撮影:井上榛香
気球に乗ってふわふわと「宇宙の入り口」まで観光に行く —— 。
一見無謀とも思えるそんな「遊覧旅行」サービスを計画している北海道のスタートアップ・岩谷技研が2月21日、5名の搭乗希望者とパイロット候補生の募集を開始した。募集期間は2023年8月31日まで。
行き先は「成層圏」と呼ばれる高度25km地点だ。ISS(国際宇宙ステーション)などが位置する高度400kmには及ばないが、地球が丸みを帯びているのが見える、いわば「宇宙の入り口」だ。
遊覧旅行のキャビンが初公開
「T-10 EARTHER」の実機と岩谷代表。パイロット1名と搭乗者1名の2人乗り。透明な窓から地球や星空を眺められる。
撮影:井上榛香
岩谷技研は、風船を使った宇宙撮影で知られる発明家の岩谷圭介代表が2016年に創業したスタートアップ。2020年に有人飛行プロジェクトを立ち上げ、高高度気球と気密キャビンの開発を進めてきた。
2月21日に開催された記者発表会では遊覧に使用するキャビン「T-10 EARTHER」の実機が初公開された。
岩谷技研の遊覧旅行の計画では、フライトは全部で約4時間。2時間かけて高度25kmまで上昇し、1時間遊覧。その後1時間かけて地上に戻ってくることになる。料金は、一人あたり2400万円を想定している。
海外では、すでにアメリカのスタートアップ・Virgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)が宇宙船を使った宇宙旅行(サブオービタル飛行)を販売している。このフライトでは、高度80kmまで到達し微小重力環境を約4分間体験できる。
ヴァージン・ギャラクティックの座席券は1人あたり45万ドル(約6000万円)であることを考えると、岩谷技研のプランは半額以下で「リーズナブル」とも言える。また、気球で運ばれるだけなので、サブオービタル飛行で必要な訓練もなければ、機体が激しく揺れる可能性も低いという。
実際に気球の有人飛行試験に参加した岩谷代表は、気球の乗り心地について
「(気球は)飛行機のように乱気流が発生しないので、非常に静かで、ゆったりした乗り物です。揺れていないブランコに近いようなものでして。今までの乗ってきたさまざまな乗り物とは違う一風変わった乗り物です」
と説明する。
キャビンは二人乗り。
撮影:井上榛香
岩谷技研は2022年2月に目標高度30mの有人係留飛行試験を成功。これまでに延べ30人以上を実験用のキャビンに搭乗させた上で、試験を重ねてきた。11月には目標高度100mを超える102.3mまでの飛行にも成功している。
2023年も実証を続け、2023年12月以降に打ち上げを開始する予定だ。
なお、気球は北海道・十勝から飛ばす計画だが、将来的には日本全国どこからでもで飛ばせるようにしたいと岩谷代表は語る。
開発のマイルストーン。将来的には大型気球と6人乗りのキャビンでのサービス提供を目指す。
提供:岩谷技研
JTBもパートナーとして参画「マーケットの広がりに期待」
気球のフライトの可否は、気象条件によって大きく左右される。
そのため、遊覧飛行への参加者は打ち上げ地の周辺に1週間程度滞在する必要がある。この空白期間のサポートに回るのが、大手旅行代理店のJTBだ。
21日の会見では、岩谷技研のプロジェクト「OPEN UNIVERSE PROJECT」にJTBが参画することも発表された。
JTBは資金面のサポートや、搭乗者の打ち上げ地まで移動手段、フライトを待つ間の宿泊先の手配などを担当する。将来的には岩谷技研の遊覧旅行をJTBの旅行商品として販売できるよう検討を進めていきたい考えだ。
JTBの花坂隆之代表。
撮影:井上榛香
JTBの花坂隆之代表は、岩谷技研の遊覧旅行への期待をこう語った。
「当面はキャビンが2人乗り。そのうちの1人がパイロットで、お1人でご搭乗なされるということですから、やはりそういう宇宙というものにご興味のあるそういう方々が対象になると思います。
いずれ技術開発が進んで、2人乗り、あるいは複数名が乗られるようなキャビンが開発されてくると、例えばカップルやご夫婦などにもマーケット自体が広がってくるのではないかと期待をしているところでです」
岩谷技研は遊覧旅行に関連する技術やサービスを国内の企業と一緒に作り上げていきたい考えで、アパレル企業や飲食品、アメニティなどを開発するパートナー企業を募集している。
気球で高度25km……安全性は?
有人飛行試験の様子。実証実験用のキャビンは1人乗り。
画像:岩谷技研
ただ、気になるのは気球の安全面だ。
岩谷技研によると、気球は100回運航して一度も重篤な事故を起こさない確率が99.9992%。自動車の99.999%と同等で安全性が高いとアピールしている。万一の場合は、岩谷技研が加入している保険によって一定の補償が受けられる。
また、宇宙飛行士がISSに滞在する場合などは、放射線による被ばくが懸念されるものだが、岩谷代表によると、高度25kmに数時間滞在する程度では大部分がプラスチックでできているキャビンでも、健康に被害が出るほど被ばくする恐れはないという。
「高度25kmの高さに数時間いるくらいでは、健康に影響が出るほどの放射線被曝は起こりません。それよりも窓から入ってくる紫外線をカットするための対策が必要です」(岩谷代表)
トークセッションでは、ゲストとして登場したタレントの黒田有彩さんから「日焼け止めや遊覧用のコスチュームが欲しい」という意見も出た。
海外には豪華な遊覧旅行を計画する競合企業も
画像:スペース・パースペクティブ
世界を見ると、気球を用いた成層圏遊覧サービスを計画しているのは岩谷技研だけではない。
アメリカのスタートアップSpace Perspective(スペース・パースペクティブ)は2022年12月に自社開発する気球を使った成層圏フライトの座席券の販売を開始した。2024年分はすでに完売。今は2025年以降の座席券が販売されている。
スペース・パースペクティブのキャビンは8人乗り。フライトは離陸から着陸まで約6時間で、成層圏を約2時間遊覧する。座席や照明にもこだわった豪華な内装が特徴だ。シャンパンや機内食の提供があるほか、船内にはWi-Fiも完備しており、フライトの様子をライブ配信することもできる。
国内では旅行代理店エイチ・アイ・エスの子会社が運営する専用サイトから購入が可能だ。専用サイトから申し込んだ場合の2025年分の座席券と申込料は1人あたり15万ドル(約2000万円)。別途、手配料金も55万円かかる。
座席券が安いうえに、船内のサービスも豪華なスペース・パースペクティブのフライトは、岩谷技研にとって強力な競合と言える。
撮影:井上榛香
ただ、岩谷代表は宇宙旅行の需要の大きさを考えると、そこまで大きな問題ないと語る。
「宇宙に行きたい人の割合はさまざまな調査があり、少ないもので4割から3割、多いものが6割です。世界中の需要を一社で満たすことは、到底不可能だと考えています。
ですので、事業進捗に応じて、(気球を用いた事業を構想している企業へ)私達からの技術供与などもおそらくあるでしょうし、一緒に開発するというのも、もしかすると可能性としてあるのかなとは思っています」
岩谷技研が提供する遊覧飛行の価格は2400万円だが、将来的には100万円台まで落とせるのではないかと岩谷代表は語る。
旅客機の座席にファーストクラスやビジネスクラスなどの種類があったり、格安航空会社があったりするように、気球旅行会社のサービスも顧客の目的や予算に応じたさまざまなプランが求められるようなるかもしれない。