イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
親友が5年ほど引きこもっています。もともとエンジニアとして働いていたのですが、業務量が多過ぎて嫌になり退職したそうです。
すでに実家は出ていて、いまは賃貸住まいのため、いずれお金は尽きるはずです。再就職したいという思いはあるようなのですが、「俺は5年も引きこもっていたから経歴にも傷が入っている。もう終わってるんだ」と嘆くばかりで、行動に移せないようです。
友人として「こうしたらいいのでは」とアドバイスはするのですが、「お前も俺の敵なのか」と険悪になってしまいます。
私は彼自身も行動すべき点があると思って言っているのですが、どうしたら耳を傾けてくれるでしょうか。また、部屋から出て前向きに就活に向き合ってくれるでしょうか。
(ソフィー、30代前半、会社員、女性)
深い関係性なら生活を共にするのもアリ
シマオ:親友が5年引きこもっているということで、ソフィーさんはかなり心配されているようです。
佐藤さん:心配するのは当然のことでしょう。ただ、ソフィーさんとこの引きこもり男性との関係性によって、対処の仕方は変わってくると思います。
シマオ:どこまで踏み込むか、ということでしょうか。
佐藤さん:そうです。深い関係性や事情があって、その男性の家族に頼るのではなく、自ら支えたいということもあるでしょう。それならば、いっそ一緒に住んでしまうという選択肢もあるんじゃないでしょうか。
シマオ:それって、もし付き合っているなら結婚するってことですか?
佐藤さん:そこは個人の関係性や考え方次第です。結婚を視野に入れてもいいと思いますが、とりあえずはルームシェアという形でもいいでしょう。生活にかかるお金というのは、家賃さえ変わらなければ1人であっても2人であってもそこまで大きく変わりません。彼の貯金がなくなった時は支えていくこともできるはずです。あるいは本人が働けないのであれば、生活保護を受けてもいい。
シマオ:ただ、最近は生活保護を受けるにも、何やら後ろめたいような風潮がありますよね……。
佐藤さん:私はその考え方はおかしいと思いますよ。そもそも、働けず収入のない人たちのために国家がセーフティネットとして設けている制度が生活保護なのですから、該当する人は堂々と受ければいいのです。
その上で、これでは国家財政が成り立たないというなら、次善の策を考えるのが行政の役割です。私たち一般市民が政治家に忖度して、受給を控える必要などまったくありません。
シマオ:なるほど。いずれにしても、ソフィーさんがどこまで支えたいと思っているかということなんですね。
佐藤さん:その通りです。何としても自分が責任を持って相手をサポートしたいなら、一緒に住むという選択肢はアリだと思います。その対象はきょうだいや親せきなどの身内であったり、場合によっては今回のように親友であったりするケースもあるでしょう。
優しい言葉も苦痛に
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シマオ:では、そこまでするほどじゃない……という場合はどうでしょうか。
佐藤さん:その場合は放っておくことですね。
シマオ:えっ? 何もしないってことですか?
佐藤さん:この男性がいずれ外に出る気になって、動き出すまで待つということです。
シマオ:でも、それはそれでなんだか心配になってきませんか……。
佐藤さん:突き放してあげる、放っておいてあげるという優しさもあるんですよ。シマオ君は、うつ状態の人に一番かけちゃいけない言葉は何だか知っていますか?
シマオ:「頑張れ」という励ましの言葉はかけちゃいけない、というのは聞いたことがあります!
佐藤さん:その通りです。よかれと思って、励ましたり元気づけようとしたりするのが、うつ病の人にとって一番の苦痛なんです。引きこもりはうつ病とは違いますが、同じように何とか社会復帰させようと周囲が働きかけることが一番辛いことだと思います。
シマオ:質問にも、ソフィーさんがアドバイスすると「お前も敵なのか?」と険悪になると書かれていますね。
佐藤さん:以前、精神科医の斎藤環さんと『中央公論』の対談企画でお話ししたことがあります。『なぜ人に会うのはつらいのか』という本にもなっていますが、斎藤さんが言うには引きこもっている人にとって、優しい言葉や抱きしめるなどの愛情表現さえも苦痛に感じることがあるそうです。
シマオ:そ、そこまで! まさに放っておいてあげるという優しさもあるということなんですね。
「働くこと=良いこと」だと誰が決めたのか?
佐藤さん:そもそも私たちの中に、引きこもっているのは悪いことで、社会に出てバリバリ仕事をすることが正しいこと、よいことだという「決めつけ」があるんじゃないでしょうか?
シマオ:うーん、そう言われると、自分も社会に出て仕事をすることが当たり前のことと考えていたような……。
佐藤さん:前回の相談の際にもお話ししましたが、現代の厳しい競争社会は近代以降、特に資本主義が広まってからのものです。競争から振り落とされた人たちは、経済的にも不利な立場に追いやられたり、自尊心や自己効力感を傷つけられて精神的にも追い詰められたりしてしまう。
引きこもるというのは、そういう社会から逃げて自分を守ると同時に、世の中に対して「NO」を突き付けているのだと思います。これは、斎藤先生との対談を通じて私なりに導き出した結論です。
シマオ:たしかに、この男性もエンジニアで頑張っていたけれど、膨大な業務量が嫌になったと書かれています……。
佐藤さん:朝9時から夜6時まで、全員一緒にきっちり働くなんて社会は、近代より前にはなかったことです。いずれにしても、引きこもりとはうつ病のような精神的な問題というよりも、社会に対しての本人の態度決定、思想表明だと考えた方がいいと思います。
シマオ:そうかぁ、思想なんですね。精神的な落ち込みが引きこもりの原因だとばかり考えていました。
佐藤さん:もちろん、引きこもっているうちに抑うつ状態から本格的なうつ病になってしまう人もいます。ただ、斎藤さんが言うには、引きこもりの人に対して投薬をしても改善が見られない場合、原因は精神的な問題ではないということです。つまり、その人の考え方や思想によるものだと考えられる。
シマオ:そうだとすると、無理やり社会に復帰させようとするのは、こちらの考え方を押し付けているということにも……。
佐藤さん:そういうことです。引きこもっているからと言って、他者に危害を加えている訳ではありません。テロのように社会を攻撃する訳でも、悪徳商法のように誰かからお金を騙し取っている訳でもありません。
シマオ:こちらも以前の連載で出てきた、「他者危害排除の原則」ですね! 人に危害を加えない限り、他人がどうこう言う権利はないという。
佐藤さん:はい。だからこそ、引きこもっている人を無理やり社会に復帰させようとするのは暴力的な行為だと言えます。間違っても無理やり外に連れ出すような、怪しげな矯正ビジネスに頼ってはいけません。
シマオ:最近は「引きこもり支援ビジネス」などと銘打って、高額な料金を請求するところや、スパルタ式のものもあると聞いたことがありますが……。そういうものは避けるべきだということですね。
佐藤さん:その通りです。もし相談するなら、厚生労働省が統括している「ひきこもり地域支援センター」など公のものがいいでしょう。各県に窓口があるはずなので確認してみてください。
また、精神的な疾患について診察を受ける場合には心療内科よりも、できれば精神科の方をお勧めします。心療内科の場合、精神科の臨床経験がまったくない内科の医師が担当している場合もあり、そうなるとどうしても治療が薬の処方に頼りがちになります。体も耐性がついて、どんどん薬の量が増えていく傾向になるので要注意です。
偏見を持たず、相手を尊重するところから始める
シマオ:今回、僕自身が引きこもりの人たちに対してけっこう偏見があったなと反省しました。必ずしも、本人が精神的に弱いとかそういう問題ではないということですね。
佐藤さん:私は、引きこもりは本人の資質の問題としてではなく、社会問題として捉えるべきだと思っています。資本主義社会から私たちが抜け出せないとしたら、そこからこぼれ落ちてしまう人たちが一定数いるのは当然です。そして、その面倒を社会が見るのも当たり前。曲がりなりにも世界第3位のGDPを誇る国なのですから、人口の1%に過ぎない人たちの面倒を見れないということはありません。
シマオ:なるほど。ただ、そこまで言い切れる人はやはり少ないと思います。むしろマスコミなどでは、引きこもりを「犯罪者予備軍」みたいに取り上げたりしている印象がありますよ。
佐藤さん:それこそ偏見ですし、大変な暴力だと思いますよ。例えば、日本における殺人事件の数はここ数年年間900件前後で推移していると言われていますが、このうち引きこもりの人が起こしたのは何%くらいだと思いますか?
シマオ:え……。そう言われると、結構少なそうではありますが……。
佐藤さん:2019年6月6日付けの東京新聞によれば、わずか0.2%に過ぎません。東京新聞が1999年から2019年までの20年間の殺人あるいは殺人未遂の犯罪を調べたのですが、犯人が引きこもりだったケースは43件。つまり、年間約2件しかないんです。他の900件前後の犯罪は一般人によるものです。
シマオ:その2件が、かなり扇動的に報道されているということなのかも?
佐藤さん:それはあるでしょう。もちろん、引きこもりの人が犯した凶悪犯罪は存在しますし、そこまでいかなくても家庭内暴力を起こすケースもあります。ただ、恐らくですが、DVについては周囲の家族が本人に対して無理やり社会復帰を迫ったり、本人を否定したりすることで傷ついたりして、追いつめられた結果というケースがほとんどではないでしょうか。
シマオ:言うまでもなく家族も辛いでしょうが、追い込んでしまうのも家族なんですね……。ソフィーさんもこの男性を追い込んではいけないということですね?
佐藤さん:その通りです。こちらの価値判断を押し付けるのではなく、彼の意志を尊重し、認めるということが一番大事なんじゃないでしょうか。それで昔と同じように普通に会話し、付き合うのが一番だと思います。
シマオ:今回は僕自身も目から鱗の部分がありました。ソフィーさんはいかがでしょうか? 「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。