撮影:伊藤圭
ファッションブランド「AMERI(アメリ)」がインターネット上にショップを開業したその日に、300万円分の商品を即日完売したという逸話がある。このエピソードから想像されるのは、その日に向けて創業社長・黒石奈央子(36)がどれほど入念に準備をしたかだ。
知人から出資を受けた500万円を元手に買い付けや準備に走り回るのと同時進行で、黒石は開店までのプロセスをInstagramで公開すると、フォロワーが話の続きを楽しみに待つようになった。
「フォロワーの子たちがインスタに移行してくれて、私が次に何をやるのかをワクワクして見ているのが分かりました。
そこを惹きつけておくのが大事だと思い、この人は一体何をするんだろう、と気にしてもらえるように徐々に情報を解禁する展開にしました。ドラマのようにストーリーを作っていく感じです」
ストーリーで惹きつける技は前職時代に4万人のフォロワーを持ったブログで磨いていた。
いいものを作っても伝えられなければ求める人に届かない。伝える力も込みで価値が測られる時代だ。
なんで売れるか分からなくなったら終わり
黒石が伝えることに長けているのは、どういう工夫によるのか。
撮影:伊藤圭
「私はいつも自分を客観視しているからだと思います。商品サンプルの修正をする時もそうです。
売れるもの、つまりお客様が好きなものと自分が大好きなものが必ずしも同じではないことは経験上分かっています。お客様の好きなものと自分の好きなものが違うとき、なんでだろうって分析するのは、私に染みついた癖です」
少女時代からの「なぜ?」「どうして?」の習慣ですね、と思わず口に出した。
「そうです。でも、分析だけではものは売れません。お客様は常に新しいものを求めていて、世の中にないものをつくり出さないと、惹きつけるブランドにはできません。客観的にかわいくて斬新なものをつくり続けないといけない。
その点で言うなら、私のセンスが加えられるとすれば、斬新さでしょうね。だから、客観的に見てかわいいものに加えて自分の趣味嗜好が入ったものをつくらなくちゃいけないんだと思います。自分がかわいくないって思ったら、愛着も持てないし売る気にもならない。なんでそれが売れるか分からなくなったら終わりなので、自分がかわいいと思う要素を入れることは大事なんです」
徹底して考え抜いているように見える。だが黒石は、自分をごくふつうの人間だと分析した。
「アーティストってぶっ飛んだ人が多いし、この業界でもそういう方もいらっしゃいます。でも私はぶっ飛んでないし、個性的でもない。冷静に物事を見ていると思います。
でも、このふつうの人の気持ちが分かるというのが強みだと思っています。自分がふつうに生きてきたからこそ、一般の人の欲しいものが分かるところがある。だからこそ商品を客観的に見られて、そこにちょっとだけ自分の個性をプラスすることができるんだと思う」
確かに28歳までの黒石は、彼女の言う「ふつうの人」だったかもしれない。だが、アパレル企業の社長としてリアル店舗のスタッフを合わせると60人以上の社員を率いる今、「ふつう」の36歳の人生からは踏み出してしまった。
しかし同時に、現在立っている姿もどこか「ふつう」に見せてしまう気配が残るところに、黒石の不思議さはある。
「自分は大阪人だからケチ(笑)」
2021年からは会員制サービスを開始。ゴールドプランにおける年会費は2万2000円と高額だが、さまざまな特典を得ることができる。
Ameri VINTAGE公式サイトよりキャプチャ
経営学部出身であることと起業したことにつながりはない、と本人は言う。あまり真面目な学生ではなかったが、ユニクロやディズニーなどグローバル企業の経営戦略について学んだ授業は今も印象に残っていると振り返った。
起業当初から在庫を持ちすぎないよう受注販売をしてきたのは、資金繰りに余裕がなかったこともあるが、在庫は負債と紙一重だからだ。2021年には「amate」という、会員限定商品の発売や、限定インスタライブ配信、注文ごとの送料無料などの会員制サービスの仕組みを始めた。
黒石は自分のことを大阪人だからケチだと笑う。だから在庫を持ちたくないし、ハイブランドでもないのに定番をつくって飽きられるのは命取りだと言う。このような自分の背丈に合ったところから好きなファッションをブランドとして育てていった実業家・黒石を支えるもう一つの要素として、あるいは自営業の家庭に育った計数感覚もあるかもしれない。
仮に大手アパレル企業やスタートアップ向けのファンドが黒石を発見していたとして、企業が黒石に求める売り上げは、本人が自分で捉え切れる感覚を超えた数字になる可能性がある。実感を超える売り上げのためにかわいい服をつくることは果たしてできるだろうか。
「AMERIは到底真似できない」
2022年、AMERIは人気メンズブランド「N.HOOLYWOOD」とのコラボ商品を発表した。
提供:B STONE
メンズブランド「N.HOOLYWOOD(N.ハリウッド)」のデザイナーでCEOの尾花大輔は、数年前から周辺でAMERIと黒石の評判を耳にするようになった。共通の知人に引き合わされて食事をしたとき、黒石からブランド運営について謙虚な姿勢でいくつもの質問を受けたことを記憶していた。
「まるで同じ業界の後輩が先輩に対して聞くような感じでした。その姿勢には、すごく不思議な、いい意味での違和感がありました」
その後、尾花の展示会に訪れた黒石は熱心に商品を見て回った後、後日、今度はデザインチームのスタッフを引き連れてやってきて、さらに熱心に商品を見尽くし、コラボレーションの申し込みをしてきたという。
小柄な黒石がN.HOOLYWOODの服に袖を通すと、男性向けにデザインした服がまったく違う表情を見せる。その黒石の着こなしように魅力を感じ、尾花はコラボを快諾した。N.HOOLYWOODの男性向けのパターンを変更せず、AMERIのデザイナーチームが独自のテキスタイルを選んで組み入れた。
しかもAMERIはね、と尾花が思い出し笑いをした。
「普段、僕らは一度売り切ったらそれで終わりにするんですけど、彼女たちは、コラボ商品がすごく人気でお客様から要望があるから追加発注をしたいというんですよね。ニーズに応えたいというストレートな想いが気持ちいいと思った」
尾花は黒石より一回り先輩の世代だ。高校時代にアメカジの古着に出合ったことがきっかけで20代の終わりに自分のブランドをつくった。その尾花と黒石がブランドをつくった経緯には少し重なるところがある。尾花は、黒石と知り合う前後でAMERIについて一定の研究をした結果、到底真似ができるものではないという結論に至ったという。
「コロナ禍で僕らはこれまでのファッション業界の常識を問い直す機会を得ることになったわけです。AMERIは地道にECやSNSをコツコツと展開し、そこに世界観を乗せて表現してきた。これは見せられてみれば、ああ、そういうことなんだな、と頭で理解することはできる。
でも、実際のAMERIはあらゆる細部に目配りが行き届いた集合体としてできている。簡単に真似しようと思っても、まずできない。おそらく、大資本のアパレル企業ほど真似したいだろうが」
なぜなのか。それは彼女でないとできないことだからですよと、尾花は半ばため息を漏らした。
「ファッションに対するエネルギーというか、なんと表現していいのか分からないような何かとても強くて熱いものが黒石さんの中にあって、それが溢れるように飛び散っている。それがAMERIなんだと思う。あれは黒石さんでないとできない。でもそれが何なのかは僕にも分からない」
最終回では、大きくなった組織のマネジメントについて話を聞く。