※本記事は、2022年1月1日に掲載した記事を一部編集して再掲したものです。
2月22日はネコの日。
Alena Ozerova/Shutterstock.com
2月22日はネコの日。
ネコのあの丸い顔とつぶらな瞳を見れば胸がキュンとするし、フワッフワの毛を見るとなでたくなる。そしてネコがちんまり丸まって座る姿を見れば、「かわいいなあ……」と目を細めたくなるものだ。
世の中の多くの人にとって「ネコがかわいい」ことに異論はないはず。しかし、同じネコ科のトラやライオンに対しては、かわいいというよりも、むしろ「格好いい」や「怖い」と感じる人が多いのではないだろうか。
「かわいい」とは、結局どういうことなのか。実験心理学を用いて「かわいい」の心理に迫る、大阪大学大学院人間科学研究科の入戸野宏教授に、なぜネコがかわいいのか話を聞いた。
そもそも「かわいい」とは何なのか
ネコは非常にかわいい。
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入戸野教授によると、「かわいい」は大きく2つの側面に分けて考えることができるという。
「『かわいさ』という対象の特徴」と、「『かわいい』と思う感情」だ。
「『かわいさ』という対象の特徴」の例として、小さな子どもや仔ネコなど、いわゆる「幼いかわいさ」を感じさせる見た目の特徴がある。
オーストリアの動物行動学者・ローレンツは、「幼いかわいさ」を感じさせる具体的な特徴の例として、以下の7つの要素を挙げた。
「幼いかわいさ」を感じさせる具体的な特徴の例
- ずんぐりした大きな顔
- 顔に比べて大きく前に張り出した額や頭蓋骨
- 顔の中央よりやや下に位置する大きな眼
- 短くて太い四肢
- 全体に丸みを帯びた体型
- やわらかい体表面
- 丸みをもつぽっちゃりとした頬
現在では、これらは総称して「ベビースキーマ(赤ちゃん図式)」とよばれる。
しかし、私たちが使う「かわいい」という言葉の指し示すものは、幼いかわいさだけではないはずだ。顔かたちが愛らしい人に「かわいい」と言うこともあれば、ちょっと目を引くデザインのバッグなどに「かわいい」と思うこともある。
入戸野教授らの研究グループは、2011年、「さまざまな『かわいい』に共通するもの」を探るためにある調査を実施した。
便宜的にかわいいものを「ベビースキーマ」「ヒト(笑顔、元気で明るい人、自分を慕ってくれる人)」「モノ(花、アクセサリー、洋菓子など)」「独自(多くの人に理解してもらえなくても、自分にとってはかわいいと思えるもの)」の4つに分類した上で、大学生にこの4つのカテゴリーに含まれるものを例示し、具体的にそのカテゴリーに当てはまるものを強く思い浮かべてもらった。
その後、何を思い浮かべたか、どれくらい鮮明にイメージできたかを記述させ、思い浮かべたものの印象を「かわいい」「幼い」「近づきたい」「そばに置いておきたい」「困っていたら助けたい」「保護したい」の6つの項目に分けて、それぞれ1(まったく思わない)から5(とてもそう思う)までの数値で評価してもらった。
その結果は、下記のグラフのようになった。
種類の異なるかわいいに出会ったときの心理状態。
『「かわいい」のちから』入戸野宏をもとに編集部が作成。
図を見ると、ベビースキーマ、ヒト、モノ、独自の4つのカテゴリーに対して、すべて「かわいい」と評価されている。加えて、どのカテゴリーでも、「近づきたい」「そばに置きたい」という心理状態が同時に比較的強く働いていることが分かったのだ。
この研究をはじめ、過去の研究を入戸野教授が整理し、「かわいい」という感情が現れる過程をモデルにしたのが下の図である。
かわいい要素を持った対象を見たときにかわいいという感情が沸き起こるモデル。
『「かわいい」のちから』入戸野宏をもとに編集部が作成。
このモデルでは、ベビースキーマ以外にも「笑顔」や「丸み」などの属性を「かわいさ」の要素として考えている。私たちは、何らかの対象や状況に遭遇したとき(刺激を受けたとき)に、それぞれの要素を「キュート」「親しみやすい」などと知覚する。
しかし、あるものが「かわいい」と頭で分かっても、実際に「かわいい」という感情が生じないこともある。つまり、対象のかわいさが分かることと、「かわいい」と感じることの間にはギャップがあるのだ。
このギャップを埋めるのが、それぞれの人が自分と相手との関係性をどう認知(評価)するかということ。
入戸野教授によると、自分にとってポジティブで、害がなく、関わりたいと思うなら、「かわいい」という感情が沸き起こるという。
また、「かわいい」という感情は、ポジティブなものであり、「近づきたい」「さわってみたい」という思考(主観)や、実際に近づいて触ろうとするなどの「行動」、あるいはつい笑顔になったり顔が赤くなったりといった「生理反応」として現れると考えられる。
ネコがかわいい理由は…?
狭いスペースに収まったり、お腹を見せたりするようすも愛らしい。
撮影:山口佳美
では、ネコのかわいさの秘密はどこにあるのだろうか。
ネコの中には、すらりとした四肢を持つものも、小顔なものもいるが、あの丸い顔と大きな瞳、柔らかい毛や丸まって座る姿は、やはりかわいいなあと思う人が多いのではないだろうか。
入戸野教授は、こういったネコのかわいさの一部は、ベビースキーマの刺激特徴に由来すると指摘する。
しかし、それだけでなく、ネコの場合は「ペット」として人間と一緒に暮らしていることも重要だ。
「ネコは、ペットとして人と暮らす長い歴史の中で、かわいいと思える存在になっていったんです」(入戸野教授)
「かわいい」と思えるかどうかは相手との関係性も大きく影響する。
よく、公園で遊ぶ子どもや保育所などに対して「うるさい」と苦情が訴えられることがある。子どもはベビースキーマを備えているにも関わらず、なぜかわいいと思えないのか。
「それは、自分の世界と違うところにいる(関係性がない)と捉えてしまうと、『かわいい』という感情が起こらなくなってしまうからです」(入戸野教授)
ネコは、長く人間の身近な存在として生活をともにしていく中で、人間と社会的関係が持てるようになったことで、「かわいい」と感じられやすい存在になったと言えそうだ。
また、私たちは必ずしもネコの顔だけを見て「かわいい!」と感じているわけではない。
たとえば、ぐにゃりとした奇妙なポーズをとっている写真や、狭いところにすっぽり収まって一体化した姿なども、プッと笑いながら「かわいい……」とつぶやきたくなるものだ。
こういったものに「かわいい」と感じるのはなぜなのだろうか。
「これらの姿は無防備です。無防備な姿をさらすということは、自分にとっての脅威にならないということです。だから、相手に近寄りやすいんですね。このような姿の前では、人は身構えて対決するのではなく、温かみのある目線で対象を見るようになります。そのような優しい感情が『かわいい』と思う感情なのです」(入戸野教授)
「かわいい」「かわいくない」「ブサかわいい」の境目は?
マヌルネコは「ブサかわいい」などと言われることも多いという。ブサイクだけどかわいい、とはどういうことなのか?
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ネコ科のほかの動物はどうだろう。トラやライオンは「かわいい」というより「格好いい」という印象が強い。しかし、トラやライオンの子どもならかわいいと思える気がする。
それも、トラやライオンの子どもが大人と比べて頭が丸く、鼻が低く、顔のパーツが下半分に寄っていて、丸みを帯びた体型で足も短いというベビースキーマを備えていることが理由のひとつだ。それに加えて、先述した通り「脅威にならない」(ように思える)こともポイントになる。
また、飼育されている大人のトラやライオンが飼い主によくなついている姿を見ると、「ネコみたいでかわいいな」と思うものだ。これも人間の脅威にならないように見えるからだと言えるのかもしれない。
ネコ科のマヌルネコは「ブサかわいい」と言われることもある。
マヌルネコは、眼光がするどく険しい表情をしているのに、顔が丸くて毛がフサフサ、そしてずんぐりむっくりの体形で足が短い。「かわいい」と感じる特徴はある程度兼ね備えているものの、顔つきがおじさんのようだとも言われている。そのギャップが面白く、思わず目が釘付けになってニヤニヤしてしまう。
「この『興味を惹かれる』『近くに寄ってみたいと思う』という気持ちも『かわいい』と思う感情のひとつです。(ブサかわいい、は)『人によっては不細工と思うかもしれないけれど、自分は関心があるし近寄ってみたい』という気持ちを表した言葉なのです」(入戸野教授)