なぜ今「ブティックホテル」なのか? 市場創出の仕掛け人、テイクアンドギヴ・ニーズが描く観光業界の未来図

TRUNK HOTEL tsuchibuchi

コロナ禍の打撃を受けた観光・ホテル業界が、水際対策の緩和を受けて息を吹き返しつつある。中でも海外のラグジュアリー層から高く支持されているのが、渋谷・神宮前に位置するTRUNK(HOTEL)だ。

運営しているのは、主にブライダル事業で成長を遂げてきたテイクアンドギヴ・ニーズ。日本で未成熟な「ブティックホテル市場」に注目し、ホテル事業を第2の収益の柱とするべく、2030年までに新たに20店舗以上のホテルを出店する計画を掲げている。

極めて高い目標にも思えるが、確かな勝算があるという。日本の観光・ホテル業界の未来図、そして彼らが展開する新しいホテルの魅力について、テイクアンドギヴ・ニーズ取締役事業開発部長の土渕友美氏に聞いた。

「20年で16倍」に急成長した世界市場と日本の課題

TRUNK HOTEL lounge

TRUNK(HOTEL)のラウンジ。テイクアンドギヴ・ニーズのクリエイティブ専門家集団「アトリエ」がディレクションし、装飾やアートを定期的に入れ替えていくという。この写真では、同社のスタッフがビーチコーミング(砂浜に打ち上げられたものを収集)で集めたゴミをもとにアーティストが制作したシェードを、天井の照明やフロアライトに使っている。

提供:テイクアンドギヴ・ニーズ

広々とした空間に、画一的なソファーやテーブルが整然と並んでいる。ホテルのラウンジと聞くと、そんな光景を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

しかし、テイクアンドギヴ・ニーズの運営するTRUNK(HOTEL)のラウンジは違う。カフェであり、バーでもあり、ミュージッククラブでもありと、従来のホテルとは大きく異なる居心地の良さを持つ。

コミュニティスペースとしても運営されているこのラウンジは、宿泊客以外の利用も可能だ。クリエイターやノマドワーカーなど、感度の高い人々が自然と集まるこの場所は、ローカルの人々をつなぎ、多様な交流を生み出す場所として機能しており、ホテルのコンセプトである「ソーシャライジング」を象徴する空間となっている。

このTRUNK(HOTEL)のように、店舗ごとに一貫したコンセプトを持ち、クリエイティブに徹底的にこだわった独創的なホテルを「ブティックホテル」と呼ぶ。耳新しいと感じる読者もいるかもしれないが、欧米では1980年代に市場が生まれ、この20年で約16倍もの規模に成長してきた。

2000年代に入り、市場はアジア圏にも拡大。近年は中国や香港でも存在感を増してきたものの、日本のブティックホテル市場はまだ確立しているとは言えない状況だ。

テイクアンドギヴ・ニーズ取締役の土渕氏は、その原因を次のように捉えている。

「不動産の所有とホテルの企画・運営が分離している海外に比べると、日本のホテルは不動産の契約形態が賃貸借中心。仮にクリエイティブ力が高いホテルオペレーターがいたとしても、大きな投資コストが掛かるので参入障壁が高いんです。さらにサービス業の地位が低く、多様で優秀な人材が集まりづらいという事情もある。

そうした要因が複合的に絡み合い、ブティックホテル市場が成長しにくい現状になっているわけです。業界を俯瞰すると広義のマーケティングが機能していないことも課題だと考えています」(土渕氏)

TRUNK HOTEL tsuchibuchi

「ホテル業界の未来は、この国の将来に大きな影響を与える」と語るテイクアンドギヴ・ニーズ取締役事業開発部長の土渕友美氏。同社の牽引するブティック市場が拡大するかどうかは、日本の企業やビジネスが時代の変化に対応できるかを示すリトマス紙になるとも言えそうだ。

それを打破していこうとしているのが、テイクアンドギヴ・ニーズだ。

「日本は、世界トップクラスの自然や伝統文化などの観光資源をたくさん持っています。それらを取り入れてクリエイティビティに富んだ良いホテルを数多くつくることで、私たちは日本のブティックホテル市場を盛り上げていける。そう考えています」(土渕氏)

それを裏付ける実績も重ねてきた。

TRUNK(HOTEL)は2017年の開業以来、世界のラグジュアリー層から注目を集め、これまでに数多くの国際的なアワードを受賞。2021年度のADR(客室単価)は6万4035円と、東京圏のラグジュアリーホテルの平均5万3997円を1万円以上も上回る。2023年1月現在では7万円を超えているとのこと。また、ダイレクトブッキング率は日本のホテル全体の平均値25%を遥かに超える70%を記録したという。

ラグジュアリー層の価値観に対応できていない日本

ブティックホテル市場の世界的な成長の背景にあるのは、ラグジュアリー層の価値観の多様化だ。消費者の価値観は近年大きく変化しており、ラグジュアリー層も例外ではない。

ところが、日本で展開されているホテルブランドは、コンサバティブで画一的な店舗運営が主流。「どこでも同じ経験ができる」サービスは安心感をもたらす反面、ラグジュアリー層のニーズの多様化に対応しているとは言えなかった。

こうした状況下で、テイクアンドギヴ・ニーズは2022年5月、価値観が多様化したラグジュアリー層向けのブティックホテルを集中的に開発し、2030年までに新たに26店舗を出店する計画を発表した。

TRUNK HOTEL tomigaya shibuya

渋谷・富ヶ谷に2023年開業予定の「TRUNK(HOTEL) YOYOGI PARK」は、最上階にルーフトッププール(写真)やバーなどを設置。代々木公園を一望しながらリラックスできる贅沢な空間になりそうだ。

提供:テイクアンドギヴ・ニーズ

ラグジュアリー層はこれまで、豪華・高級といった価値観でくくられるのが一般的だったが、いまやその価値観やライフスタイルは幅広く変化している。

「価格帯での分類をこれまでの市場だとすると、私たちは価値観の多様化によって広がって生まれているホテルを新市場と捉えています。その中でも私たちは、高価格帯かつ社会的な意義や意味を付加価値として共感してくれる人々をターゲットに絞り、ホテルを展開していきます」(土渕氏)

トレンドに敏感で常に最先端のモノやコトに触れに行く人々、振り切った刺激や体験、いわゆる「アンノウン(Unknown)」を求める人々。そうした特徴を持つ人々がホテルに期待する体験を想像し、期待を超えるようなホテルをつくっていくという。

その期待の超え方は、ブティックホテルならではの各店舗の個性につながっていく。

「例えば来年オープンする渋谷・富ヶ谷のホテルと2027年にオープンする渋谷・道玄坂のホテルは、コンセプトもデザインもサービスも全く異なります。

将来的にはリゾート地でのホテル開発も展望しており、そこでは地域ならではのコンセプトを持った新しいホテルをつくる予定です。このように多種多様なホテルをたくさん生み出す計画なので、楽しみにしていてください」(土渕氏)

サステナビリティへの取り組みは「自然に取り入れられるかどうか」

テイクアンドギヴ・ニーズのホテルにおけるサステナビリティ戦略を語る上で、欠かせないキーワードが「ソーシャライジング」だ。

「一人ひとりが日々のライフスタイルの中で、自分らしく、無理せず等身大で、社会的な目的を持って生活する」。そんなコンセプトのもと、同社は社会価値と経済価値を両立させるCSV戦略をホテル事業に取り入れている。

TRUNK HOTEL tsuchibuchi

土渕氏は「サステナビリティを実現する上で大切なのは、継続することと、好きになってもらうこと」だと語る。

「例えば、ゴミ拾いなどのいわゆる社会貢献活動に対して、参加するのは心理的ハードルが高いと感じる人もいると思います。無理に参加しても、きっと長くは続かないでしょう」(土渕氏)

だからこそ、ライフスタイルの中で無理なくできる社会貢献の事例を増やしていきたいという。

「好きになってもらう、選んでもらうホテルになるためには、自分らしい日常の中にサステナビリティを溶け込ませること、つまり『カッコよくて、自然にそれを選びたいと思える』ことが大切です。

ホテルを利用しながら自然と社会貢献になる仕組みをつくることに、私たちは強い意志を持って取り組んでいます」(土渕氏)

その「強い意志」はホテルの隅々まで行き渡っている。老舗革製品ブランドの最高級残革を使ったコースター、放置自転車のパーツを使って地元の職人が組み立てたゲスト用のレンタサイクル、再生木材を使ったインテリアなど、数え上げればきりがない。

この取材を行ったTRUNK(HOTEL)の客室にも障害のあるアーティストが描いた絵画が、ラウンジには日本の伝統工芸「藍染」を活かしてつくられたアートが飾られていた。それぞれ個性的でハイクオリティなアートだがあからさまではない。

そうした溶け込ませ方ができているのは、同社の考える独自のマーケティングメソッドに積極的に投資してきたからだ。

「私たちは、絞り込んだターゲティングとコミュニケーション、ターゲットが共鳴するクリエイティブ創出、それを可能にする組織づくりを独自のマーケティングメソッドとして、ホテルの企画から運営までを推進しています」(土渕氏)

例えば、クリエイティブの領域では、ホテル事業の企画から運営までを一貫して担う「アトリエ」というクリエイティブ専門の組織を抱えている。

「デザインを丸投げで外注するとホテル全体でちぐはぐな印象になってしまったり、時間が経つにつれて当初の想定とはかけ離れたものに変わってしまったりする可能性があるのですが、当社ではクリエイティブの知識と経験を有するスタッフを内製しているので、明確なディレクションとクリエイションが実現し、そうした事態が起こらないのです」(土渕氏)

アイデアを生み出すためには「時間」も重要な要素だ。

同社では業務時間の10%を「自身のWANT」、つまり興味関心に費やすことを認めており、自己研鑽やアクティビティ体験に要する費用も負担している。社員はそのルールを活用して自らの知見をアップデートすることで、アイデアの発想に役立てているのだ。

ホテル業界の常識を変える、「市場をつくる」という挑戦

付加価値の創出ができずにホテルの個性が乏しいだけではなく、世界標準と比べるとADRが極端に低い日本では、コミュニケーション手法もOTA(オンライン・トラベルエージェント)に依存しており、ホテル業界全体が価格競争に陥りコモディティ化が進行している。

そんな今だからこそ、「自分たちの使命はブティックホテル市場を確立させることにある」と土渕氏は意欲を見せる。

「私たちに続いてブティックホテル市場に参入するプレーヤーが増えれば、市場全体の活性化につながるはずです。そしてブティックホテルは高付加価値・高単価なので、その売り上げを働く人たちに還元することもできる。

すると魅力的な人材が流入し、ホテル業界が働きがいのある、働きたい業界に変わっていくでしょう。そんなプラスの循環を生み出したいと考えています」(土渕氏)

明るい未来の実現は、自分たちだけでは成し得ない。さまざまなプレーヤーとの連携が、ブティックホテル市場を盛り上げるための鍵になるという。

「私たちは、欧米で主流のマネジメントコントラクト契約に基づいてホテル事業を展開する計画です。つまりテイクアンドギヴ・ニーズは、ホテルの企画や運営のプロとして成長していきます」(土渕氏)

デベロッパーをはじめとする不動産業界にとっては、新たなビジネスチャンスにもなる。

「私たちのようなプレーヤーと組むことで、過去のやり方にとらわれずに新しい市場をつくっていくことができると思います」(土渕氏)

「市場をつくる」という壮大な目標を臆せず口に出せるのは、かつてブライダル業界に存在しなかった市場を創造した実績があるからだ。

専門式場やホテルでのウエディングが一般的だった時代に、テイクアンドギヴ・ニーズはゲストハウスの活用をはじめ、後に続く競合企業とともにハウスウエディング市場を活性化させてきた。同社はそれと同じ役割を、今度はブティックホテル市場という領域で果たそうとしている。

「ホテル業界の未来は、この国の将来に大きな影響を与えるものです。日本が変わらなければいけない今だからこそ、私たちがホテル事業に力を入れる意味があります」(土渕氏)

2023年の渋谷・富ヶ谷、2027年の渋谷・道玄坂に続き、神戸・三宮に出店することも決まり、日本のブティックホテル市場を着実に牽引しているテイクアンドギヴ・ニーズ。

同社のホテル事業戦略は、これからの「観光立国・日本」の実現にどのような影響をもたらすのだろうか。“市場創出の仕掛け人”の次なる挑戦から、目が離せない。


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