渋谷区らが出資した「シブヤスタートアップス」の社長に抜てきされた渡部志保氏。
撮影:横山耕太郎
渋谷区は2023年2月13日、官民で連携して国際的なスタートアップ企業を生むことを目的とした新会社「シブヤスタートアップス」を2月末に設立すると発表した。
新会社は渋谷区と民間3社が出資する合弁会社。資本金1億7000万円のうち、渋谷区が約41%、東急、東急不動産がそれぞれ約24%、GMOグループが約12%を出資する。海外の起業家を日本に招いて渋谷での起業を支援するとともに、国内外の企業への育成プログラムや、コンサルタント事業を手掛けるという。
抜擢のきっかけは「渋谷区副業」
記者会見には出資したGMOインターネットグループ、東急、東急不動産の社長と、渋谷区長が参加した。
撮影:横山耕太郎
「シリコンバレーで9年弱勤務していた経験を生かしたい。シリコンバレーも移民の街。渋谷もそういう場所になるんじゃないかなと期待している」
新会社・シブヤスタートアップスの社長に就任する渡部志保氏(41)は、グーグル本社などシリコンバレーでの勤務経験を持つ。
渡部氏はスタンフォード大学院を卒業後に、モルガン・スタンレー証券に就職(現在の三菱東京UFJモルガン・スタンレー証券)。2008年には、当時渋谷にオフィスがあったグーグルのマーケティング担当者として入社し、 2012年からロンドンオフィス、2014年からはカリフォルニアの本社に勤務した。
グーグル退職後はメルカリに転職しアメリカでの事業展開に参画。現在はカリフォルニア州の会社で、スタートアップに対して市場進出戦略やマーケティングを支援するシンクタンクの創設メンバーとして活動している。
もともと渋谷区出身の渡部氏だが、今回の社長抜擢のきっかけになったのは渋谷区が募集していた副業人材への応募だった。
渡部氏は2020年夏、コロナを機に日本に帰国していたが、偶然見かけた渋谷区の副業人材に選ばれ、渋谷区のアドバイザーとして海外への広報の助言などをしてきた。その後、渋谷区が新会社社長の人選を進めるにあたり、海外経験が豊富な渡部氏が選ばれたという。
渡部氏は社長就任を機に日本に帰国するといい、現在は新会社の社員や副業人材の採用を進めている。2月下旬の会社設立までには「10人程度」確保する予定だという。
海外のシード期スタートアップ誘致へ
渋谷区グローバル都市推進室長・田坂克郎氏。
撮影:横山耕太郎
新会社が目論むのは、海外の起業家を支援すること。
誘致を狙う企業について渡部氏は、「日本に来る理由が明確な企業」と話す。
「高齢化が進み、地震などの災害も多い日本の社会に対しては、シニアテックや防災に関するテック企業は興味を持っている。実際に海外で生活していると、日本の市場に期待する人は多い」
また渋谷区グローバル都市推進室長・田坂克郎氏も「渋谷でのゼロイチの起業はもちろん、海外のシード期・アーリー期の企業の誘致を目指したい」と話す。
なお、新会社では、すでに規模を拡大しつつある企業が日本に進出する際のコンサル事業での利益や、起業などを支援したスタートアップから未公開の株式を取得することで収益を上げていく予定だという。
「あくまでVCのように投資に特化するわけではないので、VCのように大きな比率の株を取得することは考えていない。収益化するまでには時間がかかるとは思いますが、株を取得することで長期的に支援していきたい」(渋谷区・田坂氏)
また今後は、他の企業からの資金調達も目指すという。
渋谷・ビットバレーをもう一度
渋谷はかつてビットバレーと呼ばれた。現在もGMOやサイバーエージェントなどのIT企業が本社を構える。
撮影:今村拓馬
1990年台、渋谷は「ビットバレー」と呼ばれ、ITスタートアップが集積するエリアとして知られていた。
ただ、国際的に見れば、スタートアップを育む土地として渋谷を含む東京の知名度は高いとはいえない。
米民間調査・スタートアップ・ゲノムなどが発表した「Global Startup Ecosystem Report 2022」によると、スタートアップを育てるエコシステムが整っている都市は、1位:シリコンバレー、2位:ロンドン、ニューヨーク、4位:ボストン、5位:北京、6位:ロサンゼルス、7位:テルアビブ、8位:上海、9位:シアトル、10位:ソウルの順だ。
欧米の都市が上位を独占し、東京は12位にとどまる。
渋谷区が開催した記者会見では、企業と行政が連携してスタートアップ育成プラットフォームの例として、ヘルシンキのMaria01(年間180社を支援)、サンディアゴのAtartuo Chile(約2200社を育成)、ストックホルムのSting(累計338社を育成)を紹介。
それぞれの都市の支援先の企業価値の合計は20億ユーロを超えており、1ユーロ=140円で計算すると、2800億円にのぼる。
一方で新会社・シブヤスタートアップスの資本金は1億7000万。限られた資金で今後、どこまでスタートアップの誘致・育成につなげられるのかは、まったく見通せない。
住民税で民間支援の限界
渋谷区の長谷部健区長も記者会見に参加した。
撮影:横山耕太郎
また渋谷区がどこまで民間企業を支援できるのか、その限界もある。
新会社の会見で、渋谷区の長谷部健区長は次のように発言した。
「渋谷区は住民税収で、住民サービスを主に仕事しています。住んでる人と働いている人が一致してれば非常にそのサポートもしやすいんですが、住んでる人よりも働いてる人がたくさんいる自治体。そこにどこまでのサポートができるかは大きな課題だ」
今回の新会社が民間3社からも出資を募る形を採用したのも、区の枠組みを越えた取り組みにする狙いがある。
目下、岸田政権も「スタートアップ育成5か年計画」として、投資額10倍増を目指すと表明。海外に比べ遅れているスタートアップ支援を加速する姿勢を示している。
欧米諸国の都市がスタートアップのエコシステムを確立し、ユニコーン企業を続々と生み出している中で、地方自治体、そして国の取り組みが問われている。