2014年のCEO就任以来YouTubeを牽引してきたスーザン・ウォシッキーが、退任を発表した。
Noam Galai/Getty Images
2月16日、YouTubeのスーザン・ウォシッキー(Susan Wojcicki)CEOが突如として退任を発表したことで、クリエイターエコノミー界に衝撃が走っている。
ウォシッキーは1999年にYouTubeの親会社であるグーグルの初代マーケティングマネジャーとして入社し、2014年から現職を務めてきた。
後任には、最高プロダクト責任者の職にあるニール・モーハン(Neal Mohan)が就く予定だ。モーハンはこれまでにYouTubeショート等の主要プロダクトを担当したほか、サブスクリプションサービスのYouTube PremiumやYouTube TVといったサービスの立ち上げを担当してきた。
業界の関係者たちは、ウォシッキーはクリエイターエコノミーの現在のあり方を形作ることに貢献したと話す。業界内でもとりわけ競争力のあるクリエイター収益化モデルを確立したことから、ストリーマーのルドウィグ(Ludwig)に金の盾を手渡しするなどクリエイターとの直接交流まで、ウォシッキーの業績は多岐にわたる。
「スーザンは最初からYouTubeにおけるコンテンツクリエイターの重要性を理解していました」と語るのは、インフルエンサー・マーケティング・ファクトリー(The Influencer Marketing Factory)のCEO兼共同創業者であるアレサンドロ・ボグリアリ(Alessandro Bogliari)だ。「新たなCEOの下で次にどのような動きが起こるのか、気になります」
2023年はYouTubeショートのクリエイターに広告収入を配分するプログラムなど、新たな取り組みが順調に進行中であり、ウォシッキーの離脱はYouTubeの新時代を決定づけるものだ。
しかし同時に、今はYouTubeが大きな課題に直面している時期でもある。
ショート動画をめぐってTikTokとの視聴者獲得争いは熾烈化しているほか、YouTubeの2022年第3四半期収益が前年比2%減になったことでグーグルの広告収入にブレーキがかかった。
ウォシッキーがYouTubeに残したレガシーの大部分は、プラットフォームのクリエイター向けポリシーやプロダクトが中心だと関係者たちは評する。
コンテンツクリエイターのジョン・ユーシェイ(Jon Youshaei)は、2014〜2018年までYouTubeに勤務していた当時を振り返り、従業員がクリエイターをよりよく理解できるようにと、従業員もコンテンツを制作しYouTube上にアップロードすることが奨励されていたと語る。これなどはウォシッキーが創り上げた精神を端的に表すものだ。
現在YouTubeでは、TikTokに対抗するショート動画を増やしていることから、上記の方針のうちいくつかは見直しを迫られている。
スラッシュ・マネジメント(Slash Management)の社長兼共同創業者であるジェイク・ウェブ(Jake Webb)は、「これはYouTube、およびコンテンツ消費全般が新局面に入るなかで、本質的な政権交代が起こっているということです」と言う。
テック業界の女性をエンパワーメント
ウォシッキーはテック業界の女性が“ガラスの天井”を破ることにも貢献した。セレクト・マネジメント・グループ(Select Management Group)のパートナー兼創業者であるスコット・フィッシャー(Scott Fisher)は、ウォシッキーがYouTubeのトップを務めていた時代は、次の時代へ永続的な影響を与えるという点で記憶されることになるだろう、と語る。
ウォシッキーに限らず、メタ(Meta)のシェリル・サンドバーグ(Sheryl Sandberg)やマーネ・レビン(Marne Levine)、インスタカート(Instacart)の元CEOであるフィジー・シモ(Fidji Simo)など、最近ではテックやメディア業界で女性経営幹部の離職が相次いでいる。
「去年あたりから、主要プラットフォームで事業を立ち上げた、テック業界の有力女性たちがキャリアチェンジをしています」と、ジェリースマック(Jellysmack)の経営企画責任者を務めるローレン・シュニッパー(Lauren Schnipper)は言う。「ある種の時代の終わりですね」
ホームビデオ、ショートコント、購入アイテム紹介、美容チュートリアルといった分野でYouTubeを牽引した初期のクリエイターたちもウォシッキーの功績を讃えている。YouTubeを、クリエイターたちが自身の情熱を収益につなげられる場所へと進化させたことしかり、従来の“9時5時”のキャリアパスに変革をもたらしたことしかりだ。
600万人の登録者を持つキャスパー・リー(Caspar Lee)は次のように語る。
「私が動画を作り始めて3年経った頃にスーザンがYouTubeのトップになり、このプラットフォームを、世界中の何千人ものクリエイターが利益を挙げられるビジネスチャンスの場となるように育てました。
彼女のリーダーシップのもとで、YouTubeはサービスを拡張し、視聴者を増やし、持続可能なキャリアを築ける世界屈指のプラットフォームになったんです」
クリエイターの収益化と今後の展開の先頭に立つ
ウォシッキーの収益化に対する眼識は、グーグル時代に養われた。彼女はグーグルのアドセンスの開発に関わり、同社の広告事業の上級統括責任者を務めた。
2006年にグーグルがYouTubeの買収に動いた際もウォシッキーは関与している。買収後はウォシッキーがYouTubeを率い、その間にゲーム、音楽、プレミアム、テレビといったプロダクトが立ち上げられた。
これらのプロダクトの中でも、クリエイターにYouTubeの広告収入が分配される仕組みは、クリエイターたちの間でも評判が高く、TikTokやInstagram(インスタグラム)といったライバルに対しYouTubeが競争優位を築く要因となっている。
「YouTubeは収益化のための最高の仕組みを考えたと思いますよ」と、YouTubeで4000人の登録者を持つクリエイターのテジャス・ハラー(Tejas Hullur)は言う。
広告に限った話ではない。前出のユーシェイは、YouTubeの「収益化のビュッフェ」ツールはウォシッキーのリーダーシップの賜物だとしている。というのも、同社がサブスクリプションや「グッズシェルフ(merch shelf)」(クリエイターが自身の動画の直下で商品を直接販売できるしくみ)といった取り組みもウォシッキーの時代に始まったからだ。
YouTubeは2017年に「アドポカリプス」と呼ばれる広告主のYouTubeボイコット運動を経験した。その一件後、ウォシッキーはクリエイターと対面するイベントで、YouTuberたちに対して社内でどんな変化が起きていたかを包み隠さず説明するなど、力を尽くしたとユーシェイは振り返る。
この他にも、コミュニティタブ、ライブ動画、スマホでの視聴に適した縦型動画といったクリエイティブツールもウォシッキーの重要な功績だ。
新CEOとなるモーハンが、コンテンツのグローバル化など、先を見据えたクリエイター向け新ツールに投資を続けることを願う人もいる、と述べるのは、クリエイターの動画を翻訳するユニリンゴ(Unilingo)創業者兼CEO、ファボッド・マンソリアン(Farbod Mansorian)だ。
また、ユーラ(Yoola)の社長であるイアル・ボーメル(Eyal Baumel)は次のように話す。
「スーザンのリーダーシップの下で、YouTubeはあらゆるジャンルのコンテンツクリエイターにとってのホームになりました。そして今日まで、クリエイターを支援し、クリエイターに報いる先進的で信頼のおける収益化システムを提供する唯一の主要プラットフォームであり続けています。
多くの人たちがYouTubeのおかげで専業のクリエイターになりましたし、YouTube上でクリエイターエコノミーが花開きました」
ショート動画と長尺動画の間を持続可能な形で橋渡しし、これらが共存することでクリエイター(YouTubeにとっても)の成長に資するようにすること。これこそが「5年後のYouTubeを左右する」とユーシェイは結んだ。