REUTERS/Ayhan Uyanik
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから約1年が経ちました。
この間、世界的な燃料価格の高騰や急激な円安も相まって、日本では電気料金の値上げが続いています。また、2022年3月と6月には、関東圏を中心に電力ひっ迫警報・注意報が発令されるなど、この1年の間に「エネルギーには限りがある」という現実を多くの人が実感したのではないでしょうか。
カーボンニュートラルを旗印にあらゆるものの「電化」を進めていこうとしている現代において、電気が足りなくなる可能性があるということは、経済活動を進める上で大きな障壁になります。
日本ではこの先、エネルギーをどう確保し続けようとしているのでしょうか。
この問題を考える上で、避けて通れないのが原子力発電所の取り扱いです。
2023年2月20日に朝日新聞が発表した世論調査では、東日本大震災後の調査で初めて原発の再稼働に賛成する割合が半数を超えました。
ただ、日本で原子力発電所の議論をする上では、課題もあります。
「電気が足りないなら原子力発電所を稼働させればいい」
「福島第一原子力発電所の事故のようなリスクを考えると、原子力発電所はなくすべきだ」
どうしても、この二元論で語られてしまいがちなのです。
エネルギー政策は国のインフラの根幹です。長期的なものから短期的なものまで、さまざまなリスクとベネフィットを把握した上で、最適な電源の組み合わせ(エネルギーミックス)を考えなければなりません。
もちろん、福島第一原子力発電所の事故の経験を踏まえると、原子力発電の利用には大きなリスクがついて回ることは確かです。一方で、直近のエネルギー危機や、世界各国が進めている脱炭素政策の中で、原子力発電所の存在は無視できないこともまた事実です。
日本のエネルギー政策として何を考え、原子力発電を使うのか、あるいは使わないのか。使う場合はどれくらいの割合で使うのか。使わない場合は他のリスクをどう考えるのか。
そこで2月の「サイエンス思考」では、世界の原子力発電に関する公式データや、日本エネルギー経済研究所・戦略研究ユニット原子力グループの木村謙仁・主任研究員の話を踏まえながら、日本の原子力政策のあり方を考えていきます。
原子力発電所、アジア圏で「増加」
原子力発電所による発電電力量は、1970〜80年代にかけて発電所の急増に伴い増加しました。その後、1990年代以降に新設される原子力発電所の数が少なくなっていったこともあり、現在では比較的安定しています(上のグラフ参照)。
「ここ数年に限って言えば、70年代、80年代に建設した古い発電所の閉鎖が続き、(原子力発電所の数は)減っています。ただ注目すべきこととして、アジア圏では増えているんです」(木村研究員)
アジア圏で原子力発電所が増えているのは、中国で新しい原子力発電所の建設が加速しているためです。
原子力発電所が減っている国の間でも、国によって状況はまちまちです。例えばアメリカやフランス、イギリスなどでは、古くなってきた原子力発電所をリプレイスする議論も進んでいます。フランスでは、マクロン大統領が、最低でも6基の原子力発電所を新設する方針を示しています。
イギリスでも、エネルギー安全保障戦略として、天然ガスへの依存度を減らすために再生可能エネルギーの利用はもちろん、原子力発電の割合を増やす流れも進んでいます。
木村研究員は、
「温暖化が世界的な問題になる前の1970〜80年代は、電力の安定供給や自給率という観点から原子力発電が進められてきました。近年では温暖化対策として野心的な目標を提示している中での対応や、ここ数年では化石燃料の高騰やロシアのウクライナ侵攻への対応が動機に加わっています」
と、時代と共に原子力発電を導入する「理由」が変遷していると話します。
逆に言うと、国としてのフェーズが違えば、同じ時代でも原子力発電所を導入する意図は異なります。
それこそ、アメリカやイギリス、フランスなどの先進国では、低炭素電源として原子力発電所を捉える側面が強い一方で、「経済成長も著しい東南アジアなどでは、やはり安定的な電源が欲しい。それを前面に出す国もあると理解しています」(木村研究員)といいます。
主要各国のこの20年間のエネルギー構成比の変化を確認した上で、各国の原子力政策をもう少し詳しく見ていきましょう。
脱原発を「延期」のドイツ
まず、2011年の福島第一原子力発電所事故後に、当時のメルケル首相がエネルギー政策を転換して「脱原発」を進めてきたドイツです。
ドイツはもともと、2022年末に脱原発を完了すべく、段階的に原子力発電所の廃炉作業を進めていました。しかし2022年10月、最後まで稼働していた3基の原子力発電所の運転を2023年4月半ばまで延長することを閣議決定しています。
その背景にあるのは、この冬のエネルギー危機でした。
ドイツでは、電力を融通してもらっているフランスの原子力発電所の再稼働が遅れていることや、夏季の雨不足による河川の水位低下による水力発電の出力不足、さらにロシアによるウクライナ侵攻を発端とした天然ガスの供給不安などによって、冬の電力供給に不安がありました。
日本エネルギー経済研究所・戦略研究ユニット原子力グループの木村謙仁・主任研究員。
オンライン取材の画面をキャプチャ
2022年の夏に実施したストレステストでは、電力不足に陥るリスクは低いとされたものの、懸念を確実に払拭できるには至りませんでした。世論調査でも原子力発電所の運転の数カ月の延長、あるいは長期的な延長に同意する人の割合が8割を超えたといいます。
もちろん、原子力発電所の稼働延長に関する議論は、苛烈を極めました。閣議決定に至る過程では、ショルツ首相が就任後初めて「指令権※」を行使しています。また、2022年末で原子炉を閉鎖する計画で進めていた事業者も、突然の稼働延長論に整備状況などの観点から、必ずしも手放しで喜べない事情があったのではないかと木村研究員は話します。
※首相が内政・外交に関する方針を決定する権限。
ただ、今回の原子力発電所の稼働期間の延長によって、ドイツの脱原発政策が大きく揺らぐことはなさそうです。
「ドイツはアメリカやフランスなどと並んで原子力発電所をせっせと作ってきたわけですが、緑の党が影響力を持ったことを契機に脱原子力へと舵を切りました。それ自体はほぼ既定路線で、この段階でひっくり返ることはなかなか考えづらいと思います」(木村研究員)
再エネの導入も進める原子力国家・フランス
フランス・マクロン大統領。
Ludovic Marin/Pool via Reuters
一方、ドイツとは正反対とも言える原子力国家としての地位を確立しているのが、フランスです。フランスは、2021年段階で約7割の電力を原子力発電によって賄っています。
「フランスは(エネルギー的に)自主独立の観点から原発を進めてきましたが、時代を経て経済的な面でも原子力輸出国になるべくシフトしていきました。最近では、気候変動対策という観点からも原子力を利用しています。原子力に対する支持は比較的高い状態です」(木村研究員)
ただ、だからといって原子力発電一辺倒というわけではありません。東日本大震災の後には、フランスも原子力発電の割合を2025年までに全体の50%にまで引き下げると表明。再生可能エネルギーの導入も加速しています。
木村研究員は、世界的に再エネの価格が安くなってきた中で、特定のエネルギー源に依存するのではなく、エネルギーミックスの観点からも他のエネルギーを入れるべきだという意見が強くなってきたのではないかと指摘します。
「もちろん原子力の利用に50%という上限をかけたからといって、フランスで原子力が不要だと考えられているわけではありません。原子力が安定的な低炭素電源として重要であるということは一貫しています」(木村研究員)
なお2018年には、この目標の達成年度が2025年から2035年に改められています。
フランス、パリで開催された環境系のサミットで、放射性廃棄物貯蔵プロジェクトに反対する環境活動家。フランスでは、北東部にあるビュール村が最終処分場の候補地となっている(撮影:2017年12月)。
REUTERS/Charles Platiau
またフランスは、世界でもまだ限られた高レベル放射性廃棄物の最終処分場の建設予定地が決まっている国でもあります(1月16日に運営主体が国に建設許可を申請)。反対派からの声もいまだ根強いとの報道もありますが、ここまで議論が進んだ背景として、
「(他にも最終処分場が決まっている)フィンランドやスウェーデンもそうですが、丁寧な説明と立地地域の人の意見をしっかり聞いて議論する取り組みを何十年も続けてきた成果です。パッと決まったわけでは全くありません」
と木村研究員は状況を語ります。
世界最大の原子力国家・アメリカ
アメリカのエネルギー構成。近年、石炭発電が減少し、天然ガスや再エネが増えてきた。
出典:IEA
世界最大の原子力国家・アメリカには、90基以上の原子力発電所が存在しています。
アメリカでは、小型原子炉の研究開発を進めるスタートアップ企業が登場するなど、継続して原子力を利用し続けています。ただ、 そのアメリカでも原子力発電所に依存する割合は20%程度にすぎません。
発電量に対する電源構成の推移を見てみると、石炭による火力発電所を減らし、天然ガスや風力発電などを増やしていることが分かります。アメリカに限った話ではありませんが、さまざまな電源を選択肢として確保していこうという状況なのです。
その上で、アメリカが原子力発電を利用する意図として、木村研究員は次のような視点もあるのではないかと指摘します。
「アメリカもエネルギー需要は高いので、低炭素の安定電源という意味で持っておく必要があります。加えて、軍事技術として抱えておく必要もあるのではないかと思います。
トランプ政権ではエネルギーセキュリティという観点で原子力を重視していましたが、バイデン政権ではそこに気候変動対策が加わっています。そういった意味で、政権交代しても実は原子力については割と一貫しているんです」(木村研究員)
見落とせない中国とロシアの原子力政策
木村研究員は「世界の原子力政策を考える上で、中国とロシアの動きは絶対に無視してはいけません」と話します。
冒頭で説明したとおり、欧米の古い原子炉が稼働停止になる一方で数を増やしているのが、中国の原子炉です。中国では、エネルギー安全保障の強化と二酸化炭素排出量の削減に向けて原子力発電所を増やしています。
「最初の頃はアメリカとかフランスのものを持ってくる形だったのですが、今や国産の原子炉が運転を始めていたり、どんどん技術を蓄積しています」(木村研究員)
技術力を蓄積していくことで、将来的には原子力の技術を輸出するようなことも考えられます。
主要国が主導して建設・計画している原子力発電所の数。括弧内の数字は、建設・計画中の原子炉のうち「他国」で建設・計画している原子炉の数。ロシアと中国の存在感が際立っている。
日本原子力産業協会の資料を参考に、編集部で作成
その点、先を行っているのがロシアです。
「ロシアはとにかく原子力輸出が盛んです。特に新興国を相手とした原子力輸出例が多く、世界でいま建設している原子力発電所を国籍別にグラフにすると(上図)、中国の国内分とロシアの輸出分が高い割合になります。ロシアが国際原子力市場で優位を占めていることは、原子力技術の拡散を考えると、アメリカとしては非常に懸念でもあります」(木村研究員)
原子力発電のノウハウのない新興国に早い段階から技術を提供し、さらに安全規制などの仕組みづくりにも協力。加えて、施設を建設(Build)し、保有(Own)し続け、事業運営(Operate)も担うBOO方式を取り、使用済み核燃料も引き取るなど、新興国にとってロシアとの協力は安定した電源を手に入れるための非常に魅力的な施策です。
一方、ロシアから見れば、原子力産業のこういった展開は、国際政治的な戦略として非常に大きな意味を持っていると言えそうです。
実際、ウクライナ侵攻によってロシアに対する経済制裁などが進められていた中でも、エジプト初となる原子力発電所の建設がロシアの企業によって進められていました。
原子力政策、日本の現状は?
1月23日、施政方針演説をする岸田首相。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
世界ではそれぞれの事情を抱えながらも、原子力発電所の利用方針が決まっているように見えます。翻って、日本はどうでしょう。
実は、岸田政権が発足した2021年10月に、日本のエネルギー政策の基本となる第6次エネルギー基本計画を閣議決定しています。
エネルギー基本計画では、「2030年までに二酸化炭素の排出量を2013年比で46%削減する」という目標達成に向けて、火力発電所の利用を現在の約7割から4割程度にまで下げることが盛り込まれています。
火力発電に依存する割合を減らした分をカバーするのは、再エネと原子力です。
エネルギー基本計画では、2030年までに再エネの利用を36〜38%に増やすことや、原子力発電の割合を2019年段階の6%から20~22%にまで引き上げるとの記載があります。
日本では、2011年の東日本大震災に伴う東京電力・福島第一原子力発電所の事故以降、全国に54基あった原子力発電所は一度すべて停止しました。その後、原子力規制委員会のルールのもとに廃炉手続きや安全設計の見直しが進められました。
現在稼働している原子力発電所の数は9基。原子力発電所の数自体も、全部で33基に減っています。
日本の原子力発電所の現状。
画像:資源エネルギー庁
ただ、2022年の夏には、岸田政権は原発の再稼働や新設を進めていく方針を発表。2023年2月に閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」では、廃炉を決定した炉の敷地内での建て替えによる新型炉の導入を進めていく方針も示されました。
木村研究員は「原子力発電所の『建て替え』が初めて文言として出てきたことは大きい」としながらも「ただ、実際に事業者の実情や実態をどこまで反映しているのかは、あれだけでは読み取れない」と、どう反映されるのかは分からないとも念を押します。
また、原子力発電所の運転期間についても、これまで基本40年(一度に限り20年の延長が可能)とされていたところを、原子力規制委員会による安全審査が前提とはいえ実質的に延長する方針が示されました。
エネルギー危機を背景に、日本の原子力政策は加速しようとしています。この動きを、私たちはどう受け止めるべきなのでしょう。
「少なくとも、原子力があればリスクが増えてなければ減る、と一直線上に考えられるものではありません。こういう面ではリスクもあるが、別の面ではこういったベネフィットもある、といった包括的な評価が必要です。
我々が絶対に逃しちゃいけないベネフィットはどこにあるのか。逆に、リスクはどこから駄目で、どこまでなら許容できるのか。今までもいろんなところで言われてきたことですが、改めてそれを考える必要があるのだと思います」(木村研究員)