ヘルスケアエコシステムの活性化のカギは、データサイエンスの実装と人材育成にあり

イベントの様子

2023年1月26日、「BEYOND MILLENNIALS 2023 」でセッション「これからのヘルスケアを実現するためのイノベーションとは Sponsored by 製薬協」が開催された。

医療費が拡大し続ける日本において、特に重点的に取り組むべきテーマとは何なのか。「ヘルステックスタートアップ」Ubie(ユビー)代表の阿部吉倫氏と、京都大学医学部附属病院の小栁智義氏が登壇し、一層のイノベーションが求められるヘルスケア領域の現状と未来について語り合った

(ファシリテーター:Business Insider Japan Brand Studio スタジオ長の松葉信彦)。

専門性の高い医師に受診できるかどうかは「運次第」

阿部氏は、大学卒業後、東京大学医学部付属病院、東京都健康長寿医療センターでの医師の経験がある。起業のきっかけとなったのは、血便を放置し48歳で亡くなった患者との出会いだった。データサイエンスの世界に入り、2017年に「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」というミッションを掲げるUbieを共同創業した。

阿部氏の写真

阿部吉倫(あべ・よしのり)氏/Ubie代表取締役/医師。2015年東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部付属病院、東京都健康長寿医療センターで初期研修を修了。2017年5月にUbie株式会社を共同創業。2019年12月より、日本救急医学会救急AI研究活性化特別委員会委員。

日本の医療現場の課題として阿部氏はこう語る。

「現在すでに存在している薬が患者さんに十分に届いているかというと、そうではありません。病院で働いている中で、患者さんに治療が十分届いていないという機会損失があると感じていました。

例えば日本においては希少疾患の診断率が諸外国に比べると低い。製薬企業としても、薬を作る際にその市場性はどのぐらいか、実際に存在しうる市場性に対して小さく見積もらざるを得ないところがあります」 (阿部氏)

希少疾患の診断率が諸外国よりも低い原因として、クリニックの医師はジェネラリストであり、専門性の高い疾患の知識を持つことは難しい点がある。専門性の高い医師のもとへ患者さんが訪れるかどうかは「運次第になってしまっている」(阿部氏)という。

大学やスタートアップから技術移転が加速し、創薬エコシステムが形成

大学発バイオテック・スタートアップに対して基礎から臨床まで製品開発をサポートする小栁氏は次のように語る。

小柳氏

小栁智義(こやなぎ・ともよし)氏/京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構(iACT) ビジネスディベロップメント室長 特定教授。大学発Biotech Startupに基礎から臨床まで製品開発インフラを提供し、医療という根源的な社会ニーズを満たすために日本の技術の実用化に取り組む。医療系アクセラレーションプログラム “Research Studio powered by SPARK”、全編英語のピッチイベント“HVC KYOTO”の企画・運営の他、多くのベンチャー育成プログラムの講師、アドバイザーを務める。

「病気になる前に『こういう症状が出る』とキャッチできたら世界は変わる。でも、そもそも患者さんが病院に来ないと始まらない。今まで見えてなかったデータをどうやって取るか。それが取れたら薬や医療機器を作ることができ、診断技術も向上する」(小栁氏)

資料

提供:小栁智義氏

小栁氏は、過去30年間で起こった製薬業界の開発環境の変化について解説。この30年間で新薬開発のコストは劇的に増大した。そこで製薬企業は臨床試験などの製品化に近い開発に集中。欧米では大学やスタートアップから技術移転が加速し「エコシステム」ができ上がったという。

こうした変化に対し、阿部氏は「我々は今まさに治療が必要な患者さんと治療を繋ぐことを短期的に行っています。中長期的な観点ではそこで溜まった患者さんのデータを統合し、結果的にどこにアンメット・メディカル・ニーズ(いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)があるか分かる世界をつくりたい」と感想を語った。

「患者さんを救いたいと思う一方、その患者さんが何人いるのか分からなければ、創薬の対象にするリスクは非常に高い。しかし、我々のプラットフォーム上で『その疾患に苦しんでいる患者さんがすでに何千人います』と分かれば、効果的な治療ができ、かつ我々のプラットフォーム上で薬を届けることが可能。市場性がはっきり分かり、世に出してから患者さんに届くまでの時間やコストは小さくなります」(阿部氏)

基礎研究とデータサイエンスの両方ができる人材育成が急務

日本で新薬創出を含めたヘルスケアエコシステムを発展させることに対して、どのような期待を持っているのか。まず、小栁氏は海外の事例をもとに次のように述べた。

「全世界30カ国70以上の研究機関が参画する『SPARK』というスタンフォード大のアカデミアネットワークに私も参加しています。

メンバーであるスタンフォード大の先生から、2020年に横浜港に到着したクルーズ船で新型コロナウイルスが蔓延したとき、『患者さんの血圧のデータが手に入らないか』という問い合わせがありました。しかし、データにリーチできない、そもそもデータがまとまってない。

日本は遅れていると実感した事例で、とても悔しかった。そこにきて、ここ2年でようやくUbieのようなプラットフォームができた。デジタルとR&Dの連携を構築していくために、基礎研究とデータサイエンスの両方が理解できる人材育成が急務です」(小栁氏)

新たな疾患や希少疾患に対応するために、という観点で、自社の取り組みをもとに阿部氏もこう話す。

「我々が具体的に取り組んでいるところでは、リアルワールドデータ(医療ビッグデータ)を蓄積するためのユーザー基盤を構築していくこと。その中で、薬を世に出してから患者さんに届くまでに大きな溝があります。すでに存在している薬なのに患者さんに100%届いてはいない。それを埋めなければなりません」(阿部氏)

これまでリーチできていなかった患者さんにきちんと適切な医療や薬を届けるサイクルの中で、製薬企業が新薬を作ることに対して、小栁氏はこう提言する。

「製薬メーカーで希少疾患を対象とする医薬品を開発する場合、全世界で5000人の患者さんがいるかどうかが新薬開発の一つのラインです。5000人という患者数を正確に見て、その人たちに対して治験する環境を整える上では、Ubieさんの取り組みはインパクトがあると思います。

もう一つは、パーソナライズド・メディシンや、最近言われているN–of–1創薬のように、その患者さんだけの病気であっても治す可能性が出てきています。1人ひとりに対して製薬企業さんが向き合える状況になると、BtoCの『C』の大きさのレベル感が変わる。こうした概念を受け入れられる事業体系があるべきだと思います」(小栁氏)

そして最後に小栁氏、阿部氏は次のように結んだ。

「患者さんが治った喜びがシェアされて、それが社会の価値になっていくことをどれだけ感じることができるか。医療関係者もハッピーに暮らせる社会が必要だと思います」(小栁氏)


「20年前に今と同じようなことできたのかと言うと、AIの技術が未発達だった中では難しかった。今は製薬企業さんのイノベーションを加速させるデータ基盤、ソフトウェア基盤を構築しうる状況になっているので、それを我々としてはスピード感を持って前に進めていきたいです」(阿部氏)

スタートアップ、アカデミア、医療従事者、製薬会社が連携し、ヘルスケアエコシステムを回していくことが、今、日本の医療・医薬品業界に求められている。


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