アパレルブランドを展開するSOLIT代表取締役の田中美咲さん(左)と、ファッション・クリエイティブ・ディレクターの軍地彩弓さん(右)。
撮影:伊藤圭
1月26日、27日の2日間にわたって行われたBusiness Insider Japan主催のアワードイベント「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンドミレニアルズ) 2023」。
「多様な人も、地球環境も、誰もどれも取り残さない」を掲げ、アパレルブランドを立ち上げたSOLIT代表取締役の田中美咲さんと、ファッション・クリエイティブ・ディレクターとしてアパレルやクリエイティブの未来を見据える軍地彩弓さんが登壇。
「服で『オール・インクルーシブ経済圏』をつくる、アパレルブランドの挑戦」をテーマに、日本のファッションの未来について考えた。
「インクルーシブ」と言っても簡単には実現しにくい
—— 田中さんが手掛けている「SOLIT!」とはどんなブランドですか?
田中:服の部位ごとにサイズ・仕様・丈を自分で選べるのが一番の特徴です。
障害の有無やセクシャルマイノリティ等に関係なく、“自分で選べること”を一種のファッションの民主化と捉えています。服に対して人が合わせるのではなく、人に対して服を合わせる手法を採用しました。
アパレルブランドが大量に生産するからこそ価格が下がって買いやすくなるという方もいます。一方で、大量生産の服にフィットしない層も存在します。
また、私たちは廃棄をしないように必要な分だけつくる、受注生産を行っています。
服にも長く生き続けてほしいと思って、リペア・リメイクを進めたり、「Dead Stock Marche」(やむをえず抱えた規格外の製品を、大切に使ってくれる人に届けるためのブランドの枠を越えた販売会)を主催したりもしています。
司会進行は、Life Insider 編集チーフの野田翔(写真左)が務めた。
撮影:伊藤圭
——軍地さんはSOLIT!が販売しているバッグ(All inclusive bag)に注目しているとのことでしたが、どんなところに着目されましたか?
合計9つのポケットが取り付けられている、SOLIT!のAll inclusive bag。目の見えない方、見える方、手に麻痺がある方とともに、「取り出しやすさ」などを検証してポケットのサイズ・位置・数を設定した。
提供:SOLIT
軍地:実は、私はよく物をなくすんです。このバッグはどこに何を入れたかが分かりやすく、使いやすい工夫がたくさんあって良いと思いました。バッグができる過程も興味深いですよね。いろいろな方にインタビューされたとか。
田中:そうですね。例えば視覚障害がある方からは、いつもバッグに何を入れたか分からなくなると聞き、見えなくてもどこに何があるかが分かるバッグを作りたいと思いました。
軍地:どんな人にとっても使い勝手が良い、というのが素敵ですよね。「インクルーシブ」と言っても簡単には実現しにくいものですが、それを実現している例だと思います。
──SOLIT!の製品は1600通りまでカスタマイズができるそうですね。どのような組み合わせが可能なのでしょうか。
田中:右袖、胴体、左袖それぞれについて、サイズや丈、形を自分で組み合わせられます。
例えば、左右の胴体が非対称である体つきの方でも着やすくなり、購入後にご自身で調整する必要もありません。
——軍地さんは、この仕組みについてどう思われましたか?
軍地:すごいですよね。服のサイジングについては日本では特にサイズ展開が少なく、そもそもワンサイズしか取り扱っていないブランドもあります。
その背景には、効率や利益を上げるために原価を抑え、同じパターンで作り出す大量生産・大量消費の考え方、そして全体の標準値に合わせて作る考え方があったと思います。
しかしSOLIT!がターゲットとするのは、標準だとされるものには当てはまらない方々。今まで届かなかった方に適切に服を提供することこそ、新しいマーケティングだと思います。これまでのアパレル業界の考え方では、なかなか踏み込めなかったことですね。
みんなで「ハッピーと負担」をシェアする
撮影:伊藤圭
──2023年1月に公開した「SOLIT ステークホルダーマップ」について教えてください。
田中:私たちの活動におけるさまざまな関係者を想像し、それらが健全に生き続けるための意思決定をするために、独自の「ステークホルダーマップ」を作成しました。人間、そして人間以外も含めた、SOLITに関わる人やもの全てをステークホルダーとしてマッピングしています。
——このようなマップは、一般的なアパレル企業でも存在するのでしょうか。
軍地:見たことがありません。このマップは、アパレル業界で一般的とされるステークホルダーの概念の外側にあったものも全て含まれていますよね。
近年は「B Corp認証」のように、トレーサビリティ(いつ、どこで、誰によって、どのように作られたのかという記録を残して、ものの動きの最初から最後までを後から確認できる状態にすること)を取る流れが大きく、その中ではマップに描かれているような全ての関係者のウェルネスやハッピーになっているかを指標化することもあります。
この考え方はさらに広げていくべきですよね。
SOLITのステークホルダーマップでは、左半面が人間に関すること、右半面が人間以外に関することがマッピングされ、その関係は大まかに線対称に位置付けられている。
提供:SOLIT
——関係者をハッピーにという点では、工場の方へのヒアリングもされています。どんなことを聞いているのですか?
田中:工場でのCO2の排出量や水の使用量の確認もしますが、そこで働く人自身の仕事のやりがいは何か、また本当はどのようなものを作りたいと思っているのかなど、Zoomをつないで一人ひとりと30分程度の対話を行ってきました。
——これもなかなかできないことですよね。
軍地:そうですね。残念ながら、工場で働く一人ひとりの幸せから、ものづくりの最先端の部分にまで目を配るという発想は今までのアパレル産業にはあまりありませんでした。
過去には、バングラデシュの首都・ダッカにある縫製工場が入った複合ビルが崩落し、そこで働いていた多くの方が亡くなった「ラナ・プラザの悲劇」と呼ばれる事故もありました。
「働いている人がハッピーでなくては、服もハッピーにならない」という思想を田中さんも持っていると思います。
——生産を依頼している工場の方と協力して、より良い作り方についても試行錯誤をされているのですよね。
田中:はい。本来、工場は大量に発注したほうが儲かりますが、SOLITはカスタマイズ性が高い服のため、一着ごとにどのように縫うべきかを考える必要があることから、丸縫い技術の伝承になるという側面があります。
つまり、働く人を教育する仕組みとしてSOLITを活用してくださっているので、受注した仕事を行うというよりも、学びとして受けてくださる部分が大きいです。
軍地:特に地方の工場では、日本人の後継者がいなくて外国人研修者を採用して、やっと工場が回っているところもあります。
しかしそれもコロナ禍で止まってしまい、地元の若者を育てる必要が出てきているという背景もあると思います。
その分、生産には時間がかかりますが、SOLITは消費者に対しても(商品が手元に届くまで)待ってもらうことを、しっかり伝えながら進めている印象ですね。
田中:「為替の変動に合わせて商品の価格を少し高めにします」と事前にお願いしたり、製造に時間をいただく分、生産者側への一方的な負担も減っていることを伝えるなど、みんなで負担とハッピーをシェアして、成り立っています。
「大量生産・大量消費」から「適正生産・適正消費」へ
撮影:伊藤圭
——ファッション産業はこれからどうあるべきでしょうか。
軍地:大量生産すると大量に無駄をつくることに、皆がすでに気づいています。
解決のためにリメイクをしたり、循環させたりする発想は大事です。一方で、そもそもの製造過程を見直し、必要な人に必要な物を届ける適正生産、適正消費の流れが本筋だと思います。
その中で田中さんの取り組みは原点回帰なんですよね。
オートクチュールのようですが、それをできるだけ多様な人がハッピーになれる仕組みでやろうとしていると思います。ただ、オートクチュールはコストがかかるので、SOLITについても、稼ぎ方を工夫されているんですよね。
田中:服単体のビジネスだと正直なところ利益がたくさん出ているわけではなく、持続的ではありません。
しかし、SOLITの開発は企画段階からさまざまな方を巻き込んで進めていて、この手法はデータを含めてオープンにしているため、企業(toB)向けに、コンサルティング、アドバイザリングとしてのビジネスも同時進行しています。
——クローズドにしないで、共有知をつくるイメージですね。平等であるという意味では「Web3.0」の考えにも通じる気がします。
軍地:そうだと思います。SOLITは株式の考え方も面白く、「やさしい株式」による資金調達をされていますね。
田中:全ての意思決定は株主のためではなく、ステークホルダー全員のハッピーのためにあるというスタンスで行っています。株主は、それを理解した上で入ってくださったとても素晴らしい方々です。
軍地:人と人が関わる、資本主義と社会主義の真ん中のような仕組みで面白い発想だ思いました。地に足がついた事例だと感じています。
—— 最後にメッセージをお願いします。
田中:多様な人も地球環境も、ともに考慮されているオールインクルーシブな社会を実現したいと思っています。皆さんに少しでも時間、体力、お金があれば、何らかの形でSOLITに関わってくださると嬉しいです。
軍地:田中さんのような方たちが出てきて、柵のない社会を作っていける、実力で生きていける令和の時代はハッピーだと感じています。消費者側は、商品を購入したり、SOLITのことを周りに伝えるなどして、応援することができます。そうやって輪が広がると、同じように考えて挑戦する方がどんどん出てくると思うんですよね。ファッションの未来のためにも応援していますし、期待しています。