デイビッド・サックスはベンチャー企業の負債を恐ろしいものだと考えている。
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ここ数年で「ベンチャーデット(Venture debt)」の件数が爆発的に増加している。ますます多くのスタートアップの創業者たちが、誰もが恐れるダウンラウンドの資金調達を避けつつ、事業を軌道に乗せるまでの期間を延長するために借入に頼るようになっているのだ。
しかし、業界の大物の一部は、ベンチャーデットによる借入が大きく膨らんでいることについて、今後の資金調達を危うくするリスクがあると警鐘を鳴らしている。
最近公開されたポッドキャスト「オールイン(All-In)」のエピソードで、投資家のデイビッド・サックス(David Sacks)氏とジェイソン・カラカニス(Jason Calacanis)氏は、ベンチャーデットによって、もうすぐ訪れてもおかしくないスタートアップの「大量絶滅」がさらに悪いものになる可能性があるとの私見を述べた。
「過去5年間で、収益が出ていない企業はますます借入を行うようになっている。このように借入に過剰に頼る状況は異常だ」(カラカニス氏)
サックス氏もベンチャーデットは「創業者にとってひどいディールだ」と考えていると述べた。
スタートアップが借入を行う理由
スタートアップはしばしば、従来からあるエクイティラウンド(投資)に加えて、ベンチャーデット(融資)を通した資金調達を行っている。健全な企業であれば、少しの借入を行うことで、身売りすることなく、資金的な余裕も生まれ、柔軟性を高められる。しかし、すでに難局に陥っている企業では、痛みの伴う決断を先送りするために借入が行われることがある。
ピッチブック(PitchBook)のデータによると、2019年、資金難に陥っていた衣料品メーカーのアウトドアボイシズ(Outdoor Voices)がベンチャーデットを通して1500万ドル(約20億2500万円、1ドル=135円換算)の借入を行ったところ、それから1年足らずで行われたラウンドにおいて評価額は70%も下落していた。
同じくピッチブックのデータによると、2022年にはスタートアップによるベンチャーデットの借入額は310億ドル(約4兆1850億円)を超えていた。これは前年よりはやや減少しているが、その他のデータも含めて考えると素直に喜べないことが分かる。
というのも、2022年にはベンチャーキャピタル(VC)のエクイティへの投資額は30%も下落しているのだ。つまり、シリコンバレーでは、デット市場とエクイティ市場の状況が著しく乖離し始めているということだ。
これは、ベンチャーデットのビジネスモデルにとって問題になるかもしれないとサックス氏は言う。
「創業者が次のラウンドで順調に資金調達でき、ベンチャーデットを返済できるような環境でなければ、ベンチャーデットは無意味だ」
資金が容易に手に入り、評価額がうなぎのぼりになっていた過去10年にはこういった問題は起こらなかった。借入の返済に手こずった企業でも、前回より高い評価額で再度資金調達ラウンドを行って返済できた。
しかし現在は、VCからの資金調達が難しくなっており、投資家は評価額が低く、投資家により有利な条件での投資案件を求めている。こうした状況の中で巨額の借入を返済するのは、以前ほど簡単ではなくなっている可能性がある。
「創業者たちはベンチャーデットのことを、希薄化がない、あるいは一定のワラントがあるエクイティラウンドのようなものだと考えている」と、サックスは言う。
「しかし、1年〜1年半後に行われる次のラウンドで調達した資金でこの借入を返済しなければならないということに創業者たちは気づいていない。そして、これのせいで次のラウンドでの資金調達が困難になる。なぜなら、新たに投資を検討するVCは、彼らの資金が銀行に返済されない企業に投資したいと考えるからだ」
ベンチャーデットがもたらす審判の日
ベンチャーデットでの貸付の経験があり、ポッドキャスト「ベンチャーアンロックト(Venture Unlocked)」のホストを務めるサミール・カジ(Samir Kaji)氏は最近、ツイッター(Twitter)でベンチャーデットがもたらす審判の日について意見を述べた。
カジ氏は、今後数年で創業者、投資家、そして貸し手の間で、返済不能になってしまった借入を整理できず、厳しい会話が多くなされることになると予想している。
このカジ氏のツイートに対して、「こうした厳しい会話は、すでに始まっている」と、アップフロントベンチャーズ(Upfront Ventures)のマーク・サスター(Mark Suster)氏はツイッターで返信している。
「ベンチャーデットはすでに、その後の資金調達を妨げるものになっている。VCはさらに500万ドルを投じようとした時に、そのうち300万ドルが借入の返済に消えると分かっていれば、投資をためらうだろう。最初から分かっていた話ではあるが、借入はタダでお金をもらえるわけではないということが、再認識される状況になっている」
これまでベンチャーデットは、その他の形態の民間融資と比較して、貸し倒れのリスクが大幅に低かった。しかしそれも近い将来、変わるかもしれない。
ベンチャーデット大手のシリコンバレーバンク(Silicon Valley Bank)は直近の四半期決算で、貸し倒れ予想額が前年比で241%増加して4億2000万ドル(約567億円)に達するという予測を発表した。これは、依然としてシリコンバレーバンクの全貸付額の1%にも満たない数字ではあるが、この数字が増加しているということは、今後の雲行きが危ういことを意味しているかもしれない。
カラカニス氏は前出のポッドキャスト「オールイン」で、「こうしたベンチャーデットが、今まとまって跳ね返ってきているのだ」と語り、すでに自身でも「いくつかのかなり悲惨なタームシート」を目にしたと付け加えている。貸し手が資金難の企業を二束三文で買って、初期投資家を一掃しようとしているというのだ。
カラカニス氏は、今後もこうした悲惨な整理がさらに増えていくと予測し、「人間の本性を見ることになるだろう」と述べた。