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「静かな退職」の次は「静かなるクビ」。巨大テック企業で今、何が起こっているのか

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Michael M. Santiago/Getty Images

こんにちは。パロアルトインサイトCEOの石角友愛です。テック企業だけではなくディズニーも7000人の人員削減を発表しました。通常、人員削減には、レイオフ(一時解雇)という解雇の手続きが取られることが一般的ですが、実はアメリカでは、新たな解雇の手法として、「Quiet Firing(静かなるクビ)」という手段が取られ始めていることをご存知でしょうか。

まずは、アメリカでレイオフの際にどのようなコストが発生するのか、その手続きの複雑さを理解することで静かなるクビの背景を紐解いてみましょう。

レイオフにまつわる「コスト」

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REUTERS/Carlos Barria/File Photo

アメリカ合衆国労働統計局によると、従業員のレイオフに伴うコストは、失業保険税法や失業保険の受給資格に関する規定など、州ごとのさまざまな要件によって異なります。

例えば、カリフォルニア州では、雇用主は、各従業員に支払われる暦年の賃金のうち、7000ドルまでに対し、UI税(Unemployment Insurance taxes:失業保険税)として一定の割合を支払います。

新規雇用主の場合、最初の2~3年間の税率は 3.4%に固定されますが、その後は毎年 12 月に雇用促進局(EDD)が翌年の税率を雇用主に通知します。この税負担は、従業員1人あたり年間で最大434ドルとなります(最高のUI税率6.2%×課税上限7000ドル)。

そして、従業員を解雇すると、翌年に従業員一人当たり156ドルの追加UI税を支払うことになり、これは解雇された失業保険受給者に支払われる給付金の約27%を占めることになります。

連邦法上、雇用主は解雇された従業員に退職金を支給する義務はありませんが、退職金制度により、元従業員から訴訟を起こされる可能性を低くすることができると言われています。そのため、レイオフを実施する企業の中には退職金パッケージを用意するケースも珍しくありません。

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ビッグ5とも呼ばれるアメリカのテック企業大手。このなかでアップルは公には大規模レイオフを発表していない。

Poetra.RH / Shutterstock

レイオフに伴うコストは税金や退職金手当などの金銭的なものや訴訟リスクなどの法的なものだけではありません。テック企業のように1万人規模で大規模レイオフを実施する場合、人事部と経営陣で多くのことを決定し、瞬時に行動に移す必要が出てきます。

その場合、「どの部署をレイオフ」するか、「パフォーマンスが低い人のみをレイオフ」するか「給料が高い人をレイオフ」するか、またはその組み合わせか、などレイオフに伴う細かいルールを決定するためにも手間が発生します。また、公平性を保つためのガイドラインの策定なども必要になると想定されます。

レイオフされる従業員への通達、その後の書類対応などのコストも全て、会社にとっては負担となります。そのような中、従業員を強制的に解雇することによるさまざまなコストを避けるために、解雇ではなく従業員が自ら辞めるように仕向けるQuiet Firing(静かなるクビ、閑職用意)を選ぶこともある ——というわけです。

「静かなるクビ」の使われ方が変わった

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静かなるクビとは、通常は、経営者が業績の悪い従業員を辞めさせるために、理想的でない労働条件を作り出すことなどを指します。

具体的には、1対1の会話を避ける、フィードバックを拒否する、情報共有を怠る、従業員の職務外の仕事を割り当てるといったさまざまな手段があるとされます。

日本企業で従来から行われてきた「窓際族」とも類似するものがあります。

しかし、最近の「静かなるクビ」は、業績の悪い社員をやめさせることが目的ではなく、人員削減のレイオフの一環として選択されているということが特徴的です。

例えば、ウォール・ストリートジャーナル(WSJ)の報道によると、メタ社では2022年9月頃より部署を再編成し、影響を受けた従業員に社内で他の職務に応募するために「30日」という社内での異動先を見つけるには短すぎる期間を与えることで、かなりの数の従業員を静かに排除し始めているとしています。

この記事が出た後にメタ社は1万1000人の大規模レイオフを発表しているので、その前段階の措置だったと考えられています。

いくらビッグテック企業のメタ社とはいえ、30日という短期間で新しい役職を社内で見つけるのは困難です。WSJの記事によれば、メタ社ではこれまで、新しい役職につけないのは、通常、低評価の従業員がメインだったとのことですが、静かなるクビの中では、業績評価が高い社員も定期的に追いやられているとのことです。

業績評価が高い従業員が追いやられるのはメタだけではありません。グーグルは今年1月に社員の6%以上にあたる1万2000人の人員削減を発表しましたが、The Informationの報道によると、解雇された従業員には、それまで高い業績評価を受けていた人や、年間報酬額が50万ドルから100万ドルの管理職に就いていた人が含まれていたということです。もっとも、同じような報酬額が高い人が集まるグーグルのAI研究所の一部門であるGoogle Brainは、比較的レイオフの影響を受けなかったようです。その理由は、ChatGPTと対抗するプロダクトの開発が社の優先事項となっているためだったと言われています。

Quiet Firingに近い意志決定には、ほかにもパターンがあります。

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Shutterstock

再編成を進め、従業員の居場所をなくす手法を取るのがメタ社だとしたら、従業員にとって大事な労働環境やポリシーを突然変更することで、「従業員のやる気」や「インセンティブ」を減らし、辞める方向に動かしていると言われているのがテスラです。

少し前の話ですが、2022年6月初旬、イーロン・マスク氏が40時間の現場勤務を義務付けた直後、テスラは従業員数を大幅に削減しました。それまでリモートワークが認められていた人は、週40時間オフィスで勤務するため、通告から3カ月以内にオフィス近辺に引っ越しすることを要請されました。引っ越しができない従業員は辞めることを強いられたという報道もあります。

こちらは、辞職を促しているわけではないので厳密には「静かなるクビ」ではありません。ただし、社員のやる気を突然削ぐようなポリシーチェンジを実行し、人事を動かす手法であることは共通しています。

レイオフや静かなるクビ自体は、そもそもアメリカ社会では必要以上に非難されることではありません。アメリカの雇用形態が、基本的にEmployment at will(随意雇用 / 期間の定めのない雇用契約は雇用者・被用者のどちらからでも・いつでも・いかなる理由でも・理由がなくても自由に解約できるという原則)である以上、いつ解雇されてもおかしくないからです。

今、アメリカで注目されている理由は、別の点にあります。

レイオフができる国であるにも関わらず、「組織再編などを通して従業員の居場所を失くし」「段階的に大規模な人員削減を実施する」というのは、これまであまり前例がないことです。この変化を、人々が注視しているのです。

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