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ホンダ発・Ashiraseが挑む「福祉業界」の難題。「バカなこと」と言われてもやる

千野歩氏

Ashirase 代表取締役CEOの千野歩さん。

撮影:伊藤圭

1月26〜27日に行われたBusiness Insider Japan主催のアワードイベント「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ)2023」。

2日目のセッションには、Ashirase(アシラセ)代表取締役CEOで創業者の千野歩さんが登場した。

千野さんは2008年本田技術研究所に入社。約13年間エンジニアとして自動運転システムの研究開発などに携わっていたが、身内の事故をきっかけに“視覚障害者のより安全で自由な移動を実現したい”と活動を始め、2021年4月に「Ashirase」を創業した。

視覚障害者の単独歩行を支援するナビゲーションシステム「あしらせ」を展開し、リアルテックベンチャー・オブ・ザ・イヤー2022ノミネート、グッドデザイン賞2022金賞などの受賞歴がある。

「あしらせ」とはどんなもの?

視覚障害者は歩行中、安全や道順に関わる情報を、保有視力や聴力、白杖、足裏の感覚など、さまざまな部位から取得している。

しかし、入手する情報が多ければ多いほど、それら全てに注意を払うことは難しくなる。結果、安全確認がおろそかになって事故に遭ってしまったり、道に迷ってしまったりするという。

あしらせは、歩行者が安全に集中して歩くことをサポートするツールだ。

Ashiraseの装着例

靴に装着した「あしらせ」。両足の甲と側面、かかとの3カ所、計6つに小さな振動子を装着。そこからの振動によって、目的地までのルートを知ることができる。

撮影:小林優多郎

千野さんによると「足の甲や側面は、身体の中でも顔や手の周りの次に振動を感じ取りやすい場所」なのだという。

スタート時や目的地付近、途中道に迷って進行方向が分からなくなった場合のサポートはもちろん。曲がり角では、振動のテンポや振動部位の組み合わせにより、曲がり角までの距離感と曲がる方向を直感的に伝えてくれる。

足のモーションジェスチャーで操作し、デバイスの自動接続、ボイスオーバーへの対応、お気に入り地点の登録なども可能だ。視覚障害者が使いやすいように設計している。

気になる場所に、気軽に行けるように

あしらせのアプリ

あしらせのアプリ画面。

撮影:小林優多郎

例えば「100メートル先の十字路を右に曲がる」という場合には、まず右足の甲のセンサーが振動する。

交差点まで距離がある段階では、振動のテンポはゆっくりだが、歩いて交差点が近づくに従ってテンポが徐々に速くなる。実際に曲がる場所では、両足のセンサーが振動して曲がるポイントを通知する。

初めに右足側だけ振動するのは、あらかじめ道の右側に寄っておけるようにするためだ。また、曲がり角まで距離があることが分かれば、まっすぐ歩くことに集中できる。視覚障害者が歩きやすく、安全確認に集中しやすい環境を作るというコンセプトだ。

なお、あしらせはあくまで道順を教えるもの。障害物や信号などは自分で判断しなくてはならない。全盲の人でも弱視の人でも使うことはできるが、ある程度単独で歩行できる能力を持っている人を対象にしている。

「今まで、決まった場所に同じルートで行って帰るだけだったけれど、“ちょっと気になるから行ってみたい、でも行ったことがないから行きにくい”ところに、気軽に行ってみようとなるといいなと思っています」(千野さん)

あしらせは購入型クラウドファンディングで販売を始めており、目標金額100万円のところ、イベントを開催した1月27日時点で300万円を突破。3月2日時点で、600万円にまで到達した。

あしらせが目指す世界

視覚障害者の歩行サポートするツールとして期待を感じさせる一方で、あしらせだけで安全面を担保できているわけではないなど、まだアップデートが必要な要素も多い。千野さんもいくつか課題を挙げた。

例えばあしらせは現在、主にGPSなどを使って位置情報を把握しているため、基本的には屋外向けのナビゲーションサービスだ。屋外でも衛星情報の誤差が出やすい場所や高低差が大きい場所は苦手だ。

「例えば、新宿駅南口は必ず2階からスタートするので、どこから地上に降りるのか、実はナビゲーションはあまり案内してくれません。

難しい地形の場所は方向だけを指示して、何とかしてそこから抜け出てもらってから道順でコントロールするなど、できるところからスタートしようとしています」(千野さん)

聞き手はBusiness Insider Japan 副編集長の三ツ村崇志(左)が務めた。「今後は屋内や立体的な構造、さまざまな地形に対応していくことを目指している」と千野さんは話す。

聞き手はBusiness Insider Japan 副編集長の三ツ村崇志(左)が務めた。「今後は屋内や立体的な構造、さまざまな地形に対応していくことを目指している」と千野さんは話す。

撮影:伊藤圭

視覚障害者の移動をサポートする屋内サービスとして、ナビタグという場所情報を読み込める特殊なQRコードを利用する手法や、配送ロボットで活用されているビーコン・Wi-Fiなどを使った測位システムと建物の空間情報を組み合わせた技術を提供する企業もある。

あしらせ単独では難しくても、そういったさまざまな技術を持つプレーヤーと組んで、あしらせが使える場所を広げていきたいと千野さんは意気込みを語った。

「遊園地の中は晴眼の人でも迷いがちですが、視覚障害者は単独ではそういうところに行きにくいんです。

僕らとしては日常的なところはもちろん、非日常的なところでもいかに楽しめるかという観点からの取り組みも、どんどんやっていきたいと思っています」(千野氏)

ビジネスで視覚障害の課題を解決したい

あしらせは、第一弾としてクラウドファンディングによって販売されるが、より広く提供し続けていくには、やはりビジネスとして確立していく必要がある。

千野さんいわく、視覚障害者向けのIT製品は高額なものが多く「40〜50万円が当たり前」。自治体が代金の9割を負担するような、厚生労働省管轄の制度を利用してやっと買えるものが多いという。

「9割補償でも4〜5万円、半額補償だったら20万円といった世界」(千野さん)だ。

製品を自治体に採用してもらおうにも、全国の市区町村全てに広げていくには時間がかかる。

なるべく導入コストを安くして取り入れてもらい、市場規模を大きくしていけるように、あしらせではハードウェアにかかる初期費用を6〜8万円程度にコントロール。専用のアプリの利用料金は月額500円程度になるように進めている。

千野歩さん

撮影:伊藤圭

「視覚障害に限らず、福祉業界はニッチな世界だと思われていて、ビジネスにするには難しいと言われます。スタートアップはただでさえ難しいのに、福祉業界はなおさら難しい。普通の人からしたら『バカなことをやってるな』と思われるでしょう。

5年前に視覚障害者とコミュニケーションし始めた時に、『腐るほど課題があるな』と思いました。例えば居酒屋に行ったら帰り際に靴がなくなってしまって探せない、バスを1つ乗り過ごしちゃうと、どうしていいか分からなくなっちゃうとか、本当に細かい課題もたくさんある。

これまで課題を解決してきたのは社会福祉だったり、人的なものや政府の力がメインだったと思います。それは絶対必要なものだと思いますが、課題の数を考えると、スピード感をもっと上げていかないといけないと思っています」(千野さん)

だからこそ、事業会社というプレイヤーが増える必要があると千野さんは言う。

福祉業界をビジネスで変えていくことは確かに難しい。ただ、千野さんは「もっとできることがあるんじゃないか」と力強く指摘する。

実際、視覚障害者はユーザー体験の良かったお店など、信頼したものに対するリピート率が高い。また、収入は平均としては低いものの、可処分所得が実は健常者よりも高いというデータもあるという。

あしらせがハードウェアやナビゲーションで視覚障害者たちに安心を提供し、彼らから信頼を得る。それができれば、外出行動にまつわる課題を解決していくさまざまなアプリケーションを、SaaSのように提供していけるのではないかと千野さんは語る。

そうやってアップセルが可能になれば、ビジネスとしての成立も見込めるはずだ。当然その過程では、異業種のプレイヤーとの協業も視野に入れていくことになる。

「これは本当に大きなチャレンジなので、もちろん失敗する可能性もあると思っていますが、少なくとも『こういうやり方があるんだな』と思ってくれたプレイヤーがどんどん増えて、いろんな人たちが社会を変えていくきっかけになればという思いがモチベーションになっています。

社会福祉に関われば関わるほど課題を感じますが、非常にやりがいがあります。難しい課題をビジネスの力で解決しようと思う仲間がどんどん増えたら嬉しいですね」(千野さん)

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