視覚障がい者の歩行をサポートするシューズイン型のナビ「Ashirase」の体験会が実施された。
撮影:小林優多郎
視覚障がい者の歩行をサポートするシューズイン型のナビゲーションシステムを開発する「Ashirase(あしらせ)」は2月19日、当事者向けの体験会を実施。記者向けに公開した。
あしらせは、ホンダの新事業創出プログラムから誕生し、2021年に設立。2023年1月21日からは、クラウドファンディングで先行販売モデルを展開。プレスリリースを発表した23日には、目標金額である100万円を達成した。
体験会には、商品を購入・使用を検討している5組の当事者や家族が訪れた。実際のあしらせの使用感について、リアルな意見が交わされた。
足の振動で進むべき方向を知らせてくれる
Ashiraseの先行販売版のパッケージ。中にはモジュールと二股のUSB Type-Cケーブルが同梱されている。
撮影:小林優多郎
あしらせの仕組みはシンプルだ。各種センサーとバイブレーションモーター、バッテリーが詰まったモジュールを左右の靴に装着。モジュールとiPhone(Androidは非対応)はBluetoothで接続する。あとは、アプリで設定したガイドに合わせて、モジュールが振動でユーザーに正しい方向を知らせてくれる。
振動にはパターンがあり、例えば、左折する際には左足、右折する際は右足のモジュールが振動する。また、本来曲がるべきポイントを過ぎてしまった場合は、両足のかかとの部分が震える。
筆者の靴にあしらせを装着してみた。赤く塗った部分にバンド部があり、そこが震えるイメージ。
撮影:小林優多郎
あしらせの概要。
出典:Ashirase
振動は、交差点などの曲がりたいピンポイントの場所で発生するわけではなく、「ポイントの5〜10メートル手前からお知らせする」(Ashirase 千野歩 代表)仕組み。また、進行方向が分からなくなった場合は、片足のつま先などを「トントン」と地面に打ち付けることで、進むべき方向を振動で教えてくれる。
筆者も試しに装着してみたが、少し厚手の靴下を履いていても分かる程度の強さの振動だった(振動の強さはアプリで変えられる)。振動の回数や間隔で「意味」が変わるので、あしらせが何を知らせようとしているか理解する必要はある。
あしらせのモジュールは、USB Type-C端子で充電できる。
撮影:小林優多郎
なお、充電はUSB Type-C(ケーブルのみ付属)、バッテリー持続時間は約10時間。IPX5の防水性能もあり、雨の日でも利用できる。
体験者「心の余裕がだいぶ違う」
Ashirase代表の千野歩氏。
撮影:小林優多郎
体験会では、スタッフや代表の千野氏らがあしらせのセットアップ方法や使い方を直接解説。その後、実際にあしらせを装着し、ナビをオンにした状態で説明会場から約600m離れたカフェまでの道を往復した。
筆者が同行した体験者は、先天的に目が見えない状態で、普段は白杖で周囲を確認しつつ、周囲の人や各種地図アプリを駆使しながら生活しているという。
体験者はしっかりとした足取りでAshiraseの振動を頼りにしながら道を進んでいった。
撮影:小林優多郎
体験会のテストコースは初めて訪れた道で、かつ当然ながら「あしらせを装着して外出するのは初めて」(体験者)。スタッフの説明を聞きながら、戸惑いながらのスタートになった。
ただ、ナビが指定した往路ルートの半分を超えたあたりから、口数も増え、余裕が出てきたようだった。同行したスタッフいわく、どの体験者も「大抵の方は、復路は慣れた様子で歩いてくださる」とのこと。
普段は「白杖とスマホで手がふさがってしまうが、あしらせがあれば手が空く」と話す体験者。
撮影:小林優多郎
ユーザーは歩行中は特に不具合が起きなければ、スマホを操作する必要がない。そのため、取材に応じた体験者も「手がふさがらなくて非常に便利」と、折り返し地点であるカフェで買ったコーヒーを持ちながらうれしそうに話した。
「(普段は)道を間違えないように集中しているが、(振動によるナビがあると)集中する時間が減る。心の余裕がだいぶ違う」と、自分自身や周囲のストレスの低減にもつながるとも語った。
数メートルのズレや位置情報のロストは継続的な課題
左側の赤い看板が目的のカフェだったが、ナビが到着の合図を出したのは、右隣の建物の前だった。
撮影:小林優多郎
筆者から見て最も苦労の多そうだったのが、位置情報の誤差によるものだ。
具体的には、体験中、アプリがルートを見失ったり、位置情報の数メートルの誤差によって、立ち止まったり、進む方向を迷ったりすることがあった。
取材した体験者の場合は「一瞬焦ったが、慣れてくれば(あしらせが伝えてくる)情報を予想できる」と、大きく気にする様子はなかった。ただ、「(普段から白杖で外出しているかなど)人による」とも述べている。
あしらせのアプリ画面。体験者はiPhoneのVoiceOver機能を使って操作している。
撮影:小林優多郎
あしらせのナビゲーションでは、位置情報をiPhoneのGPSなどから、地図情報をGoogleマップのAPIから取得している。そのため、数メートルの誤差が出るのは仕様と言え、さらに場所や天気などの影響を受ける。
もちろん、それらの情報に加え、モジュール側の「加速度」「ジャイロ」「地磁気」センサーから分かる「正確な方向」の情報を加えることで、精度を上げていると言うが、「継続的なブラッシュアップが必要な領域」(Ashirase 石井貴幸 COO)だと言う。
クラウドファンディングで「一緒に育てたい」
Ashiraseの石井貴幸 COO。
撮影:小林優多郎
例えば、現在は仮に位置情報がロストした場合、特に通知はなく一定時間そのままにし、位置情報が復活したらルートを再検索する仕様になっている。
これに対し石井氏は、何らかの方法でエラー内容を装着者に伝えるなどの機能を「3月(に予定している先行販売モデルの出荷まで)に確定させたい」とする。
高架下など、位置情報の取りにくい場所は今後の課題になる。
撮影:小林優多郎
また、研究の域は超えない(製品の落とし込みまでに至っていない)としつつも石井氏は、「モジュール側のセンサーをさらに活用して、位置情報をロストしてもルート案内を維持する機能(トンネル内に入った際のカーナビの挙動のようなもの)も構想にある」とも話す。
Ashiraseは、今後3月に「先行販売モデル」を出荷(200台程度を予定)。先行販売モデルのユーザーからフィードバックを受け、「正式モデル」(予定価格:税込8万7780円)を2023年秋冬にリリースする見込みでいる。
先行販売モデルをクラウドファンディングで購入した人は、フィードバックのお礼も兼ねて「正式モデル」も提供される予定。石井氏は「あしらせを応援してくださるみなさんと、一緒に育てていきたい」と意気込みを語った。