森美術館で開催中の「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(会期:2023年3月26日(日)まで)。
撮影:伊藤圭
“脳みそがグチャグチャになるくらい、いろいろなことを感じることができた”
“頭で理解できなくても心で「良い!」と思うアートがあった──”
SNS上などで来場者によるさまざまな感想、コメントが飛び交っているアートの展覧会があります。東京・六本木の森美術館で開催中の、日本の現代アートシーンの「いま」を紹介する展覧会「六本木クロッシング2022展」です。
現代アートと聞くと、「何だか難しそう」「見方が分からない」といった声も聞きますが、まさに“現代”を生きる私たちにどんな発見や視野の広がりをもたらしてくれるものなのでしょうか。
国際的に活躍している日本人キュレーターの一人で、「森美術館」館長として、現代アートや文化を発信している片岡真実さん。そしてGoogle Arts & Culture での経験を有し、2023 年7月に初開催される国際アートフェア 「TOKYO GENDAI」のフェアディレクターを務める高根枝里さんに質問をぶつけました。
コロナ禍で止まった往来を取り戻す
森美術館が3年に1度、日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会として、2004年以降合同キュレーション形式で開催してきたシリーズ展「六本木クロッシング」。
第7回目となる今回は、ビーバーがかじった木片と、その3倍サイズの複製を彫刻家と自動切削機がそれぞれ作り上げた作品や、ロボットが回転寿司を振る舞うディストピア感溢れる未来の寿司など、1940年代~1990年代生まれの日本のアーティスト22組の作品、約120点が展示されています。
AKI INOMATA 《彫刻のつくりかた》
2018年- 木、サウンド サイズ可変/展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年/撮影:木奥惠三/画像提供:森美術館
市原えつこ 《未来SUSHI》
2022年 食品サンプル、食器、回転コンベア、電子パーツ、人型ロボット、3Dプリント素材、アクリル、木材、ほか サイズ可変/展示風景:「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」森美術館(東京)2022-2023年/撮影:木奥惠三/画像提供:森美術館
——まずは片岡さんにお伺いしたいのですが、「六本木クロッシング2022展」の特長や見どころを教えてください。
片岡真実氏(以下、片岡):「往来オーライ!」というサブタイトルは、英語だとComing & Goingです。日本という島国は外的な文化の影響があり、そして日本から外に出て行ったさまざまなものがクロッシングして文化が生まれています。「コロナ禍で途絶えてしまった人々の往来を再び取り戻したい」という思いを込めて、このサブタイトルがつけられました。
今回はコロナ禍に企画が始まったこともあり「新たな視点で身近な事象や生活環境を考える」、ジェンダーの多様性も含めた「さまざまな隣人と共に生きる」、「日本の中の多文化性に光をあてる」という3つの視点で展覧会を構成しています。
ただし一つの作品が一つのテーマを代表しているということではなく、全てが根底でつながっているような展示になっています。
2020年1月に女性として初めて森美術館の館長に就任し、現代アートと社会の架け橋になる活動を続ける片岡真実さん。
撮影:伊藤圭
「5W1Hの視点で読み解く」ことで、知的な楽しみに変わっていく
——そもそも、現代アートとは何なのでしょうか? 難解だ、どう向き合ったらよいか分からないといった声も聞きます。
高根枝里氏(以下、高根):私が第一に思うのは、生きている作家さんの作品に出合える、いましかできないことであるということ。現代アートは「対話」。自分と一緒に育っていくもの、生涯通して楽しめるものだと思っています。
もう一つ面白いのが、現代アートを通じてコミュニティがつながること。現代アートは年齢関係なく人種や国を超えて、一つの作品について平等に話せる舞台、もしくはインフラとして機能している唯一無二の存在だと思います。
Google Arts & Culture日本の担当やセゾンアートギャラリーのアートディレクターを歴任し、現在はアートマネジメント/キュレーション業、 個人・企業コレクターに向けたアートコンサルティングを行なう高根枝里さん。2023年7月に初開催される国際アートフェア「Tokyo Gendai」ではフェアディレクターを務める。
撮影:伊藤圭
片岡:諸説ありますが、おおむね19世紀末から20世紀前半がモダンアート、20世紀後半以降のアートが現代アートというような切り分けをしています。
1990年代後半以降、現代アートはさらに複雑になり、美術館や芸術祭、そして扱うアーティストの数が圧倒的に増えました。結果、さまざまなアートに出合う機会が作られた一方で、新しい動向や「〇〇イズム」を見出すことが難しくなりました。
また、鑑賞する上でのガイドラインや道筋がないために「どこから理解したらいいか分からない」と思ってしまう人が出てきているのだと考えられます。
——そういった方たちに対して、現代アートの面白さ、向き合い方をどう伝えますか?もしくは鑑賞者自身がどういう視点を養っていければ、現代アートに向き合うことができますか?
片岡:基本的に現代アートはさまざまな文化的、社会的あるいは政治的なバックグラウンドを持った人たちが、それぞれの時代を投影しながら作品を作っているので、「そもそも、見ただけで全てを解釈するのは難しい」ことをまずは理解していただく必要があるでしょう。その上で「誰が、どこで、いつ、なぜこれを作ったのか?」という5W1Hの視点で解読してみてください。
実際に美術館に行って体験する、直感的に見ることに加えて、その背景のストーリーを調べたり読み解いていく。その後にもう一度、作品を見てみる。そうすると、新たな解釈ができて知的な楽しみに変わっていきます。
高根:まずはいろいろな美術展などに行って、アート作品に触れることが大事だと思います。現代アートは常に新しい視点を提供してくれるもので、分からなくて終わりがないからこそ、一回入口をくぐればその面白さや奥深さの沼にはまっていく気がします。
片岡:これまで教育現場で、現代アートにまつわる歴史や鑑賞者としての関わり方をあまり指導できていなかった問題もあるでしょう。最近やっと学校教育のなかで、図画工作という制作だけでなく鑑賞も重視していくべきという議論も始まっているようで、今後そういう方向に変わっていくことを期待しています。
ビジネスパーソンにこそ、アートは有用?
撮影:伊藤圭
——先の見えない社会で、ビジネスパーソンにとってもアート思考が重要だと言われています。どういった点がビジネスに有用だと思いますか?
片岡:多様な地域のアーティストによる、政治や経済、地理、物理学、数学などの視点と独自の思考により作られた現代アートに触れることによって、自分の世界観が確実に拡大していく。そういった視点の広がりに加えて、クリエイティビティを発揮し想像力を使うことはビジネス面にも還元されていくと思います。
高根:経営者の方たちは、最終的に自分の直感を信じて事業を進めていく方が多いと思います。現代アートも作品と対峙したときに、直に感性に訴えかけてきます。「自分の価値軸を鍛える」という意味でも現代アートは面白いですよ。
片岡:ビジネスシーンでも「見える化する」とよく言いますが、いろいろなコンセプトや思考を視覚化していくことはとても重要です。理論と直感という対極にある概念がバランスよく作用していることによって、この多様な世界の時代を生きるヒントが見つかるのではないでしょうか。
#MeToo、BLMでアートシーンにも変化が起きた
(写真はイメージです)
Shutterstock / BondRocketImages
——日本の現代アートシーンの現在地について、世界との比較や課題だと感じていることを教えてください。
片岡:世界的に見ると、やはりダイバーシティに対する意識がものすごく高まっています。例えば2022年に開催されたベネチアビエンナーレは、参加アーティストの90%以上が女性またはノンバイナリーで構成されていました。これまでの男性中心の在り方に対して思いきり反対に舵を切った、極めて象徴的な出来事です。
また、2017年に#MeToo運動があって、コロナ禍にBLM(Black Lives Matter)が起こりましたが、そうした社会的不均衡に対する運動は作品の中に投影されているだけでなく、美術館の組織やコレクションの多様性にも変化として現れています。
──具体的にはどんな変化があるのでしょうか?
片岡:例えば、主要な美術館の館長に女性や有色人種が就任する動きが加速しています。またサンフランシスコ近代美術館では、白人男性であるマーク・ロスコの作品を50億円ほどで売り、有色人種の女性アーティストによる複数の作品に買い換えるなど、コレクションの中の均衡を図ろうとし始めています。
そういったグローバルな動きの中で、単一民族国家と考えられがちな日本は、多様性の話になるとどうしても女性のエンパワーメントの話に終始して、ダイバーシティの推進をしているような気になってしまっている。社会を多様化していくには、人種、民族、多様な性などいろいろな切り口を考えていくべきですが、日本は“多様ぶりの足りなさ”がアートワークにも反映されています。
アーティストは今回の「六本木クロッシング2022展」でも分かる通り、繊細に社会を見つめています。アーティストの多様な視点を通して、鑑賞者が「こういう社会の見方もあるのか」と学んでいくのも一つの方法かと思います。
高根:これまでスポットが当たっていなかったところにフォーカスされる動きでいうと、2022年10月にロンドンで開催された世界最大級のアートフェア「Frieze Masters」でも、20世紀に忘れられた女性作家のコーナーがあり、そういったテーマに注目が集まっていると感じました。
片岡:現代アートの評価って絶対的ではない部分もあって。森美術館は2021年に、「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」という70歳以上の現役女性アーティストを集めた展覧会を行いました。彼女たちも欧米の白人男性中心の美術史の中で、十分に評価されなかった、光を当てられなかった人たちです。このように大きなダイバーシティの波を受けて、いま美術史の再読も始まっています。
「グローバルな注目を集め、活躍している日本のアーティストも増えている」という。
(森美術館「六本木クロッシング2022展」会場、AKI INOMATAの作品《彫刻のつくりかた》を前に撮影。撮影:伊藤圭
国際アートフェア「TOKYO GENDAI」を西洋と東洋のアートコミュニティが出会う場所に
──日本の現代アート市場はどのような立ち位置なのでしょうか?
高根:非常に可能性を秘めています。実は5億円以上の資産をもつ富裕層の数でいうと、東京はニューヨークに次いで第2位なんです。ただ、作品がすぐに買えない状況や買い方が分からない方が多くいるのが課題で、今後解決していきたいですね。
Shutterstock / picture cells
——2023年7月にはパシフィコ横浜で、世界中のギャラリーが集まる国際アートフェア「TOKYO GENDAI」が初開催されますね。
高根:はい、「TOKYO GENDAI」では世界各地80カ所の主要なギャラリーに参加していただくのですが、そのうち7割ほどが海外のギャラリーです。さらにその半分が欧米、半分がアジアで、西洋と東洋のアートコミュニティが出会う場所と考えています。
フェアは、日本内外の主要なギャラリーが集結するGalleries Sectorを含め、4つのセクションで構成します。アップカミングのギャラリーさんやアーティストさんが申し込む「Hana 花」、キュレーションされた展示、もしくは歴史的に著名でコンテクストがしっかりしている作家さんを扱う「Eda 枝」、これから来る新しいメディアや新しい提案をするギャラリーや作家さんを扱う「Tane 種」です。
さらに会場は横浜ですが、東京でもイベントやプログラムを開催して、街全体を盛り上げる企画も考えています。
片岡:海外のギャラリーが多い現代アートに特化したアートフェアという意味では、本当に期待度が高いです。
大切なのは、アートフェアを1回の売上で成果を判断するのではなく、長期的に文化として育てていく姿勢です。「毎年『TOKYO GENDAI』のために東京に行く」という年中行事のように定着して、世界のアート好きが楽しみに集まるイベントになってほしいですね。
アートに出合う機会は美術館、芸術祭そしてアートフェアなどがありますが、未来へとつないでいく上でこの3つがアートのエコシステムとして機能し、うまく循環を生むことが重要だと思っています。ぜひ、一緒にアートシーンを盛り上げていきましょう。
【森美術館】
森美術館「六本木クロッシング2022展」会場、O JUNの作品を背景に撮影。撮影:伊藤圭