製薬業界の持つポテンシャルを日本の競争力強化の礎に。鍵はエコシステム構築

1月30日、Business Insider Japanの主催、製薬協の協賛によるリアル&オンラインイベント「日本のイノベーションの火を消さないために」が開催。各業界のオピニオンリーダーが登壇する3つのセッションで、日本の現在地と今後の展望について語り合った。

セッション1「日本のイノベーションの現在地」、このままでは人類の未来はない

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セッション1のタイトルは「日本のイノベーションの現在地」。持続可能性やテクノロジーについての知見を持つニューラル代表取締役CEO、信州大学特任教授の夫馬賢治氏と、医師で中央大学大学院教授、多摩大学大学院MBA特任教授の真野俊樹氏が対談。ファシリテーターは、Business Insider Japan ブランドディレクターの高阪のぞみが務めた。

最初のテーマは「社会の持続可能性と、イノベーションの果たすべき役割」について。現在の市場経済の延長線上では、持続可能な社会を作ることはできないという認識が広がっている。夫馬氏は「日本ではカーボンニュートラルを皮切りに、『このままではいけない』という課題があることがようやく理解されてきた段階」と現状を語る。

「イノベーションを的確に起こさない限り、人類の未来はない。食べ物がなくなる、電気がない、エネルギーがない、そんな時代になることが見えている。イノベーションによって再生可能エネルギーやバッテリー、EVの価格が下がってきた。さらなるイノベーションを起こさざるを得ない状況で、そのためには投資が必要」(夫馬氏)

環境だけでなく社会の持続可能性としても「イノベーションは必要だ」と語るのは真野氏。

特に、日本社会は国民皆保険のもと、医療や治療について誰もが全国の医療機関を選べて受診でき(フリーアクセス)、医療そのものが3割負担で提供される(現物給付)という世界に誇れる公的医療保険制度を有している。

「高齢化が進み、経済全体が必ずしもいいとは言えない中、国民皆保険を支えているのは税金や社会保険料、あるいは国債という借金。それが持続できるのか」(真野氏)

「長期投資をしてほしい」と声を上げ、オープンイノベーションを加速させる

では、イノベーションをいかに創出するか。日本と海外においてはイノベーションを創出する環境に違いはあるのだろうか。

「経営の尺度がものすごく長期になっている。クレイトン・クリステンセン教授(ハーバード・ビジネス・スクール)は『Job to be done(片付けるべき課題)』と言ったが、プラネタリー・バウンダリー(人類が生存できる領域の限界点)も含めて長期的にやらなければならないことは山ほどある。日本は何を片付けるべきかを議論しないまま、とりあえず『イノベーション』という言葉だけが踊っている状況」(夫馬氏)

課題は山積しているが、R&D(研究開発)には莫大な資金が必要となる。「機関投資家やベンチャーキャピタルが投資をするには、正しくそのポテンシャルを理解しなくてはいけない」と高阪。医療、医薬業界の市場においては、アメリカ、ヨーロッパ、アジアとさまざまな国が次々にR&Dに投資している。

「一方で、日本にイノベーションの種がないのかというと、必ずしもそうではない。医薬のイノベーションを起こせる環境が十分あると思う。ただ、日本だと中長期よりも短期の投資が多い。バイオや医薬は非常に息が長い研究が必要な分野なので、世界が持続可能な社会をつくるためにも長期的に投資をするメンタリティに変わることが望まれる」(真野氏)

夫馬氏も同意し、そのためにマネーフローを作る必要があるという。

「皆さんの年金の掛け金と保険料で、機関投資家のお金は動いています。彼らが長期投資するには、掛け金を出している個人が『長期投資をしてほしい』と声を上げること。そうすれば短期マネーが長期マネーに大きく変わっていく」(夫馬氏)

真野氏は、アルツハイマー病治療薬の創薬研究にスウェーデンのバイオベンチャーが関わっていることや、新型コロナウイルスのワクチンを供給するモデルナがベンチャーであることを挙げ、ベンチャーとの連携を提唱。ベンチャーの利点は「スピードと発想の自由さ」だと真野氏は言う。

オープンイノベーションについては、環境分野では進んでいるが、今後は分野を問わず企業は「避けて通れない」という夫馬氏は次のように主張した。

「ベンチャーは活用した方がいい。なぜならイノベーションを起こすときの組織体制の重要なキーワードが『本丸から切り離すこと』だから。そうでなければ、従来の組織でできなかったことを、結局また同じようにコピーしてしまい、イノベーションの火を消してしまう」(夫馬氏)

セッション2「イノベーションの壁をどう乗り越えるのか」、日本の強みは⋯⋯

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セッション2はバイオ業界やエンタメ業界など、各界の知見を持つプレーヤーや専門家によって、日本のイノベーションを妨げる要因について討論した。

登壇したのは、プロノバ代表取締役社長、ユーグレナ取締役CHROの岡島悦子氏、エンタメ社会学者でRe entertainment代表取締役の中山淳雄氏、東京医科歯科大学教授の戸原玄氏、そしてセッション1から引き続き真野俊樹氏。ファシリテーターはBusiness Insider Japan 編集長の伊藤有が務めた。

海外進出で苦労している企業が多いが、乗り越えるべき障壁は何か。岡島氏は「日本企業は人材の流動性が非常に低い。業界を混ぜる、大企業とスタートアップが混ざるということが起こりにくい」と指摘する。

「ただ、競合優位性においてこれはチャンスでもある。日本企業は基本的にジョブ型雇用ではなくメンバーシップ型雇用なので、ジェネラリスト的に多様な経験を持つ人材がいる。多様な視点や経験こそが新しいものを作る時の鍵になる。例えば、(岡島氏が社外取締役を務める)丸井グループの事業は小売×フィンテック×共創投資の3本柱。この3つの事業会社をまたいで約70%の社員が異動しており、多様な事業の視点を持つ社員が新しいビジネスモデルを作るということが、ここ10年ぐらいで起きてきている」(岡島氏)

中山氏は「日本人は職人として個のレベルが高い」「世界のVTuberの市場シェアは日本が7割ぐらい。こういったゼロイチですごいものを作れることは圧倒的競争優位性だと思う」と語る。

誘蛾灯のように破壊的なイノベーターを集める

一方で、戸原氏は「医療業界は極めて飛び出しづらく、人材の流動性は低い」と語る。こうした登壇者の発言も踏まえ、イノベーション創出のきっかけをどのようにして作り出すことができるか議論した。

「私がお勧めしたいのは『誘蛾灯プロジェクト』。従来の組織ではリーダーになっていなかった、「ちょっと変わっているが才能のある人材」を“蝶”ではなく“蛾”と形容している。そういった、これまでの成功モデルに染まりきっていない人たちは、環境変化が起こったときに破壊的なイノベーターになりうるのだ。丸井では毎年20人ずつ誘蛾灯に集まる人材をおびき出すプロジェクトを行っており、今年で6期目となっている。集まった変わった人たちをスタートアップ企業に配置したことでアニメ事業部ができたりなど、非常に上手く育ってきている」(岡島氏)

誘蛾灯プロジェクトは、企業が積極的にイノベーションを起こそうとして取り組んでいる一例。イノベーションは自動的には起こらない。意識的にそうした取り組みを行う必要がある。岡島氏も「そのためには経営者のコミットメントが重要。『我々は破壊的なイノベーションを起こしていかなければサバイバルできない』と覚悟を決め、これまでの成功パターンとは異なる仮説を持つ人の視点を経営に入れ、それとコアコンピタンスを掛け合わせていくことだと思う」と語る。

ファシリテーターの伊藤は「とはいえ」という言葉を使わないとしているという。「組織の中でよくありがちなのは、決めたことに対して、『とはいえ、経済合理性が⋯⋯』と言うこと。それを言い出したらもう何も進まない」と伊藤。イノベーションを生み、壁を越境する人を作るには、組織としての覚悟が必要なのだ。

では、医療業界はどうか。 戸原氏はイノベーションを自己に必要な問題として多くの医療関係者が取り上げるには課題があるという。

「医療業界の危機感が薄いとすれば、日常で患者さんから『ありがとうございました』と言われてすでに内的報酬を得ているからかもしれない。患者さんからの『ありがとう』を禁止にするぐらいでもいい(笑)」(戸原氏)

一方で、日本は国民皆保険であるがゆえに、他国では得がたいデータを持っている点が強みの一つでもある。

「(戸原さんが仰るように)日本が内向きになっているとすれば、国民皆保険制度があるからかもしれない」(真野氏)

その裏側には、患者、つまり国民が「現物給付」の国民皆保険に慣れきってありがたみが薄れてしまっているという背景があるかもしれない。現物給付でない、まずは自分の財布から医療費を支払う制度なら、治療後に「ありがとうございました」とはなかなか言わないだろう。そのうえで真野氏はこう述べた。

「ビッグデータを研究やビジネスに使う流れになれば、AIを使ってかなりの知見が得られる。そういうポジティブな動きは少しずつ出てきている」(真野氏)

セッション3「日本を救う最後のクスリとは」、ボトルネックとなっているもの

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セッション3のテーマは「日本を救う最後のクスリとは」。ものづくりにおいて新興国の後塵を拝する状況も散見される日本において、いまこそ注目したいのが医薬品市場。医薬品市場がイノベーションの生まれる場所であり続けるために必要なことは何か。

Potage代表取締役でコミュニティ・アクセラレーターの河原あずさ氏のファシリテートのもと、一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事/一般社団法人Public Meets Innovation 代表理事の石山アンジュ氏と、早稲田大学理工学術院先端生命医科学センター教授で医療法人社団DEN みいクリニック理事長の宮田俊男氏が語り合う。

また、アンケートツール「Slido(スライドゥ)」を用いて視聴者もディスカッションに参加した。

医薬品業界のグローバルでの市場規模は、1位アメリカ、2位中国に続き、日本は3位。しかし、スピード感や新しいテクノロジーなどイノベーションをもたらしていくためには障害がある。宮田氏は次のように指摘する。

「アメリカや中国では新しい薬がどんどん出てきて、イノベーティブ。一方、日本は国民皆保険制度という世界に冠たる制度があるが、いかんせん遅い。市場としては大きいが、3位の地位も危うくなるのではないか」(宮田氏)

40歳以下のメンバーとともにイノベーションに特化した国づくりや政策などを社会に提案していくコミュニティ、Public Meets Innovationの代表理事を務める石山氏は次のように語った。

「イノベーションの担い手として若い世代の起業家が増えている一方で、日本はまだまだシルバー民主主義。スタートアップ、ベンチャーは政治家に対して票やお金を積むような陳情型のロビイングは難しい。お金や票ではなく、『未来の子供たちや日本のためにやった方がいい』と共感し、自分の政策としてやりたいと思ってもらえるかどうかのコミュニケーションが大事」(石山氏)

国民皆保険制度を守りながら、イノベーション創出を実現するには

新しい価値を作りたいという人が集まり、イノベーションが次々に起きるために必要な要素はなにか。

「ビジョンだと思う。投資がまだ集まってないような新規ベンチャーは給料が下がるかもしれない中で、『それでも来てくれますか』と人材を採用しなければならない。報酬や利害ではないところで人を繋げるものはパーパスやビジョン。給与は下がっても社会のために必要だ、信じたい、ここに熱狂したいという思いで自分も足を踏み入れたし、そういう人たちが集まって、結果的に市場がどんどん大きくなっていく」(石山氏)

製薬・医療業界において課題解決のため少しずつ変化を起こしていくためにはどうすればいいのだろうか。

「改めて国民皆保険制度を守るとともに、イノベーションを起こす。そこをどう両立させていくか。さまざまな人を巻き込んで、エコシステムをしっかりと構築していかなければならない」(宮田氏)

河原氏は、「守っていく部分と攻めていく部分をきっちりと社会全体として合意形成し、どこかで将来に対する投資をしていかないと、この国はどんどんシュリンクしてしまう。そういう状態をもっといろいろな人たちに知ってもらう必要がある。そのためには製薬・医療と世の中の距離感をどれだけ近づけられるかがポイント」と語った。

製薬業界の持つポテンシャルを活かすことは、日本の競争力向上へ欠かせない。業種を超えた多様な登壇者の意見を通して課題が明確になり、希望の兆しが見えるセッションとなった。


製薬協についての詳細はこちら

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