YouTubeの新しいCEO、ニール・モーハン。
10年近く長きにわたってYouTubeの責任者を務めてきたスーザン・ウォシッキー(Susan Wojicicki)が退任することになった。しかし、すでに同社は、有能でベテランの最高プロダクト責任者のニール・モーハンを後任とし、上司の退任で空席となるYouTubeのトップの座に就任させることを決めている。
モーハンはYouTubeが難局にあるタイミングで事業を引き継ぐことになる。かつてグーグル(Google)の成長を牽引していたYouTubeは、2四半期連続で減収となっている。
また、マーケターが一斉に広告費の支出を抑制しているだけでなく、YouTubeは視聴者やコンテンツクリエイターをめぐってTikTokとの戦いを繰り広げている最中だ。
モーハンと仕事をしたことがある広告関係者は、彼のことを物静かで、有能で、決断力があると評する。
「彼はいかなるときも礼儀正しく、良識がありますが、少しでも妥協する姿を見たことがありません」と、大手広告代理店グループエム(GroupM)でグローバル最高デジタル責任者を務めていたロブ・ノーマン(Rob Norman)は語る。
1億ドルの男からアドテク界のゴッドファーザーへ
2015年にYouTubeのプロダクトを率いるために同社に入社したとき、モーハンはすでに親会社のグーグルで実績を積んだ役員として尊敬を集めていた。彼は、グーグルの収益性の高いディスプレイ広告事業の立ち上げに関わり、非常に貴重な人材としての地位を確立した。2013年には、モーハンがツイッター(Twitter)に転職しないよう、グーグルは彼に1億ドル(約130億円、1ドル=130円換算)を支払ったと、テッククランチ(TechCrunch)は当時報じている。
業界関係者はモーハンについて、長年にわたりYouTube とグーグルの成長の主たる原動力となってきた広告プロダクト立ち上げの立役者であると認める。
アドテク企業、イノビッド(Innovid)の共同創業者で、最高技術責任者を務めるタル・チャロジン(Tal Chalozin)は、モーハンの専門知識はYouTubeの広告事業全体、特にアドテクに及ぶと語る。
「彼はあらゆるアドテクのゴッドファーザーであり、それがYouTube成功の大きな要因です」(チャロジン)
モーハンはまた、アドテクツールの枠を超えてYouTubeの事業を推進した。
「彼はプロダクト部門を率い、YouTube PremiumとYouTube TVの立ち上げ、さらにはYouTube Musicの成長に携わった」と、YouTubeの元従業員は語る。
YouTube TVは、同社の成長にとって特に重要だ。初期のYouTubeは、オンライン動画プラットフォームとしての立ち位置から、デジタル広告予算の獲得に限定されていた。YouTubeはそれ以来、従来のテレビ業界に割り当てられた予算に食い込もうと奮闘を続けてきた。テレビ業界にストリーミングが爆発的に普及するかなり前から、モーハンはYouTubeがその領域に進出する方法を思い描いていたのである。
テレビアドテク企業、サイマルメディア(Simulmedia)のデイヴ・モーガン(Dave Morgan)CEOは、YouTubeがテレビの未来にどう適応できるか、かつてモーハンと話し合ったときのことを振り返る。
「ニールは、テレビ業界のデジタル化で何が起こるかに注目していました。実に長いこと注目していたんです」とモーガンは言う。
モーガンにとって、「グーグルの幹部や社員の多くは、『怪物をどう飼い慣らして育てるか』というように、かなり内向きな思考になる傾向がある」という話は印象的だった。彼らとは対照的に、モーハンは市場と市場が向かっていく未来に目を向けていた。
そして今、彼の注視していた市場は報われつつある。Insider Intelligenceは、2023年にコネクテッドTV機器でYouTubeを楽しむ全米の視聴者数は、前年比5%増となる1億4300万人になるとの予測を出した。
YouTubeは2022年、毎年恒例のNBCやディズニーといった既存の放送局が、自社番組での広告スペースを高額でブランドに売り込むために行うプレゼンの場に、初めて参加することができた。これにより、YouTubeはリニアTV(編注:従来のテレビ放送やケーブルTVのように設定されたスケジュールに沿って番組放送時に視聴する従来型のテレビ放送)分野での存在感を強めたようだ。リニアTVは今でもYouTubeの目指すところだ。
広告業界に注力する顧問会社ルマパートナーズ(Luma Partners)のCEO、テリー・カワジャ(Terry Kawaja)はこう話す。
「リビングルームにあるテレビで視聴してもらうというのが、彼らの最大の成長の源であり、コネクテッドTVにおける躍進に必要なことなのです」
激化するTikTokとの戦い
一方、YouTubeがテレビ業界にとっての破壊者であるのと同じく、YouTubeもまた破壊の危機に直面している。TikTokの影響によるショート動画の爆発的な人気は、視聴者、広告主、クリエイターを魅了しつつあり、脅威となっているからだ。
モーハンが YouTubeのプロダクト責任者をしていたとき、同社はTikTokの競合となるショート動画フォーマット「YouTube Shorts」などを考案し、クリエイターと視聴者をYouTubeのプラットフォームにとどまらせた。そして、クリエイターが収入を得るのに役立つプロダクトによって、すでに競争力を発揮し始めている。
インフルエンサー界隈からは、YouTubeがコンテンツクリエイターにとって魅力的なものとなるよう陣頭指揮を執ったウォシッキーの功績を称える声も上がっている。
「スーザンはYouTubeにおけるコンテンツクリエイターの重要性を最初から理解していました。新しいCEOの下での次の展開が気になります」と、インフルエンサー・マーケティング・ファクトリー(The Influencer Marketing Factory)の共同創業者兼CEOのアレッサンドロ・ボグリアリ(Alessandro Bogliari)は語る。
モーハンとの業務実績がある人物は、彼ならこの難題に立ち向かえるという。
「今はニールがYouTubeの舵取りをし、TikTokに対抗しています。これはショート動画の収益化とクリエイターをめぐる、存続をかけた戦いです。彼にとってはとてつもない難局であり、大きな挑戦であり、大変な仕事です。しかし私がグーグルの関係者なら、彼以外にこれができる人は思い浮かびませんね 」(ノーマン)