撮影:加藤肇
宮崎県都城市に本社と工場を構え、「黒霧島」や「赤霧島」などの本格焼酎で知られる霧島酒造。
売上高は約584億円(2021年度)、焼酎製造量は年間約5000万本(一升瓶25度換算)という国内有数の酒造メーカーだ。
同社が、持続可能な焼酎造りを目指して2021年11月に策定したのが「KIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLE」と名付けられた全体構想。
焼酎製造の副産物を廃棄してしまうのではなく、エネルギーへと変換して有効利用し、工場・事務所のCO2排出量を2030年度までに実質ゼロにすることを目指している。
提供:霧島酒造
この構想のキモは、九州産のさつまいもを原料として芋焼酎が造られ、その副産物である焼酎粕がエネルギーを産み出した後に、堆肥となって地域の畑へと還っていくという“循環”にある。
その現場を見るべく、今回、宮崎県の工場と本社を訪れた。
焼酎造りに欠かせない2種類の微生物
芋焼酎の原料であるさつまいもを蒸す工程。鮮やかなオレンジ色が特長のこのさつまいもは「茜霧島」に使われる「玉茜(タマアカネ)」という品種だ。
撮影:加藤肇
この循環のさまざまな段階では、私たちの目には見えない無数の微生物たちが活躍している。では、一体どのような働きをしているのか?
KIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLEの循環の流れを最初から追っていこう。
二次仕込みを行なっている醸造タンク。醸造の現場というと酒蔵のような場所をイメージしていたが、スケールがまったく違っていて面食らった。
撮影:加藤肇
まずは芋焼酎の製造工程を簡単に見ておこう。
芋焼酎の原料はさつまいも、米、水だ。これに加えて、重要な役割を果たすのが麹菌と酵母菌という2種類の微生物。
麹菌は米やさつまいものデンプンを糖に分解し、酵母菌はその糖を栄養源にして増殖しアルコールと二酸化炭素を作り出す。ここまでが芋焼酎のもととなる二次もろみを造る工程となる。
二次もろみから焼酎を取り出す蒸留の工程。写真中央に並ぶのが蒸留機。
撮影:加藤肇
二次もろみが完成したら、蒸留の工程に移る。
蒸留とは二次もろみを蒸留機の中で沸騰させ、アルコールの蒸気を冷却して、旨味が凝縮した焼酎を取り出す作業のこと。
ここで取り出された焼酎は貯蔵・熟成の期間ののち、ブレンドと割水によるアルコール度数調整などを経て、瓶やパックに詰められて製品として出荷される。
焼酎粕からバイオガスを取り出す
撮影:加藤肇
こうして芋焼酎が完成するわけだが、実はここからがKIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLEの核となる部分。
蒸留が終わった後に残る、有機物を含んだ液体である焼酎粕からバイオガスを生成し、エネルギーとして活用しているのだ。
写真左のドロリとした液体が焼酎粕。
撮影:加藤肇
実際の流れは次の通りだ。
霧島酒造では、1日当たり約850トンもの焼酎粕が排出されている。毎年8月~12月には、これにさつまいもの選別時に1日当たり約15トンも生じる芋くずが加わる。
これらの副産物は工場に併設された焼酎粕リサイクルプラントに運ばれ、スラリータンクと呼ばれる場所で細かく破砕される。
写真奥の背の高い円筒形の建物は、一番右がスラリータンク、それ以外の3つはバイオリアクター。プラント全体では、2基のスラリータンクと8基のバイオリアクターが立ち並んでいる。
撮影:加藤肇
処理された焼酎粕と芋くずは、プラントの心臓部であるバイオリアクターに移される。このバイオリアクターは霧島酒造と鹿島建設によって共同開発された設備だ。
内部には特殊な樹脂でできた筒がびっしりと詰められていて、この筒の内部がバイオガスを生成する微生物たちの生息場所となっている。
バイオリアクター内にはさまざまな種類の微生物が生息しているが、主役はメタノサーモバクターとメタノサルシナという2種類のメタン生成菌。
他の微生物が焼酎粕と芋くずを分解することで生じた水素と二酸化炭素、酢酸から、高い効率でメタンガスを生成する重要な役割を果たしている。
写真右の大きな円筒形の建物が、メタンガスを貯蔵するガスホルダー。
撮影:加藤肇
バイオリアクターで生成されるメタンガスの量は、1日当たり約3万4000立方メートル。これは、一般家庭約2万2000世帯分の電力エネルギーに相当するそうだ。
バイオガスはボイラー燃料と発電に活用
メタンガスの使い道は二つあり、一つは自社工場のボイラー燃料だ。
エネルギーを多く消費する蒸留工程のボイラーで燃料として使用され、本社増設工場と志比田第二増設工場において、それぞれ年間総燃料の60%がメタンガスで補われている。これにより、合計約4500トンのCO2を削減しているのだという。
メタンガスを電力に変換する発電機。
撮影:加藤肇
もう一つの使い道は発電機の燃料だ。ボイラー燃料としてメタンガスを使用できるのは工場の操業時間内に限られるため、主に夜間に発電機を稼働してメタンガスを電力に変換している。
年間の発電量は、約2400世帯分の年間消費電力に相当する850万kWh。大部分は地元の九州電力へ売電しているが、一部は2021年に導入された社用EVの充電などにも使われている。
2021年に導入された社用電動車「さつまいもEV e-imo(イーモ)」。現在は4台が稼働しているが、2030年度までに社用車約130台をEV化することを目指している。
撮影:加藤肇
メタンガスを抽出した後の焼酎粕の処理でも、微生物が働いている。
メタンガス抽出後の焼酎粕は、まず液体と固体に分離される。液体は微生物の働きにより下水道放流基準まで浄化処理され、下水道に流される。
一方、固体は外部の業者の手に渡り、こちらも微生物の働きにより堆肥化される。この堆肥は地域の畑に還元され、一部はさつまいもとなって霧島酒造に戻ってくることになる。
以上が、さつまいもが姿を変えながら循環するKIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLEの全容だ。
「焼酎粕と芋くずは廃棄物ではなく宝」
焼酎粕をどう処理するかは、焼酎メーカーが共通して抱える課題だ。
霧島酒造が焼酎粕リサイクルの取り組みを始めたのは、2002年という非常に早い時期。2006年には、焼酎粕リサイクルプラントを本社工場エリアに建設。当初はバイオガスを焼酎粕乾燥機のボイラー燃料として使っていたが、2012年には焼酎製造でのボイラー燃料としても利用開始。2014年には、バイオガスによる発電「サツマイモ発電」もスタートさせた。
同社が業界の先駆けとなり、設備投資などのコストをかけてまで焼酎粕リサイクルの取り組みを推し進めてきた背景には、「さつまいもを一切ムダにすることなく使い切りたい」という強い思いがある。
霧島酒造株式会社 代表取締役専務の江夏拓三氏。
撮影:加藤肇
「さつまいもは自然からの恵みであり、これまで何度も人類を助けてくれた大切な食材。だから、焼酎粕や芋くずはやっかいな廃棄物ではなく“宝”だと我々は考えています。
焼酎造りにおいてさつまいもの“もったいない”をなくしたいという思いが、KIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLEや環境保護の活動などにもつながっています」(霧島酒造株式会社 代表取締役専務 江夏拓三氏)
今回の取材で印象的だったのは、KIRISHIMA SATSUMAIMO CYCLEを支えている仕組みがとても合理的なことだ。
CO2排出量の削減を実現しつつ、燃料コストの削減や売電収入の確保、さらには地域社会への貢献にもつながっているため、企業として持続可能な取り組みとなっているのだ。
そして同時に、同様の取り組みが焼酎メーカーだけではなく、さまざまな食品・飲料メーカーにも広がってほしいとも感じた。もちろん、実現への道のりは決して平坦ではないだろうが、チャレンジする意義は非常に大きいのではないかと思う。
霧島酒造が推進する先進的なアクションは、これからの食品・飲料業界で新たなスタンダードとなる可能性を秘めている。今後も注目を続けていきたいと思う。
霧島酒造はクラフトコーラと甘酒(どちらもノンアルコール)も販売している。クラフトコーラは黒麹甘酒使用、甘酒は白麹仕込みと、ここでも微生物が働いている。
撮影:加藤肇