日銀・植田新体制を理解するための「4つの論点」。では、黒田体制とは何だったのか…

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黒田東彦日銀総裁が2期10年の任期を終え、後任に東京大学名誉教授で共立女子大学教授の植田和男氏が起用される見通しとなった。

REUTERS/Issei Kato

政府は4月8日に任期満了となる黒田東彦日銀総裁の後任に、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示した。衆参両院の同意を経て内閣が任命することになる。経済学者出身の日銀総裁は戦後初だ。

これまで本命と言われ、事前の報道でも政府からの打診が報じられた雨宮正佳副総裁は「今後の金融政策には新しい視点が必要」との考えから固辞したという。

副総裁には内田真一・日銀理事、氷見野良三・前金融庁長官が指名された。やはり衆参両院の同意を経て、総裁に先立つ3月20日に就任する。

4月9日の正式発足を前に、植田新体制をめぐる論点について、Q&A方式で整理しておきたい。

【Q1】植田新体制はタカ派?ハト派?

植田新体制をタカ派・ハト派という安易な二項対立に当てはめるのは、適切な理解の仕方とは言えない。

※タカ派とハト派……物価安定を重視し、金融引き締めに積極的な(利上げなどの)政策を支持するのが「タカ派」。一方、景気を重視して金融緩和に前向きな(利下げや資産買い入れなどの)政策を支持するのが「ハト派」。

現行の政策枠組みに対して植田氏が所感を示した日本経済新聞コラム『経済教室』(2022年7月6日付)には、「多くの人の予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要」との記述があり、そのため現時点では、緩和路線に慎重なタカ派との評価が先行している感じがする。

しかし、すでに数多くのメディアが報じているように、ゼロ金利政策の長期化を約束することで金融緩和の効果を高める「時間軸政策(フォワードガイダンス)」のような非伝統的政策の理論的支柱を担ってきた経緯を踏まえれば、タカ派的思想に支配された人物ではないのは明らかだ。

速水体制の2001年3月に量的緩和政策導入に反対した経緯も、植田氏タカ派説の根拠として引用されるが、その主張は「意味がないからやらないほうが良い」という趣旨で、結果として黒田体制の10年間を通じてマネーサプライは大して増えず、それに応じて賃金や物価が整合的な上昇を見せることもなかったのだから、当時の植田氏の読みは適切だったと言える。

植田体制は「経済・金融情勢を踏まえ、適時適切な判断をする」という中央銀行の本来あるべき姿に回帰すると思われる。とは言え、黒田体制に始まる現行枠組みの収拾は不可避なので、そのプロセスで「強いて言えばタカ派」というイメージが付いてしまうかもしれない。

それでも、植田氏ほどの経験値があれば、そうした一時的なレッテル貼りも想定済みだろう。

【Q2】植田体制「最初の一手」は?

初会合(4月27~28日)で何が起きるのか、注目度は非常に高い。その大まかな展開を想像すると、政府・日銀の共同声明を見直した後、具体的なステップに進むと思われる。

安倍政権時代の2013年1月に設定された同声明は、「初めて2%の物価安定の目標を導入し、これをできるだけ早期に実現することを目指すとされており、従来の金融政策の枠組みを大きく見直した画期的なもの」(首相官邸)と定義されている。

インフレが進む足元の状況を踏まえれば、物価安定目標を「できるだけ早期に実現」の部分は修正される可能性がある。広義の解釈で乗り切ることも不可能ではないが、(デフレ脱却のために金融緩和で一定のインフレを誘発しようという)リフレ政策からの脱却を示唆したい岸田政権は修正を望むだろう。

中央銀行の金融政策を縛るような声明が政府との間に存在すること自体が不健全なので、筆者としては共同声明を丸ごとなくすのが筋と思うが、市場との摩擦を避けるであろう植田体制はそのような強引なやり方を好まないかもしれない。

植田氏の過去の言動を踏まえる限り、基本的には「異次元緩和を通常緩和へ」というコンセプトの下、軟着陸が志向されるはずだ。

課題は(1)共同声明の見直し(2)イールドカーブコントロール(YCC)の廃棄(3)マイナス金利解除、の3つなので、それらを大きなショックを伴うことなく進めようとするだろう。

最も順当に進んだケースとして、4月会合で(1)、6月会合と7月会合で(2)(3)に着手する展開が予想される。

いずれにせよ、日銀総裁が変わったからと言って日本経済の地力が急激に復活するわけではなく、それゆえにいきなり複数回の利上げが可能になるわけでもない

黒田体制ではリフレ政策の理想追求のために現実逃避の時間が長くなり過ぎた。その逃避していた部分の巻き戻しこそが、植田新体制の最初の仕事になるだろう。

【Q3】黒田体制、最後の会合は「無風」で終わる?

植田新体制に注目が集中する一方、黒田体制にとって最後となる会合(3月9~10日)の注目度はほぼゼロだ。しかし、無風とも言い切れない。

【Q1】【Q2】で述べたような植田新体制の政策運営に対する見方は特段珍しいものではない。程度の差こそあれ、市場参加者の意見集約はおおむね済んでいると言っていい。

問題は、4月以降に異次元緩和の撤収が始まることが分かっている以上、1月会合前に見られたような日本国債をめぐる投機的な動き、具体的に言えば、日本国債の売り圧力が増大する不安があることだ。

現任の内田理事(次期副総裁)が新体制でも執行部に残るので、黒田体制最後の会合も「消化試合」にはならない可能性が残る。実際のところ、「やることが分かっている以上、一会合とて無駄にできない」という視点もあるだろう。

ただし、先述の政府・日銀共同声明を見直すなど、最終会合で今後の政策運営を制約するような動きはさすがに想像できない。それでも、長期金利の変動幅の容認上限を0.5%から0.75%に拡大するなどの措置はあるかもしれない。可能性は高くないが、留意は必要だ。

【Q4】では、黒田体制とは結局何だったのか?

黒田体制は文字通り「金融政策の限界」に挑戦し、その無効性を白日の下にさらしたという意味での功績は大きい。

ここまでやらなかったら、あらゆる社会・経済課題を金融政策で解決できるかのような言説を日本から一掃することはできなかった。現状でもそうした発想が根絶されたとは言えないが、もはやマイノリティだろう。

そして、黒田体制の功績はもう一つある。

日本社会における「円安の受け止め方」を変えたことだ。10年前、円安は輸出を増やさず、海外への所得流出を招くだけと主張すれば、大変な批判を受けたものだ。

しかし、いまや「悪い円安」が流行語大賞トップ10入りするほど、円安のもたらす弊害が広く認知されるようになった。

2022年の円相場急落は、日銀の金融政策だけに帰責するものではない。だが、「円安は日本経済全体にとってプラス」という黒田総裁の繰り返しの発言は、日銀と一般社会の摩擦を間違いなく強めた。

「自国通貨が安くなる恐怖」を社会に浸透させたことで、黒田体制は為替に対する社会規範を変えたとも言えるだろう。

過去10年間におよぶ国債購入の結果、日銀の国債保有額は2013年3月の125兆円から2023年1月の583兆円へと4倍超に拡大し、いまや発行済み長期国債の5割以上を占有する形になっている。

上場投資信託(ETF)の保有残高も同時期に1.5兆円から36.9兆円まで積み上がり、日銀が多数の上場企業の主要株主に名を連ねる異様な光景が広がっている。

2022年には念願の物価上昇が起きたが、その暁(あかつき)には社会が物価高に不満を漏らすという無念な結末が待っていた。

10年間に及び多くの副作用を伴った異次元緩和だったが、肝心のマネーストック(金融部門から経済全体に供給される通貨の総量)は全く加速しなかった。

実際にマネーストックが加速したのはコロナ禍で政府が現金給付をした時だけで、実体経済に流れる貨幣量は直前の白川体制と黒田体制で大した差が生まれなかった。

こうした社会実験とも言える黒田体制下の政策運営を経て生まれる植田新体制は、より地に足がついた政策運営に努めるだろう。

故・安倍晋三元首相の経済ブレーンで内閣官房参与を務めた米イェール大学の浜田宏一教授は、著書『21世紀の経済政策』に収録するため、植田氏にインタビューを打診したものの、「金融政策が効くか効かないかと両者のバランスをとって議論するのではなく、(浜田)先生のように効くと決めつけている人とは議論できない」と断られたという。

こうした発言から、植田氏には直情的かつ直線的な振る舞いではなく、適時適切な判断を期待できるように思える。市場との対話も丁寧に考慮されるだろう。

金融市場では植田体制の誕生を肯定的に受け止めるムードが支配的となっている。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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