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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
いまや小学生の間でもバイラルになっている「それってあなたの感想ですよね?」。この“ひろゆき語”がなぜそれほど広がったのでしょうか。その理由は3つある、と入山先生は指摘します。
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「小学生の流行語ランキング」、堂々の1位
こんにちは、入山章栄です。
前回、前々回と戦争に関する暗い話題が続いたので、今回は少し毛色の変わったテーマを選んでみました。
BIJ編集部・野田
ベネッセが発表した「小学生の流行語ランキング2022」の1位が、ひろゆきこと西村博之さんの「それってあなたの感想ですよね?」でした。
驚いたことに、知り合いの方が小学生の息子に「こういうことをしたらイヤな思いをする人がいるでしょ」と叱ったら、「それってあなたの感想ですよね? 何かそういうデータがあるんですか?」と返されたそうです。しかもこの話を常盤さんにしたら、なんと常盤さんのお宅でも同じようなことがあったと。
BIJ編集部・常盤
うちは7歳と4歳の姉妹なんですが、先日下の娘が泣きながら私のところに来て、「おねえちゃんに『それってあなたのかんそうですよね?』っていわれた~」と訴えてきました。上の娘に「それはどこで聞いてきたの?」と聞くと、クラスの男の子がよく言っているのだそうです。本当に流行ってますね。
BIJ編集部・野田
子どもたちの間でひろゆきさんがこれほど人気になるのは、何か時代の変化と関係があるのでしょうか。
なるほど、面白いですね。僕はひろゆきさんの動画はそれほど見ませんが、彼には昨年、乙武洋匡さんと僕が一緒にやっていたYouTube番組に出ていただいたことがあります。
その後で、僕の文化放送のラジオ番組「浜松町イノベーションカルチャーカフェ」にもオンラインで参加していただきました。
ちなみにその放送はポッドキャストでも聞けますが、ひろゆきさんはエクサウィザーズというAIベンチャーの社長の石山洸さんとともに、テレビではできないような、かなりハイブロウなトークをしてくれました。僕もとても面白かったです。
さて、僕がひろゆきさんの「それってあなたの感想ですよね?」という言葉について思うことは、次の3つです。
1つは、この流行語がYouTubeから出てきたということです。僕たち世代がテレビの影響を受けて育ったのと同じように、いまの子どもはYouTubeの影響を受けながら成長している。だから子どもの年齢にもよりますが、ひろゆきさんの口真似をするのも、ヒカキンの真似をするのも大差ないのかもしれません。
2つめに、「こんなことを言っても許されるのはひろゆきさんだから」、という雰囲気があることです。つまり、ひろゆきさん本人は話してみると分かりますが実はけっこうチャーミングな人なので、ある意味で「ひろゆきさんなら仕方ないなあ」というポジションにいるわけです。
居酒屋トークを経営学的視点で見ると…
そして3つめが、ひろゆきさんの話法はとても論理的だということです。少なくともそう聞こえる。理屈を突き詰めるタイプなので、それが時に屁理屈に近いと感じられることもある。
今日は、この3つ目のポイントを深掘りしたいと思います。なぜなら、このポイントは、私たちの話法のある重要な側面を浮き彫りにしてくれるからです。
それは、考えてみれば、人間の会話のほとんどは「非論理的」だということなんです。注意してよく聞いてみると、私たちの日常会話のほとんどはいい加減で、なんとなくの雰囲気と感覚でしゃべっていることに気づくのではないでしょうか。
かくいう僕も、日常会話はすごく適当に感覚でしゃべっています。ただ一応学者なので、学問の議論をする時には徹底的にロジカルに考えるトレーニングを受けています。経営学は社会科学という科学の一種であり、理論の検証をしなければいけないからです。
さて、ではその経営学者の学術的な厳密さで普通の日常会話を分析してみると、どうなるでしょうか。ちょっとやってみましょう。
例えば、僕が1冊目に書いた『世界の経営学者はいま何を考えているのか』という本には「経営学は居酒屋トークと何が違うのか」という章があります。その内容の一部を引き合いに出してみましょう。
例えば、ある人が同僚と飲みにいって、
「これからは攻めの経営の時代だよ。うちの社長はそれが分かってないよな」
とグチをこぼしたとします。これを経営学的、学者的視点から見ると、それこそ「それってあなたの感想ですよね?」と言わざるを得ません。
なぜなら、まず「攻めの経営」とは何か、が定義されていないですよね。これはすごくふわっとした言葉です。Aさんの言う「攻めの経営」と、Bさんの言う「攻めの経営」は違う可能性があります。
ですから、例えば「攻めの経営とは、企業の利益率がxパーセント以下であっても、yパーセント以上の投資をすることである」というように、きちっと定義する必要があります。そうでないと、学術的な意味で論理的な議論ができないからです。
さらに「これからは攻めの経営の時代」というのも曖昧です。何がどうなったら、これから攻めの経営の時代だと言えるのか。
おそらくこの人は「攻めの経営をしている会社のほうが、そうでない会社より業績がよい」と言いたいのでしょうが、それを厳密に言うには、根拠・エビデンスを示さなければならないですよね。
つまり「利益率がxパーセント以下でも投資をyパーセント以上する企業は、そうでない企業と比較して、5年後の時価総額が高い」というようなことを、きちんとデータとエビデンスで証明できて初めて、「これからは攻めの経営の時代だ」と言えるのです。
ね、面倒くさいでしょう(笑)。でも学問というのはこういうものです。本当に論理的に物事を議論しようとすると、だんだんこういうふうに屁理屈のようになってくるわけです。でもそうやって、徹底的に論理的にしてデータなどで検証していかないと、「それってあなたの感想ですよね」と言われかねないわけです。
BIJ編集部・常磐
普段の会話で言葉の定義にいちいち引っかかっていたら、話が前に進みませんよね。
そうなんですよ。僕から見るとひろゆきさんがやっていることは、そういう普段のふわっとした日常会話に、「ちょっと待った」と言って論理のクサビを打ち込んでいるようなものかもしれない、という印象です。
つまり人間の会話というのは、普段はめちゃめちゃふわっとしていていい加減なのです。そこを論理的な思考や議論がとっさにできる人が突けば、いくらでも崩せるものなんですよ。
それを学者がやるとうるさいだけですが、それをうまくエンターテインメント的に昇華できているのがひろゆきさんなのではないか、というのが僕の理解なんです。そういう面白いものがYouTubeで流れていれば、子どもが真似するのも当然でしょう。
BIJ編集部・常磐
なるほど。入山先生のお話を聞いていて、なぜ小学生の間でこれが流行ったか分かった気がします。大人と子どもで議論をしたら、普通は大人が勝つでしょう。だけど子どもに「それってあなたの感想ですよね?」と言われるとぐうの音も出ない。大人を一瞬たじろがせることができるのが、このフレーズが子どもにウケる理由かもしれませんね。
「あなたの言う感想の定義って何?」
BIJ編集部・野田
こんなふうに子どもにやり込められたら、親はどう返すのがいいんでしょうか。こちらも理論武装をして論破するしかありませんか?
それは親がどうしたいか次第でしょうね。もし親が子どもを論破したいなら、「じゃあ、きみの言う『感想』の定義って何? 定義があいまいだよ」とでも言えばいいでしょうね。大人げないけれど、「あなたは何をもって感想だと言ってるの? これが単なる感想だということを証明してみて」と言えばいい。でも、子どもは泣き出しちゃうかもしれませんね。
でも、子どもに泣かれたら親はどうしようもないですよね。そう考えると結局、人間の最終手段は、やはり論理ではなく感情なんです。だからもし子どもが「感想ですよね」と言い始めたら、「この子はいま意気がっているんだな」と、静かに受け止めるのが大人の振る舞いではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
世の中は論理に欠ける会話があふれていますね。私も編集者として、取材で伺ったことを文字に起こすと、ロジックの弱さに気づくこともしばしば。話し言葉と書き言葉は違うんですよね。
子どもが生意気な口を利くのは成長の証でもあるので、あまり目くじら立てずに見守りたいものです。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。