中国ECの拼多多が運営するTemuはアメリカに続きカナダに進出した。
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昨年11月に東京・原宿に常設ショールームをオープンし、話題を呼んだアパレルECのSHEIN(シーイン)の成功モデルを模倣する中国ブランドが続出している。その代表が、中国でアリババ、京東商城(JD.com)の二強を猛追する激安ECの拼多多(ピンドゥドゥ)が昨年ローンチした「Temu(ティームー)」だ。
「激安」EC、物価高のアメリカで急伸
中国EC3位の拼多多は昨年9月、アメリカで越境ECプラットフォーム「Temu」のサービスを開始した。同社にとって、最初の海外ビジネスでもある。
Temuの特徴は「価格破壊」に尽きる。アマゾン、ウォルマートは言うに及ばず、多くの商品がSHEINより安い。10ドル(約1300円)を切る服や靴が多数あり、生活雑貨だと1ドル(約130円)を割るものも。今だけかもしれないが、送料もかからない。
女性をターゲットとしているのはSHEINと同じだが、SHEINがアパレル・服飾雑貨をメインとするのに対し、Temuは生活雑貨・ガーデニング用品、化粧品、家電、ペット用品、乳幼児用品、オフィス用品など多様な商品を取り扱う。
歴史的な物価高は、「激安」ブランドに追い風となっている。Temuはサービス開始後半月でGoogle Playのショッピングアプリ部門でダウンロード首位に立ち、2022年11月にはiOSのアプリストアでもアマゾン、SHEIN、ウォルマートを抜いて同カテゴリのトップに躍り出た。アプリのダウンロード数は今年1月末時点で2000万に迫り、うち9割がアメリカだという。
成長に取り残された消費者がターゲット
拼多多は中国の成長に取り残された巨大な市場を取り込み、アリババ、京東の牙城を崩した。
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運営する拼多多は、中国で2015年にECプラットフォームを開設し、わずか3~4年で5億人のユーザーを獲得して業界の台風の目のような存在になった。
当時、 EC市場の大半を押さえていたアリババと京東商城は、中国の消費者のアップデートに合わせるとともに、海外での信頼を得るため、コピー品、偽ブランドを努力して排除し「高品質路線」を邁進していた。そこにすい星のごとく現れたのが、地方都市や農村の中高年を主なターゲットにし、激安の商品と「大勢で買えばさらに安くなる」共同購入方式を掲げた拼多多だ。
拼多多の商品は当初、「安かろう悪かろう」「バッタものばかり売っている時代遅れのECプラットフォーム」と嘲笑されることもあった。だが、iPhoneの割引販売など話題もしっかり提供し、2018年にナスダック上場、翌2019年には時価総額がBATの一角であるバイドゥ(百度、baidu)を上回った。現在のユーザーは8億人を超え、アリババと京東商城の二強が続いてきたECに風穴を開けた。
拼多多の成功は、2ケタ成長が一服し、成熟に向かう中国経済界に大きな気づきも与えた。人口が多く格差が大きい中国では、アップデートが急激に進む一方で、取り残された消費者も重要なセグメントになるということだ。中小地方都市や農村部などローエンド市場は中国語で「下沉市場」としてトレンドワードになり、大都市の出店が飽和に達したブランドが目を向けることにもなった。
中国でも海外でも「後発の利」
SHEINと拼多多の違いは、前者がファッションを楽しみたいが経済的に余裕のないアメリカのZ世代を対象としているのに対し、後者はデザインやトレンドもそんなに気にしない中高年女性を捉えた点だ。
拼多多が注目されたとき、筆者も周囲でユーザーを探したがなかなか見つからず、20~30代の女性たちが「うちのお母さんが最近拼多多の共同購入にはまっていて、そこで買ったパジャマを送ってくれた」と話していたのが印象的だった。
世界経済が後退局面に入りつつある現在は、世代を問わず安さへのニーズが高まっており、「激安」で競えば拼多多の競争力は高い。また、同社が後発の優位性を生かしてアリババなどリーダー企業からシェアを奪ったという実績も、拼多多が期待される理由になっている。
EC企業の海外進出は簡単ではない。楽天は英語を公用語にするなどグローバル化に熱心だが、ECの海外進出では苦戦している。圧倒的な規模を持って中国に進出したeBayとアマゾンも、アリババなど現地企業に返り討ちにされた。逆にアメリカのEC市場はウォルマート、アマゾンが強く、アリババはシェアを取れていない。
だからこそ中国発企業であるSHEINのアメリカでの成功は中国の同業者を勇気づけた。同時に、拼多多はSHEINに学びつつ、後発の利を生かしてSHEIN以上にうまくやれるかもしれないと考えられている。
アマゾン、SHEINのサプライヤーを優遇
SHEINのアメリカでの成功は中国企業に新たな戦い方を示した。
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実際、Temuは既存のリソースを巧みに活用しているようだ。
中国での報道によると、Temuで商品を販売するハードルは拼多多よりかなり高い。拼多多は個人事業主でもOKだが、Temuは法人口座がないと取引できず、一定の企業規模が求められる。またSHEIN、アマゾン、Shopfyなど著名ECプラットフォームで販売実績があるサプライヤーは優遇されているという。SHEINの品質問題が取りざたされているからかルール策定も進んでおり、品質が要求に達しなかったりコピー品などが見つかると、取引停止にとどまらず損害賠償、資金の凍結処分もある。
サプライヤーの条件が厳しいため、Temu開設当初は品数も少なく、しょっちゅう在庫切れを起こしていた。在庫を増やすため、SHEINのサプライヤーの多くが、拼多多からより好条件を提示されて引き抜かれているとの報道もある。
サプライヤーにとってTemuと取引するメリットは、そのシンプルさだという。商品を広州市の倉庫に運び入れるだけで、そこから先はプロモーションも含めて全てTemuがやってくれる。サプライヤーは広州の倉庫までの輸送費用の半分を支払い、残りの物流費用はTemuが負担する。中国はゼロコロナ政策と同政策終了に伴う感染爆発で、消費が停滞している。在庫を吐き出したい業者にとっては、労せず新たなチャネルを手に入れられることになる。
サプライヤーは利益犠牲も
アメリカで一定の認知度を獲得したTemuは今月に入って、カナダでテスト運営を始めている。次の進出国はアフリカやスペインだと予想されていたが、カナダはEC市場の大きさで世界6~7位の位置にあり、かつ、コロナ後にEC販売額が急成長している点が(2022年は15%成長だった)、「伸びしろと規模の両方が見込める」と評価されたようだ。
現在はテスト段階のため、Temuアメリカ版に比べて商品数は少ないが、サプライヤーは広州市の倉庫に在庫を入れておけば、Temuがアメリカとカナダの両方で販売する体制になるようだ。このやり方で、Temuが日本に上陸する日も遠くないかもしれない。
もちろんTemuとサプライヤー双方にリスクはある。Temuの課題は「物流」だ。広い国土に4000万人弱の人口のカナダは、人口密度が低く、アメリカに比べると越境ECのコストが高い。Temuは送料も激安……というか目下無料なので、物流コストが利益を削るのは間違いない。
商品を提供するサプライヤーの課題はアメリカでのビジネスで既に顕在化している。Temuが値付けをするため利益をコントロールできない。利益が出せる価格で販売してもらい、そして海外の消費者に買ってもらうには、自社開発・製造体制はもちろんのこと、購買データを分析してTemuのターゲットに合わせた商品を開発するなどマーケティングも必要になる。そのため、Temuと取引をして恩恵を受けられるのは、付加価値の高い商品を自社で生産できるサプライヤーだけではないかと指摘されている。
いずれにせよ、運営する拼多多は中国で成熟しつつあると見なされていたECに新たな競争を巻き起こした「台風の目」である。グローバルでの戦いでも、次に何をやってくるかは要注目だ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊『新型コロナ VS 中国14億人』。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。