「墜落」するロシア財政。過去最大の赤字にプーチンはどう向き合うか

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領。2023年2月9日撮影。

Sputnik/Mikhail Metzel/Kremlin via REUTERS

ロシアの財政のほころびが大きくなっている。2022年12月の連邦財政収支は3兆8632億ルーブル(約6兆9600億円)の赤字となった(図表1)。近年、ロシアの連邦財政収支は12月になると赤字になっていたが、2022年の赤字幅は過去にない規模となった(※)。続く2023年1月の連邦財政収支も1兆7600億ルーブルの赤字と、1月としては異例の赤字幅を記録した。

※編集部注:筆者が確認した1995年1月以降、12月は単月で過去最悪の赤字

ロシアの連邦財政収支

出典:ロシア財務省

年末年始にかけてロシアの財政収支が急速に悪化した主因は、歳出の増加にある。ロシアの連邦政府の歳出(3カ月移動平均値)は前年比45.3%増と、伸びが急加速した(図表2)。インタファクス通信によると、アントン・シルアノフ財務相は、1月に歳出が急増したのは予定した支出を前倒しで実施したためだ、と説明したようだ。

とはいえ、歳出はロシアがウクライナに侵攻した2022年2月以降、着実な増加トレンドを描いている。そのけん引役は、ウクライナとの戦争で急増している軍事費だと考えられる。また財政による景気下支え策(いわゆる「子ども手当」の支給や最低賃金の引き上げなど)の実施も、歳出の増加につながっている模様だ。

低迷する石油・ガス収入

ノルドストリーム1

ドイツ・ルブミンの工業地帯にあるパイプライン「ノルドストリーム1」。2022年8月30日撮影。

REUTERS/Lisi Niesner

他方で、歳入の伸び悩みも財政収支の悪化につながっている。

歳入(3カ月移動平均値)は2022年7月に前年割れし、それが10月まで続いた。11月には前年比プラスに転じたものの、2023年1月は1.1%増と前月(11.4%増)から失速が顕著となった。

歳入の細目を確認すると、いわゆる「石油・ガス収入」の低迷が顕著だ。この石油・ガス収入とは、石油・ガス企業に対する課税収入を意味する。ロシアにとっては、歳入の約4割を占める、ロシア財政の「命綱」である。この石油・ガス収入(3カ月移動平均値)が2023年1月には前年比14.2%減と、2022年9月以来となる前年割れに陥った。

石油・ガス収入が低迷している理由は、まず原油価格の低迷にある。

後述するように、ロシア産の原油価格は国際価格に比べてかなり低い水準にある。そのため、中国やインドなどの新興国に輸出をしても、利益が増えにくいのだろう。天然ガスに関しても、主要市場であるヨーロッパ向け輸出が低迷している影響が濃いと考えられる。

歳出と歳入の動き

出典:ロシア財務省

財政赤字補填のために予備費の切り崩しが進む

ロシア・モスクワ中心部、赤の広場。

ロシア・モスクワ中心部、赤の広場。

REUTERS/Evgenia Novozhenina

財政赤字を埋めるためには、国債を発行することが有効な手段だ。しかし、ロシアの外貨建て国債は、欧米による経済・金融制裁を受けて2022年6月にデフォルトに陥ったため、先進国の投資家による購入はまず望めない。ルーブル建て国債は引き続き発行されているが、国内の貯蓄率が低いため、市中での消化には限界がある。

中銀が国債を買い支える方法もあるが、インフレ圧力が高まるため、容易な決断ではない。流通市場(※)での買入ならさておき、発行市場での買入まで行われると、政府の財政規律が失われるとともに、中銀の通貨発行に歯止めがかからなくなるため、インフレが加速する。国民の生活を脅かす高インフレなど、政府と中銀にとって受け入れがたい。

※注:流通市場と発行市場: 発行市場とは、政府が国債を発行した際に、投資家が政府から直接、あるいは金融機関の仲介の下で、国債を購入するための市場。流通市場とは、すでに発行された国債を投資家の間で売買する市場。

中銀の債券保有高は2022年1月時点で9721億ルーブル、うち国債が占める割合は26%だった。最新の11月時点の債券保有高は9923億ルーブルだが、残念ながら内訳が公表されていないため、そのうちどの程度が国債かは確認できない。国債の割合が上昇した可能性もあるが、それだけで中銀が国債を買い支えているとはいいがたい。

基金で積み立てたゴールドにも手を付けたロシア

こうした中でロシア政府は、国民福祉基金と呼ばれる財政の予備費を切り崩し、財政赤字を補填している(図表3)。インタファクス通信によると、ロシア財務省は2023年1月、財政赤字を補填するために、国民福祉基金に積み立てていた金(ゴールド)を初めて売却した。また人民元も売却し、総額で385億ルーブルを国庫に繰り入れたという。

ロシアの予備費の推移

出典:ロシア財務省

国民福祉基金の規模は2023年1月末時点で10兆8076億ルーブルと前月から3730億ルーブル増加した。しかし名目GDP(国内総生産)比は7.2%と前月から0.6%ポイント低下し、実態としては減少に歯止めがかからない状況である。開戦前は10%程度だったことから、1年間で3割近く、国民福祉基金は縮小したことになる。

プーチンがロシア財政に「切れるカード」はますます狭まった

2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以降、ロシア産の原油価格(ウラル原油価格)は、国際指標であるブレント原油価格に比べて低い状態が続いていたが、足元で一段と価格が下がっている(図表4)。原油の需給の緩和に加えて、日欧米が年末年始にかけてロシア産の原油と石油製品に対して価格の上限を設定したためだ。

ブレント原油とウラル原油価格の推移

出典:ロンドン国際石油取引所、ロシア証券取引所

ウラジーミル・プーチン大統領が2022年12月に署名した2023年の国家予算案では、ウラル価格がバレルあたり70.1ドルと想定されている。しかし足元のウラル原油価格は60ドル前後で推移しており、2023年の予算案の想定価格を10ドル程度下回っている。このままの価格水準ではロシアの財政は立ち行かないことになる。

石油産油国機構(OPEC)加盟国とロシアなど非OPEC加盟国から構成されるOPECプラスは2022年11月から2023年まで、価格維持のため日量200万バレルの減産をする。さらにロシアは3月から約5%、日量50万バレルの減産に踏み切る。要するにロシアは、原油の需給を一段と引き締めて価格を引き上げ、歳入を確保したいわけだ。

ウクライナと戦争が続く以上、軍事費を削減することはできない。軍事費以外の歳出を減らせば、国民の不満が高まることになる。

一方で、財政赤字を補填する予備費は着実に減少している。財政の持続可能性を高めるためには、石油・ガス収入を増やす必要がある。そのためロシアは、先述のとおり価格を引き上げるために追加で減産する。

経済・金融制裁が科されているにもかかわらず、一部のロシア企業には、いわゆる「反射的利益」(法的措置が科されることで間接的に生じる利益)が生じており、そうした企業への課税で歳入がカバーされている可能性も指摘されている。しかし、それがかなり限定的だからこそ、ロシア政府は原油価格の引き上げに注力するのだろう。

ロシアに懸念される「本格的な戦時経済化」

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2022年5月、モスクワ戦勝記念日パレードの様子。

Sputnik/Mikhail Metzel/Kremlin via REUTERS

戦争の予期せぬ長期化を受けて、ロシアの財政のほころびは着実に大きくなっている。だからといって、ロシアの財政はすぐに破たんに向かうわけではない。ロシアはすでに、軍事費のねん出を最優先するかたちに、財政・経済のシステムを組み替えつつある。つまり、ロシアは徐々に戦時経済の道を歩んでいるわけだ。

石油・ガス収入に余裕があればまだしも、余裕がなくなった場合、ロシアは軍事費をねん出するため、他の歳出を抑制せざるをえなくなる。また歳入の減少は、発行市場も視野に、中銀による国債の買入で補填する。インフレ圧力が高まるが、配給制を導入することでそれを抑え込む。こうなると、ロシアは本格的な戦時経済と化すことになる。

このシステムの下でも、数年はロシアの財政・経済を維持できるだろう。しかしこのシステムは、戦争に伴うコストを民間部門に、そして将来世代にしわ寄せさせる。持続可能とはいえない。

確実なことは、戦争が長期化すればするほど、ロシアは戦時経済の道を突き進むことになる。そして、国民の生活がますます疲弊していくことは避けられない。

(※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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