撮影:伊藤圭
画面の中に、黒いスポーツブラとショートレギンスで全身のシルエットをあらわにした女性が登場した。黒石奈央子(36)、ファッションブランド「AMERI(アメリ)」のディレクターだ。
AMERI の商品をYouTubeチャンネルで黒石が自らコーディネートして、その場で着る定番企画「LOOKBOOK」でのことだ。番組内では10の着こなしを紹介するのだが、他者の前で演じきってしまう照れのなさ、堂々とした立ち振る舞い、ポージングやカメラからすっと視線を外すときのキメ方に至ってはまるで女優だ。
コロナ禍でも年商10億円増の成長
黒石が率いるファッションブランド「AMERI」は国内に4店舗を展開するが、主軸はECだ。
Ameri VINTAGE 公式ウェブサイトよりキャプチャ
アパレルの大量閉店が話題になったのは2020年のことだった。コロナ禍、百貨店やショッピングセンターに出店しているアパレルの店舗が閉店に追い込まれた。その数はアパレル大手メーカー5社の合計だけでも5000件を超えた。
ところが。黒石への取材で示されたのは、同じファッション業界なのかと目を見張る成長曲線だった。2019年には30億円だった年商が、コロナ禍を挟んだ22年、44億円に伸びたというのだ。AMERI。20〜30代の女性をターゲットにしたファッションブランドだ。
2014年に生まれたAMERIは「NO RULES FOR FASHION」というコピーを掲げ、モード、カジュアル、フェミニンなどあらゆるカテゴリーをジャンルレスに内包したファッションを提案している。ECを販路の主軸にしたビジネスモデルでパンデミック下も売り上げを伸ばした。
黒石はAMERIを運営するB STONE株式会社の創業社長だ。ブランド名の由来は企業秘密らしい。
9年前、27歳のとき、中古のブランドバッグやアクセサリーを扱う会社を経営する友人から、「おしゃれなヴィンテージショップをやってよ」と頼まれた。
自分でブランドを持つなどと考えたこともなかった黒石が、自分で買いつけたヴィンテージ商品をもとに一からブランドを立ち上げて世界観を表現することができるのなら、やってみたいと思った。
アパレル業界は1990年代から市場の縮小傾向が続いてきた。実店舗売り上げは2014年ごろから回復の兆しが見えたが、パンデミックで再び縮小に転じた。そんな中、ECの利用者数は増えているとはいう。それにしても、このAMERIの成長はファッション業界で驚きとともに受け止められている。
ファッションジャーナリスト・軍地彩弓は業界やブランドビジネスに精通している。その軍地が、黒石と対談を行った後、「従来の常識に縛られず、自分がやりたい道を軽やかに選び取っている。その自由さは羨ましいほど」と語った。
黒石の常識に縛られないやり方とは、一体どういうものなのか。
インフルエンサー任せに疑問
「インフルエンサーが着れば購買者が増える」といった単純な発想に、黒石は疑問を抱いてきた。
Phiromya Intawongpan / Shutterstock.com
黒石は立命館大学経営学部を卒業後、新卒で東京のアパレルメーカーに就職している。
20代向けのブランドでVMD(ヴィジュアルマーチャンダイジング)を担当していたが、ブランドの運営に疑問があったという。
その頃、アパレル業界では若いギャル向けブランドでよく取る手法として、インフルエンサーをプロデューサーに据えるというやり方が主流だったが、黒石は心の中で「そんなやり方で売れるわけがない」と思っていた。
インフルエンサーに似合うものと自分が着こなせる服は同じではないことを若い女の子たちは分かっている。プロデュースとはどういうことかを理解していないインフルエンサーにブランドを任せるやり方では売れるわけがないという思いがあった。
だが強く働きかけるのは一社員に過ぎない自分の役割ではない。この頃の黒石は特に野心家だったわけでもない。むしろ、これからどうしていこうかと将来に悩む日々を過ごしていた。
その黒石が、たまたま知り合いに「ヴィンテージショップを任せたい」と言われたことをきっかけに、自分でブランドを持って世界観を表現できる可能性に気づく。そして、「このアイデアは面白そうだ」と思った。
それから9年、30万円しか貯金のなかった黒石が、今では年商44億円のアパレル企業の社長になってしまった。
「定番」はつくらない
撮影:伊藤圭
前職で疑問に思ったことの一つひとつをAMERIに反映させたと黒石は言う。
自分でブランドを運営するにあたり、黒石は自身が「ふつう」であることを武器にした。例えば、定番はつくらない。ワンシーズンに商品化できる型数は限られているから、女性客が飽きないように常に新しいものを作る。
「定番をつくれば一定の売り上げが見込めると男性の幹部社員は発想しがちです。でも、それは自分たちの売り上げ確保を優先していて、女性が服を選ぶ楽しさや着る喜びを想像できていません」
商品化にあたっては、常に黒石が服を買う女性の側に立って感性を研ぎ澄ませる。デザイナーが作ったサンプルに、黒石が最後に魔法の粉をふりかけるかのようにときめくエッセンスを加味する。その一手間は商品からコミュニケーションまですべての工程に行き届いている。
自社のYouTubeチャンネルでは、商品開発会議での値段を決める赤裸々なトークや、新作見本の検討会でのデザイナーとの丁々発止のやりとりなど、ブランド運営の内側を惜しまず見せる。ブランドを始めたときから一貫してこの手法を取っている。
AMERIは現在国内に4店舗のリアル店舗を運営しているが、売り上げの7割はEコマースだ。つまり、SNSや動画配信で服の魅力とブランドの世界観を伝え切れるかどうかはファンの心をつかむ鍵となる。
黒石が自身をモデルに商品の魅力を伝え尽くそうと考え抜いた結果の一つ、それが、冒頭に紹介したLOOKBOOKの形だったのではないか。だが、それにしても、「伝える」ことにここまで徹するのかと、その覚悟に驚かされる。
タレントを起用するのではない。黒石自らがAMERIのインフルエンサーとなって、自信にあふれたライフスタイルを惜しげなく見せ、ファンの共振を起こし、コメント欄には「なおちゃん」の着こなす新作へのときめきが続々と書き込まれる。
ファッションがいちばん好きだった
10万人以上の登録者がいる自社のYouTubeチャンネル上で、自らコーディネートを披露する黒石。
「NO RULES FOR」YouTubeチャンネルよりキャプチャ
20代や30代の女性経営者は珍しくない時代になった。パンデミックに乗じて消費者のニーズや社会課題を解決するスタートアップ企業の取材で若い女性経営者に出会う機会は少なくない。
だが、そんな若い女性経営者たちの中でも、黒石のサクセスストーリーにはとりわけときめきがある。
単にモノを売る行為にとどまらない、自分のためにおしゃれをして生きることへのパッションが女性の心を動かすからなのだろうか。AMERIには、女性がファッションもライフスタイルも自分で選んで生きる楽しさと自由が詰め込まれている。それを体現しているのが、黒石奈央子なのだ。
その黒石は新卒時にファッション業界を選択した理由を「ファッションがいちばん好きだったから」と答えた。次回はファッションに目覚めた少女時代について掘り下げる。