アマゾンのアンディ・ジャシーCEO。
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「地球上で最高の雇用主」を目指すアマゾンの試みは失敗しつつある。
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスから現CEOのアンディ・ジャシーが会社を引き継ぐ数日前の2021年7月に発表された「地球上で最高の雇用主」(社内ではEarth’s Best Employerを略して「EBE」と呼ばれている)プロジェクトは、同社がひどい職場であるという評判を一新することを目指したものだ。アマゾンは、自社が掲げる16のリーダーシップ原則に、「地球上で最高の雇用主になるよう努力する」という目標を加えた。
しかし、この構想から1年半が経過してもEBEプロジェクトはまだ軌道に乗っていないと、従業員たちは口を揃える。
アマゾン社内の官僚主義的傾向が日に日に強まっており、多くの社員はこれを「Day 2」として揶揄している。これは「Day 1」と呼ばれる、アマゾンのリスクを恐れず素早く行動する文化を指す言葉をもじったものだ。
一方で従業員たちは、業績改善プランの対象になっても彼らには通知されず、管理職がどのように従業員を評価しているかもほとんど上からのチェックがないという、有害で秘密主義的な文化に対して、今でも不満の声を上げている。
現在の社員と元社員たちはInsiderに対し、EBEには方向性が見えず、経営陣はこのプロジェクトの範囲を明確にしたり、何を達成すべきかを具体的に示すのに苦労していると語る。アマゾン幹部たちは、従業員にこの取り組みについて訊かれると、基本原則を語ってうやむやにしてしまう。このような彼らの行動は、従業員が長年問題視してきた負の文化をさらに悪化させているという。
Insiderは、匿名を条件に取材に応じてくれた20人の従業員と元従業員に話を聞いた。その中のある従業員はInsiderに次のように語る。
「EBEのために、彼らは一体何をしているのでしょうか。何も変わっていないようですし、アマゾンの企業文化にも浸透していません」
これに対しアマゾンの広報担当者は、こう反応している。
「何百万人もの従業員や元従業員の中から、一握りの匿名の情報源とInsiderが何かを言ったからといって、それが事実とは限りません。私たちは、いつでもさまざまな方法で全社的な改善ができ、それらの改善を行うことにエネルギーを集中していきます。そうすることで、従業員、顧客、パートナー企業の毎日をこれからもより良くしていけるのです」
経営陣の約束は曖昧
Insiderが入手した3回の全社集会の録音によれば、従業員がジャシーとアマゾンの人事部門トップであるベス・ガレッティ(Beth Galetti)に、EBEプロジェクトの目標やその結果、得られるものを明確にするよう迫っていた。
しかし、その回答は陳腐なものだったという。
2021年11月に行われた全社会議で、ジャシーは構想の範囲を説明するのに苦労し、言いよどんだ。まず、彼は腰や関節を痛める人が多い倉庫の労働環境を改善することを挙げた。
次に、従業員に「正しい、長期的な、満足のいくキャリア」を提供し、共感をもってマネジメントを行うと述べた。そのために、社内で「Sチーム」と呼ばれるアマゾンの最上級(senior)幹部たちが「少なくとも月に1度」会議を開き、これらの課題に取り組んでいると伝えた。
またジャシーは、顧客満足をEBEの目標にすべきだと提案しているようだった。だが結局、一貫性を持った回答はできないとあきらめたようで、こう語った。
「現実的には、すべてをやることはできません。これらはみな、私たちが長期的に行うべき取り組みなのです」(ジャシー)
それから1年が経過すると、彼の答えはさらに曖昧なものになった。職場の安全、競争力のある給与、使命感にあふれた企業文化は依然として会社全体の目標だが、その成功をどのように評価するかは明らかにされなかった。
そして、EBEプロジェクトでは、実力主義を貫くことと、会社の長期的な目標に照準を当てるべきであると付け加えた。また、「政治的なことは控える」「お互いに直接話し合う」「意見の相違があっても尊重する」「地域社会に還元する」などの言葉を使った。
さらに、「最高の職場とは何か」という考え方は従業員一人ひとり違うので、この取り組みは「主観的」であると述べている。
2022年4月に行われた別の全体会議でも、ガレッティはジャシーと同じ論点を繰り返した。また、アマゾンはEBEに関連する100の課題を特定し、そのうちの28の課題にその時対応したという。それらには、従業員の報酬や株式投資スケジュールの更新、低調なエンジニアリング文化の改善を目的とした新チームの設立などが含まれている。
課題の全リストは従業員と共有されていないが、ガレッティはアマゾンの文化を変えるのはトップダウンの取り組みではないことを強調した。
Insiderが入手した会議の録音の中で、彼女はこう述べている。
「地球上で最高の雇用者になるためには、皆さんが必要です。ですから、私たちが中心となってすべての答えを出すのをただ待っているというようなことはしないでください」
社内事情に詳しい人物によると、「地球上で最高の雇用主」とはどのようなものかという、最近まとめられた質問に対する従業員の意見リストには、80以上の異なる回答があったという。リストには、給与の向上やワークライフバランスといった共通の要素も多く含まれていたが、「従業員にもっと親切に」「フルフィルメントセンター従業員の組合結成を認める」といったものもあったという。
2021年10月に作成された11ページの内部調査報告によると、アマゾン従業員たちは同社が「際立って革新的」ではないと述べており、アマゾンの企業文化について「ストレス・燃え尽き・離職・殺伐とした雰囲気を連想させる」と評価していると、Insiderは以前報じている。
またこの報告では、アマゾンを地球上で最高の雇用主にするための6つの重要な要素が挙げられており、そこには、給与やワークライフバランスの改善、キャリアアップの機会、前向きで革新的な職場文化、社会的責任などが含まれている。
人員削減により士気が低下
アマゾンの職場文化に対してささやかな改善は見られるものの、従業員によると、EBEプロジェクトがアマゾン文化の中核になるのは難しいという。
アマゾンの厳しい年次運営計画プロセスでは、多様性や気候変動への取り組みなど、会社の重要なイニシアチブに関する質問に各チームが答えるが、そのプロセスに詳しい人によると、EBEの取り組みが言及されることはないという。また、アマゾンは通常、求職者に対してアマゾンのリーダーシップの原則について質問するが、EBEについて聞くことは稀だという。
アマゾンは最近人員削減を行ったが、これもまた従業員の士気を低下させている。現在、2023年末までにさらなる人員削減が行われるという噂が、アマゾンの従業員をさらに不安にさせていると、この問題に詳しい5人の関係者がInsiderに語った。
ある幹部は、2023年1月の1万8000人に加え、2023年後半にさらに間接部門従業員の削減の話が持ち上がっていると言う。また、アマゾンは2023年、最低評価の対象となる従業員の数を増やしたり、業績改善プラン対象人数を増やすという、より見えづらい形の人員削減も検討していると、事情に詳しい従業員は語る。そのような対象者の多くは、通常は最終的には解雇されてしまう。
アマゾンの多くの従業員にとって、1月の人員削減における透明性の欠如は、「地球上で最高の雇用主になる」というアマゾンの信条と矛盾しているようだ。
アマゾンは、リストラ計画がマスコミにリークされるまで、それを従業員に広く伝えることはしなかったし、管理職もそれを知らなかった。以前Insiderが報じたように、解雇された人々のほとんどは、事前の警告や1対1のミーティングもなく、メールで通知されたのだ。
人員整理について、ある元従業員は「あまりにお粗末な対応でした」と語っている。「アマゾンが率先して模範を示して引っ張っていこうとしているのであれば、まったくできていませんね」
同社の人員削減のやり方を見て、ベゾスのリーダーシップを懐かしく感じる従業員も社内にはいるようだ。ある現従業員はこう言う。
「ベゾスは決して見せかけではなく、すべて成果主義でした。ジャシーが、毎日自殺したくなるような仕事をさせないという新しい理念をもたらしたのはいいですが、それは社内に広がらず、定着しませんでした」
社員の士気をさらに低下させたのは、EBEを担当する副社長の一人であるジャスティン・ヘイスティングス(Justine Hastings)に対する最近の調査だ。ヘイスティングスは、アマゾンの業績向上プランを乱用し、従業員を中傷することを通じて、敵対的な職場環境を作り出したとして告発された。
ガレッティの部下であるヘイスティングスは、研究者、データサイエンティスト、経済学者からなるアマゾン全体の職場文化を研究し、改善することを任務としているチームを率いている。
従業員たちは、EBEに関する基本方針が欠けていることが、この構想のアマゾン職場文化への影響を大きく損なっていると述べている。 従業員の一人は次のように語る。
「私たちは、地球上で最高の雇用主という意味を定義することなく、そのアイデアを思いつきました。誰もそれが何を意味するのか、なぜ重要なのか分かっていません」
経済環境が悪化する中で、アマゾンのEBEプロジェクトはただの 「マーケティング用の宣伝文句」に過ぎなかったのだと考える従業員もいる。労働市場が変化した今、アマゾンはその約束を果たすために資源を費やす理由はほとんどない。
別の従業員はこう語る。
「すべてフリをしていただけです。アマゾンは一時的に従業員を気遣うふりをしてきましたが、そのふりをする期間が終わったのです」