ないことが、「あった」ことを照らし出す。長崎県・五島で最高級の「缶詰体験」をしてきた

宿の様子

長崎県・五島列島に位置する宿泊レジデンス「Philosophers in Residence GOTO めぐりめぐらす」。

撮影:廣瀬健司

学生時代、作家の先生が「担当編集者に、ホテルで缶詰にされている」と書いているのを読むたび、憧れていた。一生に一度でいいから、「先生の玉稿をお待ちしております」なんて言われて、ホテルに缶詰にされてみたいと思っていた。

その後、会社員を経て念願のライターデビューをしたのだけれど、誰も私を缶詰になんかしてくれない。当たり前だ。「いまは大先生でも、そんな経費、落ちないよ」と知り合いの編集者さんが言う。いわんや、一介のライターをや。

でも、ライター15年目のある時、ひょんなきっかけで、この「缶詰執筆(ただし自腹)」の夢がかなった。その時、私はある本を書いていて、初稿を提出したら担当編集者さんに「恋愛についても追記してほしい」と言われたのだ。

恋愛かあ……。

当時保育園に通っていた息子のマイブームは「クレヨンしんちゃん」だった。「おっぱい」と「おしり」を連呼する5歳児の相手をしながら、色っぽい原稿を書くなんて無理ゲーだ。

でも編集さんのオファーにはなんとか応じたい。そう思った私は、母を北海道から呼び寄せて息子を託し、3泊4日で都内のホテルを予約した。

ホテルでの缶詰執筆は、当時の自分にとって大きな出費だった。でも、家事と育児をいったん体の外に出すと、自分の内部に思った以上のスペースが生まれた。そのスペースを十分に使って脳みそにエネルギーを送ると、疲れ知らずのぷるぷるの原稿が生まれてきた。場の持つ空気のようなものが、仕事のアウトプットに大きな影響を与えることも分かった。

その時以来、自著を書くときはどこかに籠って書こうと決めた。

東京よりも地方の方がより日常から離れられて良い。ホテルよりも自炊できるAirbnbが良い。同じように書く仲間と泊まった方が安いし、時々相談できて良い……と、徐々に経験が蓄積された。コロナでワーケーションが広まるにつれ、仕事がしやすい宿泊先も増えた。

「ある」はずのものが「ない」ときに芽生える思考

飛行機からの景色

筆者提供

缶詰執筆も板についてきたところに、ある「缶詰場所」に試泊してみませんか?とお誘いをいただいた。

長崎県の離島、五島列島。6人しかいない住民が今でも湧水で生活しているという半泊(はんどまり)地域だ。

宿泊レジデンスの特別管理人は、著述家の山口周さん。正式名称は「Philosophers in Residence GOTO めぐりめぐらす」。

小学校の写真

筆者提供

廃校になった小学校の分校を、建築家の中村好文さんが改修した。その名のとおり、「考えるための場所」だという。

ライター仲間5人を誘って向かった「めぐりめぐりめぐらす」で、私は「あること」ではなく、「ないこと」に触発される思考があるという経験を次々とした。

景色の写真

筆者提供

まず、電波がない。6人のケータイキャリア、見事に全員1本もアンテナが立たない。Wi-Fiはあるので仕事はできるけれど、電話はかかってこない。自分からアクセスする以外、私の時間を分断する存在はない。

建築家ル・コルビジェの修道院をイメージして作られたという個室にはベッドと机と電気スタンドしかない。もちろんテレビもないから、自分のパソコンで映像を観る選択をしないとニュースにも触れない。

宿の写真

筆者提供

道がない。いやこれは偶然なのだけど、大寒波による積雪で、街からの道が不通になった。こちらからもあちらからも車を動かせない。アガサクリスティ感、もしくはコナン感が漂う。

山奥に取り残された6人、下界に降りることもできない。どれだけサスペンス用のご都合主義かと思っていたけれど、リアルコナンだ。幸い食糧は大量に買い込んで到着していたが、籠城は何日まで持つだろうと考える。

宿の様子

撮影:廣瀬健司

もともと「あった」はずのものが見えてきた

普段「ある」ものが「ない」一方で、普段「ない」ものが、そこには潤沢に「あった」。

海の写真

筆者提供

朝日と共に明るくなる部屋。

三食時間を決めて食べる規則正しい生活。

自分の判断だけでスケジュールを決められる自由。

木造の建物が水分を含んできゅっと鳴く音が聞こえる。

徒歩30秒の海辺に行くと、からころからころと石ころ同士がこすれる音が聞こえる。

視力が良くなったかと錯覚するほど、4等星の星までくっきり見える。

星空の写真

筆者提供

私たちは、それぞれ個室で原稿を書いたりミーティングをしたりして、食事の時間だけ食堂に集まった。冷蔵庫にあるものだけで、食事を作る。洗練された食器も箸もちょうど人数分。毎回洗わないと次の食事をするための食器がない。

食卓の写真

筆者提供

あまりにきちんと食事をとるので、太っちゃったと友人が言った。

年に一度あるかないかの良いミーティングができたと別の友人が言った。こんな広大な景色を見ながらミーティングしていたら、ネガティブなことを言おうという気持ちにもならないですよねと、彼は言う。

私はというと、言葉にとても敏感になった。いつもはしっかり奥まで指を差し込めない、文章のひだとひだの奥に、指が届く感覚が何度かあった。

そして、食材の味に敏感になった。2日目と3日目の白菜の味が違うことに気づいた。

「ない」から生まれたスペースの分、「そこにもともとあったはずのもの」が、こんなにもビビッドだったのかと、その存在を主張する。

最終日、悪天候で予定していた飛行機が飛ばなかった。大自然の前では、スケジュールを自分でコントロールする権利すら「ない」のだ。

みんな空港から慌てて、仕事先に連絡を取っていたけれど、なんだかその横顔はちょっと嬉しそうでもあった。「ない」の洗礼をたっぷり受けた私たちは、でもあれだけいい思いしたしな、仕方ないよな、と思いながらビールを飲んだ。

帰京して2週間。すっかりファットになった自分の体と思考を感じるにつけ、またあの場所に戻りたいと思う。ああ、そうだ。行きたいというより、戻りたいという感覚だ。都会でいろいろ取り憑かれた自分を戻しにいく。そんなお気に入りの場所ができて、よかった。

めぐりめぐらす

佐藤友美 ライター。コラムニスト。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』『書く仕事がしたい』『ママはキミと一緒にオトナになる』(3月22日発売予定)など。


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