な対話ができるAIサービスが話題をさらっている。
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20年以上の歴史を持つネット検索は、たゆまぬ改良が続いてきたが、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが7日に「ネット検索にとって新たな一日が始まる」「今日からレースが始まり、急速なイノベーションが起こる」と発言したように、対話型AIは検索分野に創造と破壊を起こす可能性がある。検索への実装は分かりやすい入り口にすぎず、ネット通販やカスタマーサービス、マーケティング、ソフト開発などさまざまな分野への利用も期待できる。
中国本土では「ChatGPT」を利用できないが、変化をもたらしそうな材料に前のめりで飛びつくお国柄とあって、1月下旬から関連報道が増えている。マイクロソフトやグーグルの投資が明らかになると、「マイクロソフトやグーグルに相当する中国企業」探しが始まり、対話型AIで恩恵を得そうな企業の株価が急騰している。
筆頭は言うまでもなく、中国最大の検索ポータルで、AIに巨額の投資をしているバイドゥだ。
バイドゥがChatGPT的なサービスをリリースするとの噂は1月末から流れ始めた。李彦宏(ロビン・リー)CEOは昨年12月、全社員向けのライブ配信でChatGPTの技術や将来性について「技術がこの段階まで来た。どんなプロダクトになるか、どんなニーズを満たすかは不確実なことが多いが、バイドゥもやらなければならない」と述べ、早期参戦を示唆していた。
そして今月7日、同社はSNSで「ERNIE Bot(文心一言)」と名付けた対話型AIの社内テストを3月までに完了し、正式にリリースすると発表した。
大量のテキストデータをAIに与えて学習させる言語モデルのERNIEは、「Enhanced Representation through Knowledge Integration」の頭文字を取っている。バイドゥは2019年に開発を始め、言語理解、言語生成、テキストからの画像生成など大きな進歩を遂げているという。それ以上の詳細は明らかになっていないが、バイドゥの株価は1月末から連騰し、昨年2月以来の高値を付けた。
検索広告で不祥事、AIに投資
バイドゥはインターネットサービスからAI企業へのシフトを図っている。
Reuter
ChatGPTのことを「何となく知っている」人の多くは、バイドゥについても「何となく知っている」だろうが、どんな企業なのか、改めて説明したい。
バイドゥは中国最大の検索サイトを運営しており、「ググる」ことを中国では「百度一下 (バイドゥイーシャー、ちょっとバイドゥするの意)」と言う。中国のメガテックではGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に相当する企業群「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)が知られるが、バイドゥはその中で最初に台頭し、2000年代には時価総額で中国トップに立った。10年ほど前までは同社は日本人の間で最も有名な中国IT企業だったかもしれない。
しかしスマホ時代への対応が遅れ、2010年代後半以降アリババ、テンセントに差を広げられ、今では「BATの落ちこぼれ」となってしまった。
バイドゥ離れを語る上で外せないのが、2016年に起きた虚偽広告事件だ。がんを患っていた大学生がバイドゥで検索上位に来た「スタンフォード大と提携し新しい治療法を研究している」病院で治療を受けたが、その情報は虚偽だった。大学生は病院とバイドゥの不正をネットで告発して亡くなった。
バイドゥは病院側から広告掲載料を受け取り検索の上位に表示していたが、内容はほぼ無審査な上に、広告と分かるようにもしていなかった。この大学生の死をきっかけに当局はバイドゥの調査に乗り出し、改善命令を出した。アリババやテンセントが社会の不便を解決するイノベーションで評価されていたのに対し、バイドゥはいわば「中国版ウェルク(WELQ)事件」によって企業イメージを大きく落とした。
インターネットサービスが失速し、違う成長の柱をつくる必要に迫られたバイドゥは2013年にAIと自動運転を重点投資分野に据え投資を強化していたが、上述の不祥事後は一層「AI企業」への転換を加速。2017年にトヨタ自動車、ホンダ、パイオニアなど日本企業も参加する自動運転オープンプラットフォーム「Apollo」計画をローンチし、2021年にはEVへの参入を発表した。
とは言えグーグルが中国でサービスを提供していないこともあり、中国人消費者にとって、「バイドゥを使いたくなくても他に選択肢がない」ことが幸いし、バイドゥにとって検索サービスは今なお利益の大きな事業だ。自動運転・EVに投資を続けるためにも、インターネットサービスをキャッシュカウとして死守しなければならない。
ChatGPTのような対話型AIを活用し、付加価値を高めれば、バイドゥのAI技術の確かさを示すと共に、同社の主力事業である検索サービスの破壊と創造の局面でも優位に立てる。
アリババ、テンセントなどライバルが規制によって伸び悩んでいることも、バイドゥにとっては好材料だろう。同社は今年、自動運転機能を搭載したEVの発売も予定している。かつての輝きを取り戻し、中国のイノベーションの先頭集団に立てるのか、形が見えてくる年になりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。